ナジャル
投稿が大変遅れて申し訳ありませんでした…
半年以上も投稿が滞ってしまい、本当に申し訳ないです。
リョウは目覚めた・・・
体中が痛い、その上身動きが取れない。
目覚めとともに視界が広がっていく。
そこにはハンク達が自分を囲むように覗き込んでいた。
「うぅっ、ハンクか・・・」
体を起こそうと力を入れたが、起き上がれない。
彼はナイロンカフで手足を拘束されていた。
「おい、悪い冗談はよせ!」
ハンクに抗議したが、彼はサングラスの奥から冷たい視線を送っている。
「ジョー、キース、説明しろ。それと、これほどけよ」
2人に助けを求めたが、腕を組んで黙ったままだ。
「リョウ、今から言うことを素直に聞いて理解しろ。指揮官として今後の行動を冷静に判断できるか、俺が精査する」
そのハンクの言葉にリョウは少し苛立ち、彼を睨んだ。
「何言ってるんだ!ハンク、俺達には任務があるんだぞ!」
リョウは彼に噛み付くように声を張り上げた。
するとハンクはサングラスを外し、リョウの胸ぐらを掴んだ。
ハンクの豪腕でリョウの上半身が浮いた。リョウは本気のハンクに少しビビってしまった。
「黙って聞け!」
顔が本気だ・・・
シールズ基礎訓練の「地獄週間」時の教官である彼の顔を思い出した。
彼が担当の時は、走りながら用をたし、夜は寝られず寒い海に浸からされ体力の限界ギリギリまで追い込まれたものだ。今はその時の顔だった。
リョウは「わかったよ」と小声で答えると、ハンクは静かに手を離した。
彼はナイフを取り出すと、ナイロンカフを切って拘束を解いた。
ハンクは静かに息を吐くと椅子に座った。
リョウも体を起こし、ハンクに顔を向けた。
「リョウ、お前に与えられた任務は何だ?」
ハンクの尋問にも似た質問が始まった。
「シャヒコト渓谷での敵性勢力の偵察、及び空爆誘導だ」
リョウは課せられた任務内容を淡々と答えた。
「その最中どうなった?」
その最中・・・
突然嵐に巻き込まれて、雷がなり・・・
リョウはハッとなり、すべてを思い出した。
「そうだ!女の子だ!あの子は?」
慌てるリョウをハンクは肩をつかんで落ち着かせた。
「あわてるな!彼女は敵ではない」
すると、ハンクの後ろに隠れていた彼女がおそるおそる顔を出した。
「順を追って説明してやる。とにかく落ち着け」
ハンクは彼女を横に座らせて説明を始めた。
「いいか、ここはサントリオ王国、ナジャル自治区だ・・・」
ルーン大陸南部に位置するサントリオ王国は、大地と広大な海に面した、大陸一番の王国である。
王都エルグラードは巨大な城を中心に広がる広大な都市で商業が盛んである。
また、海に面しているため、他の大陸や諸島の国々との貿易の要所でもあり、様々な国の人間が行き交う都市だ。
そして、このナジャルは王国から遠く離れた北部にあるナジャル人が住む地区である。
四方を山に囲まれ、豊かな大地とサントリオ最大の河川、マナン川が流れている。
主な産業は農業と酪農であり、農作物や家畜を王都や隣国に輸出することで利益を得ている。
サントリオは国益のほとんどが農業、漁業で成り立っているのだが、特にナジャルの農作物は一級品であり、王家御用達の品でもある。
サントリオは隣国であるアスワン公国と同盟関係であり、アスワンの主産業である金属資源を輸入する代わりに農作物などの輸出している。
他国とは特に争いもなく、良好な関係を保っているようだ。
文明レベルは中世ヨーロッパ位だそうだ。
当然、電気やガスなどの近代的なものは無く、移動手段も馬や馬車などで、船舶などの海上の移動手段も帆船である。
ハンクの説明はフィーナの言っていた事と全く同じだった。
「ここまでは、彼女の説明通りだろう。そして、ここからが本題だ」
ハンクは一呼吸おいてリョウの目をじっと見つめると、
「ここは、俺たちのいる世界じゃない・・・」
「・・・なんだって?」
リョウは真顔で荒唐無稽な回答をするハンクに少し吹いてしまった。
「オイオイ!ジョークにしちゃあ、センスが無いぞ!」
しかし、この場で笑っているのはリョウだけだ。
ハンクは下を向き、ジョーとキースは無表情のままだ。
「・・・嘘だろ?」
リョウは周りの空気を察すると、少し凍りついた。
「リョウ、信じられないのもわかる。俺だってさっき説明されたばかりだ。だが、今この状況と彼女達の説明で納得するしかない」
普段口数が少なく、ジョークを言わないキースが真剣な眼差しで言った。
