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二章 登仙

幼女と大柄の美少女が登場です。

今度は剣と魔法のバトルと、謎の伏線となります。

「どうしてあいつは、こう勝手に動きまわるのよ!」

 【リィエ・ライナーロウ】は、小さな白い手を腰にあて、ふりむいて小首をかしげた。

「もう。ふらふら、ふらふらと。いつでもこうなんだから!」

 頭からかぶった外套のフードを片手でつかみ、カールがかかった鮮やかな金髪をこぼれるように取りだした。

「【豊都ほうと】にいないなら、どこにいるのよ」

 腕を組んで、右のつま先でタンタンと地面をノックする。

 まるで、それが遊びの合図だと言わんばかりに、彼女に併走していた白と黒の二匹のスリムな猫が、その脚にじゃれつきだす。

 雪のように白い猫は、ぴょんぴょんと飛びかかり、炭よりも黒い猫は、寝ころがってリエの靴底にからみつこうとする。

 まるで双子のように同じ姿をした二匹の猫は、嬉しそうに主人と遊びはじめていた。

「こ、こら。【魔衣まい】、【魔己まみ】」

 彼女は足下の猫を一匹ずつつまみ上げ、「めっ」と顔で叱った。

 それから、猫ではない連れを八つ当たりのように睨む。

「知っているんでしょ、どこにいるのか」

 しかし、睨むのも一苦労だった。なにしろ八つ当たりの相手は、自分の二倍以上の身長がある。

 ぐっと顎をあげて、彼女はまた腕を組んだ。

 丸く大きい碧眼ブルーアイは、迷いなく相手を見つめる。

 高い鼻をフンッと、少し鳴らして怒りを表し、真っ赤な下唇をかるく噛み、白い頬を少しふくらませる。

 その見目姿は、かわいらしくもあり、同時にとても一〇才には見えない威厳があった。

「何度も言うように、居場所は知りません。とりあえず、豊都経由で東の村へ迎えと言われました」

 睨まれた相手が、抑揚ない女性の声を返した。

 もし、事情を知らぬ者がその声を聞いたなら、耳を疑ったことだろう。

 なぜなら、ほとんどの女性がせいぜい二歩(約一六〇センチ)ほどの身長であるにもかかわらず、彼女は二歩半(約二メートル)ほどの身長があったのだ。

 さらに背中には、大の男でも両手で扱うような、布で巻かれた大剣らしき物を背負っている。その後ろには、大きな布袋に包まれた荷物まで背負っていた。

 頭から包まれている茶色い外套をとって、体つきを直接見えれば、明らかに女性に見えるのだが、今は大男にしか見えないだろう。

 もちろん、それは狙ってやっていることだ。

 いくら治安がよい青蓮国内、しかも首都に近い街道と言っても、女性二人だけの旅など不用心……いや、怪しすぎる。

 しかも、二人とも見るからに、他国の容姿をしているのだ。

「リエ。この国で金髪を見せると目立ちます。マスターからあまり目立つなと……」

「大丈夫よ」

 しかし、リエは気にしていないと、笑って見せた。

「どうせ、誰もいないじゃない」

 うなじを捻るようにして、リエはわざとらしく辺りを見まわしてみせる。

「確かにこの付近には人がいませ……あ……」

「ソフィア?」

 ソフィアと呼ばれた長身の女性が、急に右に広がる森を見つめた。

「誰かいるの?」

 ここは、豊都に続く道の一つだった。国境からの道【龍の尾】から入り、大街道を南に下った。そこから、人目を避けるために、遠回りになるが細めの道に入った。

 ここからもう少し西に行けば、豊都に辿りつける。それほど首都に近づいたというのに、この細い道には、今まで人通りがまったくなかった。

「ソフィア。わたしの気がつかない距離?」

 ソフィアが、フードの頭をかるく縦に揺らす。

 リエが神経を尖らせても、ソフィアの見ている者を知ることはできなかった。ということは、少なくとも一〇〇歩圏外だと言うことだ。

 それよりも近ければ、自分の能力なら感知することができる。

「リエ。魔力反応があります」

「あら。……ちょっと行ってみましょ」

「しかし、騒ぎは……」

「あいつに、みやげ話の一つも必要でしょ」

 リエは、ソフィアへなにかをねだるように両手を伸ばした。

「確かにマスターは、騒ぎ好きですが」

 ソフィアが左膝をつき、左腕をリエの腰下に回す。

 リエは、ソフィアの首にしがみついた。

 ソフィアの左腕に、ぐっと力がはいる。

 リエの体は、軽々と抱えられる。

 リエは最初、こうしてもらう度に、小さい体を呪いたくなっていた。子供の体では、足手まといになると感じてしまうのだ。

 しかし、そう思っていたのも、最初のうちだけだった。言っても仕方のないことだし、子供なりのメリットもある。そうポジティブに考えられるようになったのは、「あいつ」のおかげなのだろう。

