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百二話 シャルハムティの依頼

 シャルハムティが持ちかけてきた依頼を受けるかは、じっくり考えさせてもらいたいと申し出た。

 すると、ミッノシトさんがこう提案してきた。


「バルティニーさんは、今日この町にきたとのことですわね。でしたら、宿の手配はお済ではないご様子ですし、借家で申し訳なく思いますが、この家に一晩滞在してはいかがかしら?」

「おお、それはいい考えだ。シャルハムティの頼みを聞くか聞かないかを、静かな環境でじっくりと考えてもらおう」


 いや、十分ぐらい考える時間が欲しかっただけで、一晩も必要はないんだけど。

 そう断ろうとして、シャルハムティの目が『ぜひぜひ泊まっていってください』と、語っていることに気がついた。

 子供を落胆させたくないなって思い、一晩だけこの家に厄介になることにした。

 案内されたのは、前世の情報番組でスイートルームって表現されそうな、かなり広い一室だった。

 学校の教室以上ありそうなこの部屋には、四人ぐらい横並びで寝れそうな巨大な天蓋つきベッド、ニスかなにかで艶出しされた木の衣装ダンスと丸机、鎧かコートをかけるための人の上半身を模したマネキンみたいなのがある。

 机の上には、ガラス製に見える水差しとコップ、そして乾いたタオルが何枚か置いてあった。 

 部屋の広さと内装に驚いている俺に、ここまで案内してくれたバルチャンが、鉈と弓矢にナイフをこちらに返しながら、この家に住むさいの約束事を伝えてくる。


「食事の際には呼びに参りますので、基本的にこの部屋から出ないようにお願いいたします。尿意や便意を催した場合は、この部屋の前に護衛を立たせておきますので、トイレまで案内してもらってください」


