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百五話 宣戦布告

 市場に入ってみると、売り買いする人たちの間で、品物が引っ切りなしに取り引きされている。

 この町がここら一帯の交易の中心地だとしても、かなり景気が良さそうに見える。

 露店の八百屋に向かい、手を繋いでいるシャンティに品物を選ばせている間に、店主に景気の話を聞いてみることにした。


「繁盛しているかって? そりゃ見ての通り、お蔭さまで、商品の補充に頭を悩ませるほどさ」

「そんなに、この周辺の地域は、景気がいいんですか?」

「いいや、そういうわけじゃないさ。ちょっと前までなら、こんなに品物が売れたりはしなかったよ」

「ということは、なにかしらの原因があるんですよね?」

「もちろんさ。この町では、定期的に海産物の競りが行われるんだがね。ここ最近は、珍しい中型や大型の海の魔物が売りに出される事があってね。お貴族さまたちが、買い逃しちゃならねえって、この町に長逗留してくださっているのさ。そんなお金持ちのお貴族さまたちには、護衛や世話人が必要だろ。その分だけ、買い物をしてくれているってわけさ」

「なるほど、そうだったんですか」


 この景気を下支えしているのは、港町サーペイアルでの俺の頑張りもあったってことかな。

 大型魚船の銛撃ちの人に狙い方は教えたし、大物釣りの装置の修復は進んでいる。

 だから、海の魔物が競りに出てくる頻度は多少落ちるかもしれないけど、まだまだこの町の景気は続くはずだ。

 いい情報を貰ったお礼代わりに、シャンティが選んだ見た目がオレンジに似た果物を何個か買って、その店から離れる。

 次の店はどれがいいかなと俺が見ている横で、シャンティは果物の皮を剥き始めていた。

 通行の邪魔にならない位置に移動して、俺も一つ食べることにした。

 見た目と同じように、中身もオレンジっぽい、薄皮の房がある果肉のようだ。

 観察している俺の横で、シャンティはすでに食べ始めている。


「ぱくっ、むぐむぐ……甘酸っぱくて、美味しいですよ~」


 俺に感想を呟いた後で、一つを素早く食べきり、もう一つの皮を剥き始める。

 子供っぽいその仕草に、俺は微笑みながら、自分の分を食べていく。

 ん? 一つの房に、種が一つか二つ入っていた。

 ぺっと手に種を出しながら、シャンティは種を出していないなって気がついた。

 種ごと食べているのかと思って観察すると、二つ目を食べ終わった後で、果物二つ分の種をまとめて手に出していた。

 器用だと感心していると、シャンティは照れ顔になる。


「えへへー。この果物、とても美味しいので、種を領地に持って帰って、育つか試そうと思いまして」


 言い訳のように言いつつ、シャンティは手拭い代わりの麻布の切れ端に種を包み、ズボンのポケットに押し込んでいる。


「それ、ちゃんと育てばいいな」

「はい。手塩にかけて育てれば、きっと数年後には、食べ切れないほどの実をつけるはずです。そのときは、バルトにも分けてあげますから」


 楽しみにしてそうなシャンティの表情を見て、俺はそうそう上手く行くものじゃないと思うけど、とは言えなかった。

 さて、俺も一つ食べ終えたので、調査という名前の買い食いの続きといきますか。


「次は、どの店に行きたい?」

「えーっとー……あ、あの店にしましょう。珍しそうな野菜が売ってます!」


 早く早くと手を引っ張るシャンティに連れられて、次の店へと歩いて向かうのだった。



 