 それにデメリットを補う方法も、「あいつ」からもらっている。

「魔衣、魔己。ついておいで」

 二匹でじゃれて遊んでいた猫たちが、さっと離れてその場に座ると、同時に「なぁ~」と鳴いて答える。

 それを合図のように、ソフィアが脚をかるく屈する。

「飛びます」

 途端、空気が破裂するような音が耳に入る。

 強い圧迫感。

 上から降りてきた見えない布は、重くのしかかって全身を包み押しつぶそうとする。

 乱髪が視界を隠し、まるで爆風の中にいるようだった。

 が、フワッと一瞬だけ浮遊感が支配する。

 突き刺さるような耳鳴り。

 南天からの陽の目に照る、自慢の金髪ブロンド

 失われた視界がもどったとき、森の木々は遙か下方に見えていた。

 遠方に街の姿さえ、ちらりと見えた。

 ソフィアは、まさしく飛んだ。

 子供一人を抱きかかえ、大剣、そして大荷物を背負ったままで、森の木々の遙か上を飛び越える。

 人のものとは思えない脚力に、魔力を加えたジャンプで、先の道から一〇〇歩の距離に着地していた。

 二回目のジャンプの時、すでにソフィアはターゲットをとらえていた。

 木々の隙間を見事に狙って着地し、すぐさま走りだす。

 見えた目標は、老人だった。

 スノーホワイトの立派な髭をもつ、青蓮人らしい男だった。青蓮国で一般的な短い上着に、歩きやすそうな焦げ茶色のズボン。布袋のようなものを左肩から斜めにかけている。その横には、小さな革の茶色い四角形のバッグも置いてあった。

 だが、それよりも問題は、彼の腰あたりだった。

 左の腰辺りに、赤ワインにしては濃すぎる染みが容赦なく広がっている。

「大丈夫?」

 ソフィアから降りて、リエが近寄ったときには、もう意識は朦朧としているようだった。

(これはもう……)

