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三章 希望

今回はかなり短いお話ですが、登場人物が一気に増えます。

「恐れながら、お尋ねいたします。そ、それは誠の……いえ、確実なことでございましょうか?」

 【順天じゅんてん】は、「それ」を素直に受けいれることはできなかった。

 たとえ、「それ」が現在の国を代表する人物の言葉だとしても信じられない。

 上座に対して平服しながら、彼女は答えのわかっている質問をしてしまう。

「残念ながら……」

 答えたのは、訪ねた相手ではなく、左横に控えていた軍長の貴先きせんだった。

 床に敷かれた、濁った血のように赤い布から視線をはずし、ゆっくりと順天は貴先を見る。

 それを受けるように、正装用である鱗状の鎧を鳴かせながら、貴先が体を少し順天に開く。

「拙子が、その場に立ち会いました故……」

「ああ、なんという……」

 順天は、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。さーっと眉間辺りから頬を伝って、なにか熱いような、冷たいような物が肩の方へさがっていく。

 なにがどうしたというのか。考えがまとまらず、虚空を見つめてしまう。

 端から見ている者達は、彼女の青蓮一とも言われる美顔が、眉間に皺をよせる表情など、初めて見たことだろう。

 いつも冷静でいなければならない。笑顔を絶やさずに、王を支える立場になる。彼女は、そうやってしつけられてきた。そして今までずっと、それを守ってきたのだ。

 このような場で、その切れ長の瞳を曇らせたり、眉細を顰めたりしたことはなかった。

 しかし、今の順天に、そのようなことを気にする余裕はない。

 知らせを聞いたのは、今朝になってからだった。

 なぜ事が起きてから七日も経って連絡が来たのか、彼女には皆目見当がつかなかった。

 さらに、この青蓮国の王城へ目通りがかなったのが、夕方になってからなのだ。

 確かに、慎重にならざるをえないことはわかる。

 なにしろ、大国・青蓮国の一大事である。

 世界の中心といわれる【霊宝れいほう大陸】。

 この大陸には、多くの神々が住まい、多く力と多くの恵みを人々に与えたと、伝説は言う。

 その東の半島に位置する大国【青龍蓮座守護王国せいりゅうれんざしゅごおうこく】、通称・青蓮国は、龍と呼ばれる精霊を崇め、龍に授けられたという伝承の武術を国技とする、大陸でも有数の国力を持つ国家であった。

 国力を強めたのは、もちろん武術の力だけではない。その地の利に、多く助けられている。

 半島と内陸部の境界線を作るように横たわる九崙部くろんべ山脈。標高五神歩(約三〇〇〇メートル)ほどの山々がならび、北西に険しい断崖絶壁を作って、他国の侵入を難しくしている。