 それではと、バルチャンは扉を閉めて、部屋から去っていった。

 彼と入れ替わるように、扉の前に二つの人間の気配を感じた。

 きっと、さっきの話に出てきた、護衛の人だろう。

 そしてこの人たちが護衛する対象は、俺ではなく、この家の中の人たち。

 つまり、俺が変なことをしでかさないか、監視する役なんだろうな。

 でも、直接見られているわけでもないから、気にすることもないなって、俺は渡された武器をベッドの上に放る。

 そして、ベッドの空いている場所に、寝転がった。

 ヘプテインさんが言っていたように、この部屋はとても静かで、考えに没頭するには良い場所だ。

 なので、シャルハムティに持ち掛けられた依頼――というか頼みごとを、口に出して再確認することにした。


「町を歩くときに、横に置く護衛として雇いたい。これは、シャルハムティを狙う人を捕まえて、その目的を聞くことも含まれる、かぁ……」


 内容について、シャルハムティはそう語っていた。

 これは俺に護衛してもらえば安心というよりかは、シャルハムティ自身を囮にして、襲撃者を呼び寄せて捕まえ、背後にいる黒幕を暴くことが目的とのこと。

 でも、表向きはそうだと言っていても、本心は違うところにあるんだろうなって、俺は見て取った。

 要するにシャルハムティは、俺と一緒にこの町の中を歩き回りたいと考えているに違いない。

 どうして俺がそう思ったかと言うと、シャルハムティの目が、散歩を前にした子犬のような瞳だったからだ。

 そして、建前と本音が違っていると感じたから、依頼を受けるかの判断を保留にさせてもらったんだ。

 シャルハムティが本心から、俺に護衛を依頼する気だったら、断っていた。

 だって、商隊の護衛はした事があるけど、人の護衛ではやったことはない。

 立派な護衛の人たちが、もうこの家にはいるんだ。

 俺が出る幕じゃない。

 でも、シャルハムティが俺と町歩きをしたい――つまり遊びに行きたいと思っているとなると、それぐらいのお願いなら叶えてあげてもいいんじゃないかって気になる。

 となると依頼を受ける受けないの焦点は、何かがあったときに、俺がシャルハムティを守れるかどうかだろう。

 俺に自信は、なくはない。

 並みの刃物なら、魚鱗の布の防具で十分に防ぐ事ができる。戦うときも攻撃魔法の水を纏えば、単なる暴漢は相手にもならないはずだ。

 けど、俺はこの町の地理に疎い。逃げようとして、追い詰められてしまうかもしれない。

 うむむ、どうしようか……。

 答えを出そうと考え込んでいると、この部屋の前で口論になっているような声が聞こえてきた。

 よく耳を澄ませると、大人の男の声の間に、子供――シャルハムティの声があることに気がつく。

 なにをしているんだろうと、俺は部屋の扉を開け放った。


「どうかしましたか?」


 そう問いかけると、俺の護衛という名前の監視役二人が、驚いた顔をする。

 一方で、シャルハムティは喜んだ顔になると、俺に喋りかけてきた。


「バルティニーさまとお話がしたいと訪れたのですが、この者たちが中に入れてくれないのです!」


 正義は我にあり、って感じに主張している。

 けど、監視役の人たちは首を横に振った。


「バルティニー殿は、シャルハムティさまのお願いについて、考えている最中です」

「邪魔をせずに静かに待っていることが、シャルハムティさまがいまなされる、唯一のことだと考えます」


 遠回しに、俺の部屋に入れないのは、シャルハムティ自身のためと言っている。

 けど、シャルハムティは、言うことを素直に聞く性格ではないようだ。


「いや。あの短い時間で、全て伝えきれたとは考えられません。ここはもう一度、徹頭徹尾似至るまでの僕の考えをお伝えすることこそが、バルティニーさまがなされる判断のためになると確信しているのです!」


 なかなかに強情な様子に、監視役の人たちは困った顔をする。

 それでも彼らは、中に入る許可を出す気はないようだ。

 そのことに、シャルハムティは頬を膨らませる。

 ここまで中に入れるのを阻むからには、きっと彼らの雇い主であるヘプテインから、なにかしらのお達しが出ているんだろうな。

 そして、この状況を収められるのは、俺だけなようだと気がついた。


「……俺がいま依頼を受けるかどうか決めれば、お二人がシャルハムティさまを止める理由はなくなりますよね?」


 俺の問いかけに、監視役の二人はどう判断していいか迷っている。

 構わずに、俺は答えを伝える。


「俺は、シャルハムティさまの依頼を受けます。なので、詳しい話を聞くために、部屋の中で話をしてみたいです。許してもらえますか?」

「ま、待ってくれ。依頼を受諾する件を、ヘプテインさまに伝えてくる」

「でもその間、待ちぼうけでは、時間の無駄ですよね」

「だ、だが……」

「なら、こうしましょう。一人がヘプテインさまに伝えに行って、もう一人は俺たちと一緒に部屋にいるんです。そうすれば、なにも危険はないでしょう?」


 どうするかと監視役たちは視線を交換しあい、答えをだした。


「シャルハムティさまを、この部屋の中に入れることはできない」

「だが、時間の浪費という主張も分かる。なのでお二人には、この場で依頼の内容について喋りあっていただきたい」


 それが最大の譲歩なんだろう。

 けどシャルハムティは、俺と喋ることが出来るのが嬉しいらしく、場所はどうでもいい様子だ。

 俺はシャルハムティがいいのならと、護衛の言い分を受け入れた。


「では、バルティニーさま、お話をしましょう。バルティニーさまがどんな方なのか、いままでの冒険譚をお聞かせ下さい!」

「あははっ。目的はそれでしたか。うーん、さほど話が多いわけではありませんが――」


 シャルハムティの求めに応じて、俺は故郷の出来事も含めて、今世の人生を語り聞かせていく。

 一方、心の中では、助け舟をだすために、依頼を受けると言ってしまったって、ちょっとだけ反省していた。

 でも、状況任せに成り行き任せに過ごしてみることも、いい経験になるかもしれないなって、そんな風にも思ったのだった。

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