「こりゃあ、ジョークでもイタズラでもないんだよ。マジなんだって!」
ジョーもキースに続いて訴えてきた。
普段戦闘中でも軽口飛ばすくらいの余裕があるジョーも少し焦った感じだ。
リョウの唖然とした顔を見るや、ハンクは静かに立ち上がってリョウに「着いてこい」と手招きした。
リョウは立ち上がるとハンクに着いていった。
廊下を出て広間に行くとイーザとリリーがリョウを見るなり、怪訝そうな表情を浮かべていた。
ハンクが「大丈夫だ」と手をあげ、リョウを外に案内した。
リョウは改めて外の風景に驚愕した。
アフガンとは似ても似つかない青々とした大地と心地よい風、まるでヨーロッパの片田舎を思わせる風景だ。
そして、リョウはさらに驚く事になる。
ハンクが手招きし、家屋の裏手に連れていかれると、そこには信じられない物が目に入ってきた。
体長5mはあるだろうか、巨大な人形の岩が動いている。
夢に出てきた岩の巨人である。
周りには楽しそうに近所の子供達が遊んでいる。
ゴーレムはそれを見守っているかのようだ。
「マジかよ!夢じゃなかったのか!」
「こいつはフィーナが召喚した魔物だ。俺達を森の魔物から助けるために呼び出したらしい」
リョウは夢だと思っていた光景は真実だったのだとようやく理解した。
「俺達はアフガンで、あの謎のハリケーンに巻き込まれて異世界に飛ばされてしまった訳だ・・・」
異世界転移などハリウッド映画や日本のアニメみたいだとリョウは思ったが、まさか本当に異世界に行くとは思いもしなかった。
魔法や魔物が存在するまさに幻想世界だ。
「まるでアニメだな」
リョウは苦笑いすると、ハンクも苦笑いして手をあげて首を傾げた。
「で、どうする?指揮官はお前だぞ。仲間を導かないとな」
ニヤッと意地悪く微笑んだハンクにリョウは、ハッと笑って「このオヤジは」と悪態をつくと、指揮官らしい顔に戻った。
「まずは、俺達と一緒に転移してきた武器や装備の掌握だ。それから今後の行動について全員で協議だ」
リョウの指示にハンクは頷くと、玄関先から様子を伺っていたジョー達に武器の確認指示を与えた。
家に戻ろうとしたハンクが何か思い出したかのように足を止めて振り返った。
「そうだ、リョウ、彼女に謝っておけよ!命の恩人にひどい目あわせたんだからな!」
「あと、マークって偽名はセンス無しだな!」
ハハハと笑ってハンクは足早に家に戻っていった。
「あれは、通常作戦規定で・・・」
リョウの弁解はハンクには届かなかった。
彼女の怯えた表情を思い出すと心が痛い。
通常作戦規定とはいえ、か弱い女の子をしかも自分達の命を救った恩人に対して無礼な行動をしてしまった。
リョウは「参ったな」と頭を掻いた。
ガチャガチャ
洋風の静かな広間に似つかわしく無い武骨な金属音が響いていた。
それは彼らの武器「銃」である。
銃身の長い小銃もあれば、手のひらサイズの拳銃もある。
4人の転移者達は各々の装備に不備がないか点検していた。
フィーナやイーザ達は見たことも無い物に目を奪われて、呆然とその光景を見ていた。
ハンクがそれに気づいて、銃に関して簡単に説明した。
「これは銃と言う物だ。こっちの世界にはあるか知らないが、人や物を破壊、殺傷できる武器だ。とても危険な代物だから見るだけならいいが、絶対に触れないでくれ」
ハンクの真剣な目にフィーナ達は頷いた。
(やっぱり武器だったんだ・・・私ったら知らずに触ったりして・・・)
危険な武器とは知らずに無作法に扱った事を思い出して苦笑いした。
「フィーナ、リョウが呼んでいたぞ。まだ外にいるから」
「えっ!」
フィーナは少し焦った。
武器を勝手に触ったことを叱られるのではないかと・・・
先程のこともあるし、少しリョウが恐かった。
「わかりました・・・」
力なく返事したフィーナに、ハンクは「心配ない」と微笑んだ。
ゴーレムの前で一人座り込み、悩む男がいた。
リョウである。
「異世界か・・・」
これから自分達はどう行動すべきか考えなければならなかった。
指揮官として仲間を導かなければいけない、それに一番の課題は元の世界に戻る手段だ。
頭を抱えながら座り込んでいると、唐突に背後から声をかけられた。
「あの・・・リョウさん」
そこにはフィーナの姿があった。
彼女はどこか落ち着かない様子だった。
「あ、あぁ、フィーナ・・・だったっけ?」
リョウも同じく落ち着かいない様子だ。
「リョウさんが私を呼んでいると、ハンクさんが・・・」
(ハンクめ!)