 さらにこの山々には、魔物が棲む場所も多く、山脈に入ろうとも山を越えるのは至難の業であった。

 唯一、西端の山脈の切れ目にある【龍の尾】と呼ばれる街道があるが、ここには関所が設けられ、国軍の精鋭部隊が常駐している。ここを破るのも一筋縄ではいかない。

 このために青蓮は、長い一五〇〇年以上の歴史の中で、一度たりとも他国の侵入を許したことがない。

 さらに青蓮は、海の幸、山の幸とも豊富であり、田畑も開拓され、自国のみでも充分な食物の供給ができている。

 特に、もっとも最近の国王である【光真こうしん】になってからは、この国は非常に豊かだった。

 彼は、非常に優れた武術家であり、同時に優れた政治家としても有名であった。

 王となる前から父王の補佐につき、龍の尾を使って、規制はあるものの【西王国エンジェラ】をはじめとする他国との交流を盛んに進めていった。

 その政策の成果は、大きかった。豊富な資源を輸出することで、財政的にも国は、今までにないほど潤っている。

 また光真は、その潤いを単に自分の贅に費やさなかった。地方の村々にまで支援の手を伸ばし、その支配力を強めていった。

 当然、光真は偉大な王として、国民に絶大な支持を得ていた。そして、その英雄的魅力も助けて、他国でも名君として知られていたのだ。


 ――だが、その王が殺された。


 青蓮国の首都豊都(ほうと)にある、この王座の間で、そう告げられたのである。

 嘘であるはずがない。

 しかも、王を手にかけたのは、順天にとっては大事な人であり、彼女の未来ともいうべき者だった。

 焦点の合わないまなざしを、順天は無理矢理もどした。

 王座を囲むように立つ赤黒い四本の円柱、その柱を渡るように飾られた王家の印を表す黄色い布。

 それが、この五〇人以上が一列に座ろうとも余裕のある長さを誇る王座の間の上座であった。

 いつもと同じ場景。

 ただ、一つを覗いては。

「それで光斗王子は……」

「あの者は、もう王子ではない!」

 叱りつけるように、今度こそ上座に立つ者が答えた。

 順天は上座に立つ彼女に、床に額をつけるほど深く頭を下げる。

「申し訳ございません、【蘭白らんはく】様」

「順天殿。もうあの者は、王家の者ではない。名を口にすることも許さぬ」

 順天は、見えぬよう下唇を噛んだ。

 蘭白の甲高い声に、欣幸きんこうが含まれていることを感じて。

「畏まりました」

 頭をあげると、紅い長袍で身を飾っている蘭白が、満ちたりた微笑でうなずいてみせる。

 その長袍の紅が、ふと順天には溶けて見えた。

 天井近くにある窓から入る斜陽が、まるで部屋の赤と彼女を一体化させる。

 今、この王座の間は、蘭白の心の色そのものだ――順天は、そう感じていた。いや。これからもっと、彼女の色に染まっていくのだろう。

「順天殿に真実を知らせたのは、そなたが慣例にならい、白斗の后となり、王家に名を連ねると思うたからだ。過去のことは忘れ、新王の支えとなられよ」

「お待ちください、蘭白様」

 また、横から口を挟んだのは、貴先であった。

 耐えかねたように、一歩前に出て跪いていた。

 貴先は、白銀の鎧に、白銀の篭手を身につけていた。それぞれには、金で彫りこまれた龍の紋章で意匠を凝らしてある。その装備は、この国で他の者が身につけることができるような物ではなく、同時に彼の権力の象徴でもあった。

 冷たい金属の鎧が、彼の動きに合わせてかるく鳴く。

「まだ聖裁が出ておりませぬ。聖裁が出るまでは……」

 その横やりに、蘭白は目尻をあげる。

「貴先。貴様は王を殺した者が、聖裁で罪を免れるとでも申すのか?」

「聖裁の結果は、拙子ごときが口を出せぬ事。しかし、聖裁を待つのは、国の定めであれば、たとえ蘭白様でも、あと十日は守っていただかねばなりませぬ」

 貴先は跪きながらも、眼光を強く蘭白へむけていた。

 彼は、光真に信任のある将軍だった。

 また、五〇近くになりながらも、四〇に届かぬ光真と国で一、二を競う武術の達人でもある。武術大国であるこの国で、それは英雄と同じほどの扱いであった。

 権力と力、そして伴う強い意志。

 彼の裏付けのある視線には、いくら王妃であっても簡単に無視することはできなかった。

「くっ……」

 身につけた金銀の首飾りや腕輪を鳴らすように、蘭白は大きく身震いさせた。その双眉を釣りあげながら。

(貴先様……)

