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九十九話 撃退戦

 こちらを囲んできた人たちを見回しながら、俺は問いかける。


「なにか用か?」


 こんな人たちに、丁寧な言葉を使う気はないので、荒い口調だ。

 背後に庇っている子が、俺の言葉遣いが変わったことに驚いたようで、息を呑んだ音が聞こえた。

 そして七人の男たちはというと、てんでばらばらな動きで、俺に短剣の先を向ける。


「お、お前には、用なんてねえ」

「そうだ。そっちの子供を寄越せ。そしたら、どこかへ行け」


 俺を追い払らおうという気なのか、男たちは短剣を小さく振り回して、威嚇を始める。

 危なげな様子に、居合わせた人たちは俺たちから距離を取った。

 けど、気にはなるのか、遠巻きに立ち止まりながら、こちらを見ている。

 その人の壁に遮られて、子供の護衛っぽい二人は、すぐに助けに入れなくなってしまったようだ。いま、人ごみを掻き分けて、こっちに来ようとしている。

 そんな光景が見えたのか、それとも誰も他に助けてはくれないことに怖くなったのか。俺の背後にいる子供は心細さを訴えるように、フィシリスが作ってくれた俺の短パン状のズボンを握った。

 けど俺は、あまり心配していない。

 男たちの注意は俺に集中している。

 なので、護衛っぽい二人が人の壁を越えて彼らに不意打ちを食らわせれば、あっという間に無力化できるはずだからだ。

 そんな風に俺が余裕な態度をして立ち去らないからか、短剣を持つ男たちは焦れたようだ。


「おい、逃げれば見逃すっていってんだ!」

「なんなら、オレらの仲間に入って、その子供を売る手伝いをするか?」


 どうやら、冒険者風の俺が逃げようとしない――つまり腕に自信があると思われたのか、抱き込もうしてきた。

 悪事の片棒を担ぐつもりはないし、そもそもお金には困っていない。

 手伝う理由が思いつかないなって思っていると、男の一人がニヤニヤ笑顔でこう言ってきた。


「形の悪い継ぎ接ぎのズボンなんて履いているぐらいだ、金に困ってんだろ?」

「――あ゛あ゛ん?! この服をなんて言いやがった!」


 頭の中がカッとなって、気がついたときには、さっき発言していた男を殴り飛ばしていた。

 よほどの早業だったのか、背後に庇っていた子も、周囲のヤジ馬も、こちらに来ようとしていた護衛っぽい二人も、ぽかんとした顔をしている。

 その光景に気がついて、俺は顔から火がでるかと思うほど、赤面してしまう。

 だって、フィシリスという同居していた子のプレゼントを貶されただけで、我を失って人を殴り飛ばしてしまったんだ。

 はた迷惑な、色ボケ男じゃないか。

 俺は、フィシリスをとても大事に思っていたんだって認識を新たにしながら、まだ呆然としている男たちの一人に目を向ける。

 攻撃のチャンスだと、恥ずかしさを誤魔化す意味合いも込めて、殴り飛ばした。

 背が伸びた高い身長と、漁の手伝いで筋肉がついた体での攻撃に、汚れた男が呆気なく吹っ飛ぶ。


「ぐぎゃあ――」

「ハッ、くそ、やりやがったな!!」


 悲鳴でようやく我に返ったのか、他の男たちが短剣を手に襲い掛かってくる。

 俺は鉈の柄に手を触れ、町中で殺すのは不味いんだったと、肩掛けにしていた弓に握りかえる。

 一人目の攻撃を避けながら、体から外した弓の端を持つ。

 そして二人目の顔面を、弓の木の部分で殴打した。


「ぎゃああ、顔が、顔がああああああ!」


 しなる上に丈夫な俺の弓に打たれてよほど痛かったのか、その男は顔を押さえて体を曲げる。

 復帰して襲ってこられると困るので、顔面に回し蹴りして別の男の方へとふっ飛ばした。

 もんどりうって倒れる二人を視界の端に捕らえながら、俺にもっとも近づいている男へ顔を向ける。


「死ぃねえええええええ!!」


 大きく踏み込みながら、短剣を右片手で突きだしてきた。

 俺は弓を振るって、彼の手の甲を殴打する。


「ぎぃ――!!」


 短い悲鳴と、手の甲の骨が折れる小さな音がし、短剣が男の手から吹っ飛び路上に転がった。

 俺は弓を持っている反対の手を握り締め、目の前の男の顎を下から上へと殴る。

 意識を失い膝から崩れ落ちる姿を見やりつつ、俺は次の相手を探すように視線を巡らす。

 無事な男は、あと三人。

 一人は、倒れている上に気絶した仲間に乗っかられていて、抜け出すのに苦労している。

 なら、いま気にするべき相手は、二人だけ。

 どちらを先に相手しようかと目を向けると、どちらも短剣を両手で構えて、へっぴり腰になった。


「く、くるな。こっちにくるな」

「ひ、ひぃ。やめてくれ、殴らないでくれ」