 俺たちのように買い食いをする人が多いのか、露店の合間合間には、空樽と適当な板で作ったテーブルなんかがあった。

 その内の一つに陣取って、果物や野菜、串焼きに鉄板焼き、ジュースにお茶と、色々な買ったものを飲み食いしていく。

 けど、少し買いすぎたようで――


「けぷっ。もう、食べられません……」


 ――シャンティが口を押さえながらギブアップ宣言をした。

 偉い人は節制して食べるべきっていう世界にいる、貴族の子供だから胃が小さいのは仕方がないか。

 残すのももったいないので、あとは俺が全部食べることにした。

 ぺろっと食べ終えてみせると、シャンティが唖然とした顔をする。


「よく、そんなに食べることができますね」

「もともと食が太かったけど、ここまで食べるようになったのは、節制を気にしなくていい、冒険者になってからだな」

「へぇ……その割りには、痩せてますよね?」

「食った分だけ動くし、まだまだ成長期だからな。縦に伸びるだけ、横に太る分がないんだろうさ」


 答えながら、シャンティのお腹が満杯になってしまったので、次は食事に関係のない店でも巡ろうかと辺りを見回す。

 すると、串焼きを手に、こちらにくる一人の男性がいた。


「よお。ちょっとそこ、使わせてもらって良いか?」


 他に空いてそうな簡易テーブルはあるのに、そう言ってくる。

 怪しい人物だが、とりあえず戦う気はなさそうだと、相席を許すことにした。


「いいですよ。どうぞ」


 そう言いながらも、俺はシャンティを庇える位置まで、そっと移動する。

 近づいてきた男は苦笑いして、机の上に肘を突きながら、串焼きを食べだした。

 その様子を黙って見ていると、シャンティが俺の手を取って引っ張り始す。


「次に行きましょうよー」

「ちょっと待ってて。この男の人が、俺たちに用があるみたいだから」


 俺の返答にシャンティが小首を傾げる。

 一方で、串焼きを頬張る男は、困ったような笑顔になった。


「ああー、やっぱり分かっちまうか」

「そりゃ、まあね。ばれているから、俺の隙を窺うのは止めたほうがいい」

「おいおい。いま、そっちとやりあう気はないぜ。いまは、な」


 男は串焼きを食べ終えると、机に頬杖をつきながら俺に視線を向けてきた。


「こっちの用件は、だいたい分かってんだろ?」

「シャンティを渡せ、とかそんな感じだろ?」

「それに加えて、アンタにはこの町をすぐに出て行ってもらうってのがつく」


 俺と男の間で淡々と進む話に、シャンティは困惑顔だ。

 俺は安心させるように、シャンティの頭を撫でやりつつ、男との会話を続けていく。


「そんな話が飲めるとでも?」

「金の問題なら、そっちでもらっている倍払おう」

「それはそっちの雇い主の意向か?」

「いや、オレの独断だ。払えるか気になるってんなら、この場で金貨を見せてやろう」


 男が自分の腰の辺りをぽんぽんと叩くのを見て、俺は首を横に振った。


「いいや、必要ない。金の問題じゃない」

「ほう。なら、なんの問題だ?」

「俺がこの子を気に入っているから、守ってやりたいと思っているからだ」

「……そんな理由で命をはるのか?」


 理解しがたいという顔を見ながら、俺は言い返す。


「悪人に教われそうな子を、見てみぬ振りをするぐらいなら、そんな理由でも命を懸けるさ」


 なにせ、見知らぬ女性を助けて死んだのが、俺の前世だ。

 知り合いの子供を助けるぐらい、なんてことはない。

 あのときみたいに死ぬのは嫌だけど、卑怯卑屈に生き伸びるぐらいなら、命懸けでも真っ当に生きていきたい。

 そんな想いを視線に乗せると、男は参ったという感じに両手を上げた。


「悪かったな、こんな提案は持ちかけてよ。お前さんは、真っ当な冒険者なようだ」

「真っ当かは、自分では分からないが、魔の森を開放してその地主になるって夢があるくらいには、冒険者なつもりだ」

「ははっ。いまどき、そんな夢を持っているやつがいるなんてな。多くは日銭を稼ぐのに、手を汚すヤツだっているってのによ」


 やりきれないような顔をするので、思わず尋ねてしまう。


「それが、あなたの境遇だと?」

「いいや。そんなヤツラを使うのが、オレの仕事ってことさ。まあ、そんなヤツラと似た育ちだから、心のくすぐり方が分かるってのもあるけどな」


 男は肩をすくめると、別れの挨拶をするように手を振りながら、背を向ける。


「まあ、頑張って、その子を守ってやりなよ。オレは仕事に手は抜かないが、気持ちだけは応援してやるからよ」

「応援って、していいのか?」

「オレが戦うんじゃないし、心の中で収めている分にはな。それに、子供をダシに使おうとするクズに仕えると気苦労が耐えないから、ここらでスカッとした話が聞きたいってだけの話だよ」

「……そのクズが、この子を狙う理由は?」

「見栄と金――って、これ以上は語りすぎだな。二度と出会わないことを祈っている」


 男は交渉が失敗に終わったことを残念そうにしながら、路地裏へ続く道を進んで消えていった。

 すると、シャンティの護衛が一人、彼の後を追っていく。

 無駄だろうし危ないから、追うのは止めた方がいいと思うけどなあ。

 護衛の人の心配をしていると、シャンティに手を握られた。

 それは、今までで一番力強いもので、まるで命綱を握り締めているかのようだった。


「バルト。だ、大丈夫なのでしょうか?」


 遠回しにとはいえ、目の前で命を狙われる宣言をされたんだ、怖がるのも無理はない。

 俺は安心させるように、シャンティの頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ。俺に任せておけ。ちゃんと守ってやるから」


 笑顔で言うと、シャンティの表情も柔らかくなった。


「そ、そうですよね。バルトがいれば、心配ないですよね」


 全幅の信頼を寄せてくることに、少しむずがゆい思いをする。

 けど、このシャンティの表情を曇らせてはいけないなと、護衛をする気持ちをさらに引き締めることにしたのだった。



お待たせしました、腰の痛みが引いたので連載再開します

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