 順天は、横目で尖った顎の貴先を覗き見た。

 今まで彼女は、貴先が苦手だった。

 どこか野心を感じる双眸が嫌いだった。

 小さいくせに微妙に歪む口角が嫌いだった。

 尖った鼻が嫌いだった。

 そして、まとう空気がどうしても好きになれなかった。

 だが、王も、順天が慕っていた光斗も、彼を信頼していた。

 二人がいない今も、貴先はその信頼に応えようとしている。

 順天は、心の中で貴先に詫びていた。

「ともかく。もう生きてはおらぬだろう。次の王は、我が息子の【白斗はくと】である!」

 そういうと、彼女は背後にある王座に腕を伸ばした。

 真っ赤な木製の椅子は、大人一人が座っても余裕があるぐらい大きい。黄色の波紋のような模様が所々にあり、肘の背には金の龍が彫り込まれている。

 宝石も派手な装飾も使われていない。そういう意味では質素なのだが、紅蓮を表す著大な背もたれと、太い骨組みは、王者の風格を強く示していた。

 だが、その席に今、腰掛けているのは、一人の小さな子供であった。

 背もたれに、背も届かない。肘のせも、手を伸ばさないと届かないぐらい離れている。

 年の頃は一〇才ほど。黄色い長袍姿は、王などという言葉がまったく似あわない。

 彼は、ただただ幼さ漂う丸顔を強ばらせ、すがるように自分の母親を見ていた。

「母上……」

「白斗。そのような顔をするでない」

 蘭白が、母親の顔で眉尻をさげた。

「第一后の息子であるお前が、王になるのは当たり前なのだ」

 その会話を聞かぬように、順天は挨拶をしてから王座の間から退いた。

 そして、高き王城の外に張りだした広縁に歩みでる。

 つきそう藤色の服を着た女官二人は、気持ちを察してか黙って少し後に控えていた。

「…………」

 広縁の端により、順天は眼下に広がる豊都を眺めた。

 王城の南に広がる豊都は、地方では珍しい二階建ての家が街なみを作っている。その建物は、街を守る門まで整然とならんでいる。

 街の中央には、幅一五歩ほどある大きな道が通っていた。

 だが、その広い道も、地面を隠すほどの多くの人や馬車が行き交い、賑わいを見せている。

 その多くは、商人たちだろう。彼らの持ちこむ商品は、次々と売れていき、「ここでそろわぬ物はない」と言わしめるほどの店舗が、場所を取りあうように軒を連ねていた。

 賑わう街の東西には、田畑が広がる。

 そこには、夕日に照らされながらも、働く民の姿がうかがえた。

 今年も天気が良く、収穫は問題ないだろう。たとえ、来年に天候が崩れたとしても、一年を乗り越えられるだけの蓄えは充分にできそうだ。

「この街は、この国は、平和に栄えている。顔は見えなくても、民の表情に憂いはないだろう」

 夕日に照らされて、朱に染まりつつある豊都を見ながら、順天は光斗が呟いたそんな言葉を思い出していた。

 光斗と二人で、ここから街を眺めていた時のことだった。


「光真様の政は、誠に立派でございます」

「そうだな」

 横に立つ光斗は、視線をむけずに話す。

 これは、いつもの事だった。

 最初は、失礼で、どこか冷たい人かと順天も思った。

 しかし、つきあい始めれば、そうではないことはすぐにわかった。

 公務でもなければ口数も少なく、愛想も良くない。

 だが、冷たいわけではない。

 今の彼女には、光斗の隠れた温かさが、感じとれるようになっていた。

「しかし、光斗様も、きっと立派な王となられます。このようなこと言うのは、女の身でさしでがましゅうございますが」

「いや……」

 光斗のたった一言の返事に、順天ははにかみを感じる。

 かるく横から覗うように、彼女は光斗の横顔を見つめた。

「でも、光斗様は、政より武術の方が、お好きなのですね」

「ああ」

「前からお聞きしたかったのですが、強くなってどうなさりたいのですか」

 意外な質問だったのか、光斗は一瞬だけ不思議そうに順天を見た。

 そして、ふと視線を上にむける。

「今は、王として強くなければならないからだ、と思っている」

「今は? 昔は違ったのですか」

「昔は……」

 順天は、口ごもった光斗をさらに覗きこむように見た。そして目線で言葉をうながす。

 今度は、明らかに光斗が頬を赤らめた。

「いろいろなものを、見たかったのかもしれぬ」

「旅に出るために、強くなりたかったということでしょうか」

「かもしれぬ……」

「わたくしも見てみたいものです。知らない世界を」

 順天も光斗と同じものを見るように、遠くを見つめた。

「光斗様は、考えたことがございませんか。もしかしたら、この世界と同じように太陽が昇り、風が吹き、馬が駆けまわり、人が生きながらも、法術もなく、龍も魔物もおらず、別の文化が栄えている、そんな別世界があるのではないかと……」

 光斗の顔が、少しだけほころんだ。

「順天殿はおもしろいことを言う。なるほど、そんな世界もどこかにあるのかもしれぬ」

「わたくしは、ときどきそんな事を空想してしまうのです。いつかそんな世界を見てみたいと……」

「……ああ。それは楽しい」

 一笑だけ見せてから、光斗がまた空に目をもどす。

「されど、私は王になる。その為に生きてきた。それ以外、私に道はない」

 彼の口元が、強く結ばれた。

 だが、その双眼は、虚ろだった。

 空を視ても、見てはいなかった。

「光斗様……」

 順天は、喉元まで出た言葉を呑みこんだ。

 それは、言ってはいけない言葉。相手のためだけではなく、自分のためにも、言いたくない言葉。

「……はい。わたくしにも、その光斗様の道を陰ながら支えさせてくださいませ」


 順天にとり、光斗は立派な王になるべき人物だった。

 彼女は、また朱に染まった豊都を見やる。

 この幸せな国で暮らしている暮らしている者達は、まだこのことを知らない。

 自分たちが信じる王が、身内に殺された。しかも、次期王に殺された。

 それを知ったとき、人々はなにを思うのだろうか。

 自分と同じように「信じない」と言ってくれるのだろうか。

「光斗様、どうかご無事で……」

 彼女は、許嫁の無事を祈るように瞼を閉じた。

本来ならばヒロインの立ち位置のはずですが、扱いが軽いですね。

ハーレム系であればもう少し押すのですが、残念ながらエッセンス程度。

今時ではないですね……。

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