 どうやら、俺が男たちを手早く倒し続けたことで、彼らの戦意を喪失させてしまったようだ。

 攻撃してくる意思は薄そうだなと判断して、気絶した人を上から退かそうと必死な男の顎を、力一杯に蹴りつけることにした。


「かぁ――……」


 顎の骨が折れたか外れたかした音のあとで、その男も気絶する。

 無力化するために必要な処置なだけだったんだけど、非情な行動に映ったのか、へっぴり腰の男たちは短剣を投げ捨てて逃げ出した。


「ひいいぃぃぃ! 死にたくねえ!!」

「くそっ、子供一人さらうだけのだったはずなのに!!」


 慌てて逃げる彼らに、ヤジ馬たちが悲鳴を上げて場所を空ける。

 しかし、逃げる方向が悪かった。

 だって、あの子の護衛っぽい人たちが、そこにいるんだから。


「逃すか!!」

「坊ちゃんを狙った不届き者め!!」


 武器を手放してしまっていた男たちは、呆気なく捕まってしまった。

 こうして、不意の襲撃は収拾された。

 騒動が終わったので、ヤジ馬たちは散り始め、俺は庇ったあの子へと近づく。

 声をかけようとして、俺を見るその目に、怯えや恐怖に似た感情があることに気がついた。

 警戒されても仕方がないかと、ちょっとだけ肩をすくめる。

 短剣を持った男たちを、あっという間に無力化するような男は、子供にとったら恐ろしい存在だろうし。

 だから俺は、ある程度距離を保った状態で、喋りかけることにした。


「あー……とりあえず、危険は去りました。あちらの人たちは、君の関係者なのだろう。今日はもう、あの人たちにお家まで連れていってもらうといいでしょう」


 道上で知り合っただけの相手だし、これ以上深入りする必要はないだろう。

 そう判断して立ち去ろうとした。

 すると、助けた子が意を決したように走り出して、俺の腰に抱きついてきた。

 そして、逃さないって顔で、俺を見上げてくる。


「……あの、どういうことしょうか?」


 対応に困って質問すると、俺の腰に抱きついている子の表情が、興奮と憧れを湛えたものになっていることに気がついた。

 そしてその感情を抑えきれないのか、鼻息荒く喋りかけてきた。


「むふー。あ、あの、命を助けていただいたからには、それ相応のお礼をせねば、我が家の名折れとなります。ですので、僕と一緒に我が家に来てはくださいませんでしょうか!」

「え、あの、そんな大したことをしたつもりでは……」

「いいえ! あの見事な戦いっぷりを、僕は父上と母上に伝えたいんです。そのためにも、ぜひ我が家に!」


 俺は困り、助けを求めるために、護衛の人たちに顔を向ける。

 倒した男たちを縄や男たちの衣服で縛りながら、護衛の人たちは俺の視線に気がついたようだ。

 そして、俺の腰にいる子の表情を見てから、諦めろと言いたげに首を横に振る。

 どうやらこの子は、思い込んだらテコでも動かないって性格らしい。

 それなら仕方がない。わがままに付き合ってあげるとしよう。


「分かりました、君の家に行きましょう」

「やったー! えへへへー、じゃあさっそく行きましょう。こっちです」


 こちらの手を引いていこうとする子を、俺は少し押し止めた。


「君の家にお邪魔する前にです、もう一度しっかりと自己紹介をしておきましょう。俺はバルティニー。『鉈斬り』『浮島釣り』って二つ名をもらった、冒険者です」

「うわぁ、二つ名持ちの人だったんですか! あっ、申し遅れました。僕は、ディレ地方を治める、ターンズネイト家。その次男である、シャルハムティです。以後、お見知りおき下さい」


 恭しく礼をする、シャルハムティと名乗った子を見やる。

 えっーっと、故郷で受けた授業で、たしか貴族名は自名、領地名、家名の順だって聞いたから――この子の公式名称は、シャルハムティ・ディレ・ターンズネイトってことになるのかな。

 って、やっぱりシャルハムティは、貴族の子だったかあ……。 

 ディレ地方っていうところがどこかは知らないけど、子供の誘拐を企てられるぐらいには、裕福な貴族なんだろう。

 そんな貴族の子の親に会うなら、ちゃんとした作法を披露しないと、気を悪くされると思うんだけどなぁ。

 けど、そんな俺の心配事を知らずに、シャルハムティはぐいぐいとこちらの腕を引っ張り始める。


「バルティニーさん。行きましょう」

「はい、分かりましたから。そう引っ張らないで下さい」


 故郷でオマケとして受けた授業の中で、貴族相手の作法だと習ったことを思い出しながら、シャルハムティに連れられてターンズネイトの家へと向かうことにしたのだった。


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