確かに誤解とはいえ、謝罪はしなければならないがリョウは今後の行動のことで頭がいっぱいで、彼女への謝罪を考えていなかった。
しかし、彼女は彼女で銃のことで叱られるのではないかと不安だった。
「・・・」
二人の間には気まずい空気が流れていた。
「あの、す、すまなかった!謝るよ。誤解とはいえ俺達の命を救ってくれたのに、あんな仕打ちをして・・・本当に申し訳ない!」
彼女は頭を下げて謝るリョウに戸惑いながら首を振った。
「いえ、私は大丈夫です。ちょっと驚いたけど・・・誤解が解けて良かったです」
彼女はホッとした様子で微笑んだ。
「でも、リョウさん達は大丈夫ですか?別の世界から来たって聞きましたが・・・」
フィーナの言う通り状況は極めて良くない。
元の世界に戻る方法も手がかりすらない。
「ああ、未だに信じられないよ。夢でも見てるみたいだ」
リョウは深いため息を吐きながら言った。
「私も信じられないです。でも、リョウさん達の話を聞くと本当なんだと思いました」
「そうだ、君の魔法で俺達を元の世界に戻せないのか?」
フィーナは困った顔をした。
「残念ですが、別の世界に移動させる魔法は私は知りません。例え出来たとしても、強力な魔力が必要です。この世界にそんな力を持った魔術師は私の知る限り、過去に存在したエルフだけです。」
「エルフだって?」
リョウは少し吹き出しそうになった。
エルフと言えば、北欧神話に出てくる亜人である。
リョウからすれば、テレビゲームや漫画の世界のフィクションである。
「はい、リョウさんはエルフをご存じなんですか?」
フィーナはキョトンした顔をしていた。
「いや、元の世界ではおとぎ話さ」
リョウは苦笑いしながら言ったが、彼女は少し驚いた顔をしていた。
「ちょっと驚きました。エルフの存在はナジャルでしか伝わっていないので」
フィーナは少し嬉しそうに微笑んだ。
「リョウさんに少し親近感が沸いてきました」
フフッと口に手を当てながら彼女は笑った。
「そ、そうか・・・もし良かったら、エルフやナジャルの事を詳しく教えてくれないか?今後の行動の参考になるかもしれない」
まずは情報収集だ。
軍事行動のみならず、行動に入る前には現地の状況や風習などを事前に知る必要がある。
アフガンでは宗教的な風習が根強く、過去のアフガン侵攻ではソ連軍が民間人との間でしばしば衝突がおこった。
その結果、戦場は泥沼化した。
アフガンはソ連にとってのベトナムになってしまったのだ。
リョウはこの状況での現地人との友好関係は絶対だと感じた。
後方支援もないこの状況下で、現地人との衝突はあってはならない。
「それなら、私の家に来ませんか?私の父はこのナジャルの領主なんです。いろいろ詳しい話を聞けると思います」
「すると、君はこの自治区ではかなり重要人物な訳か?」
命の恩人が、この土地の重要人物だとは思いもしなかった。
リョウはますます自分の軽率な行動に嫌悪感をいだいた。
「あの・・・私のことなら大丈夫ですから、おきになさらずに」
リョウの暗い表情を悟ったのか、彼を気遣った。
「すまない・・・しかし、いきなり余所者が面会しても大丈夫か?」
たしかに、いきなり領主と対面とは不安である。
フィーナは大丈夫だと言うが・・・
「大丈夫です。私の家は古いけど大きいし、4人くらいの部屋なら用意できますよ!」
嬉しそうに喋る彼女だが、問題はそこではない。
「いや、そうじゃなくて!俺たちが危険とは思わないのか?君達からしたら、異世界から来た謎の兵士だぞ・・・他の人に混乱を与えるのではないか心配だ」
リョウの言葉に彼女は踊る気持ちを少し落ち着かせ、リョウの目を見つめた。
「森で貴方達を見つけたとき、私は命を懸けて助けなければと思いました。そして、禁断の魔法を初めて使う勇気を出すことができました。そんな思いにさせてくれた人達が危険なはずありません!」
そう豪語した彼女の真剣な目にリョウはたじろぐ。
ハァっとため息をつくと、リョウは降参した。
「わかったよ。君の勝ちだよ・・・」
そう言うとフィーナは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、決まりですね!久しぶりのお客様だもの、きっと皆歓迎してくれるわ!」
楽しそうな彼女にリョウはホッとした反面、呆れてしまった。