 リエは、傷をさっと見て確認する。なにかに貫かれたらしい傷は、内臓を傷つけている。リエやソフィアでは、どうやっても助けることはできない。

 土色の肌の顔を強ばらせ、血に濡れる唇をぶるぶると震わせている。やせ細った顔が、今にも崩れそうに見えた。

「わた……薬…お、王を……ゆる……」

 老人は、もう目も見えていないのだろう。ただ、握っている右手を突きだしていた。

 そして力尽きる。

 リエは、その老人の右掌を広げた。

 そこには、小さな革袋が一つ。

「なにかしら、これ」

「なにかの薬かもしれません。先ほど薬がどうのと言っていました」

「薬?」

 リエには、老人の遺言はあまり聞きとれなかった。青蓮語にそこまで精通はしていない。言われてみれば、確かにそう言っていたかもしれないと思うぐらいだ。

「それに、この方は医者のようです」

 いつの間にか、ソフィアが近くにあった彼の物らしき鞄を調べていた。

「医者ね……!?」

 呟いてから、リエはすばやく革袋を懐にしまいこんだ。

 ほぼ同時に、周囲の空気が、そこにいる者を逃がさぬと言わんばかりに迫ってくる。

 それは、激しい敵意だった。

「おい、お前たち。旅の者か?」

 その男は、ゆっくりと浮きあがるように、木々の間に姿を見せた。

 走って追ってきたのか、少しだけ乱れた息を整えながら、リエとソフィアを睨みつけている。

 そして一言、リエの髪に気がついたのか「山向こうの奴らか」と呟いた。

 男は、ゆっくりと前に進んできた。

 全身、紺の服に身を包んでいた。飾り気のない、なにかの作業服のようにも見えた。

 陽射しも遮られる森の中、その姿は油断すると闇に溶けそうだ。

「言葉はわかるか。その老体から、なにか聞いたか」

 表情は見えない。

 淡々とした台詞。

 それでもリエには、読み取れることがあった。

「なにかって、なに?」

 彼女は、口角をすっとあげる。

「ほう。青蓮語を話せるとは頭のよい。しかし、子供は黙っていろ」

 相手は、ソフィアを見ている。

「そこの男、老体からなにか聞いたか?」

「言葉がわかるなら、始末してしまおう」

 右の方から別の声が聞こえる。

 そして左にも、もう一人いる。

 リエには、それもわかる。

「まあ、そうだな」

 目の前の男の手が、背後に回る。

 その手に金属のきらめきが現れる。

「こんな道、通るから悪い」

 ぼそっと告げると、間髪をいれずに男が走りよる。

 ソフィアの体が、かるく沈む。

 斬りかかった男の刃が、鈍い音で弾かれる。

 いや、刃は叩きおられていた。

 男が歯を食いしばったまま後ずさりする。

 目の前には、背中の大剣を構えるソフィアの姿。

 ソフィアの迅駛の動きを、この程度の男が追えるはずがない。

 リエには、それもわかっていた。

「よけいなお世話。自分の道を選ぶ、邪魔はさせない」

 慣れない青蓮語を口にして、リエは組んでいた両手を腰にあてた。

 さらに青い目を細くして、相手を挑発する。

「生意気な!」

 ソフィアが、布に包まれたままの大剣を構えなおす。

 その左頭上に、影が浮かぶ。

 フードを深くかぶったソフィアの死角を狙ったのだろう。

 しかし、肉眼以外で極目する彼女には関係ない。

 視線も動かさずに、剣がなぎ払われる。

 刃を包む布が、風を渦巻き唸らせる。

「はぐっぅ!」

 空中の影は、斬られずに叩き飛ばされた。

 背中から木々の隙間に落下して、横腹を押さえながらのたうちまわる。

 右の草むらから、残りの一人が走りでる。

 だが、それもいとも簡単に、ソフィアの剣に打ちのめされる。

 彼女は、男でも両手でやっと扱えるほどの大剣を、すばやい動きで切り返していた。

「やるな、剣士」

 最初に現れた男だった。

 頭上で両手の親指と人差し指を合わせて、三角をかたどってみせる。

「されど、これはどうだ!」

 その三角に、ほのかな朱い光が集まる。

朱雀急急如律令すざくきゅうきゅうにょりつりょう!」

 リエには理解できない言葉で叫び、男は三角を左右に分けるように腕を開く。

 同時に光は拡散する。

 光は、朱き刺になった。

 大小四~五本が、横ならびになり走りだす。

 リエとソフィアを貫こうと。


――ワサッ!


 それを遮ったのは、まるで大きな旗が風にたなびくような音だった。

 そして、眼前に広がる闇。

 横から飛び出してきたそれは、たなびきながらも朱い刺を弾くように打ち消していた。

「な、なんだ!? ぬ、布?」

 男は、口元だけに笑みを作っていた。

 勝ちを意識した瞬間だったのだろう。目だけを驚いたように見開いて、顔を硬直させている。

 彼が驚くのも、無理はなかった。

 どこからともなく現れた、闇を思わす黒い布は、役目が終わった瞬間に、地面の方へ吸い込まれるように消えていたのだ。

 男の視線が、リエの足下にさがる。

 消えた布の影の代わりに、そこには一匹の黒猫がいた。

 男の視線を受けて、黒猫が柔らかい声で一つ鳴いた。

「オレの羽根矢が……」

 男の動揺は、手に取るようにリエへ伝わった。

「あなたの魔法、弱い」

 彼女は、右頬をきゅっとつりあげた。

「見せてあげましょう、本当の魔法」

 ゆっくり、左掌を天に掲げる。

 小さな掌に、ランプよりも明るい光が一刻で灯る。

 瞬き二つで青白くなり、バリバリと音をたてる。

 男はそこで初めて気がついたのだろう。

 見誤っていたと。

 目の前にいる力は、子供じゃないと。

「くっ、くそっ!」

 後ずさり、慌てて逃げだそうとする。

δνρ(デルニューロ)

 彼女の紡ぐ音は、恬静てんせいさがあった。

 だが、そこから生まれる力は、正反対の激しさがある。

 一瞬だけ轟く雷鳴。

 光はリエの掌から伸びて、衝撃と共に男を貫いていた。

 声もなく倒れる男は、離れて見えないが、無惨な姿となっていたことだろう。

 ぷすぷすという音と、灰色の煙を所々であげている。

 リエは、風上で良かったと思う。

 風向きが悪ければ、その異臭を嗅がなくてはいけない。

 慣れているとはいえ、進んで嗅ぎたいわけではない。

「さて」

 顎をしゃくりあげるようにして、リエは座りこむ二人の敵を順番に下瞰かかんする。

「まだやる?」

 彼女の言葉は、見ている者に、年齢や性別を忘れさせるだけの威圧感があった。

 一人が、息を呑む高い声をあげた。

 それを皮切りに、二人は転がり這うように逃げだしはじめる。

「逃がして良いんですか?」

 言いながらも、ソフィアは大剣に付けられた紐を肩に回して背負った。彼女にも、追う気はない。

「別に、見知らぬおじいちゃんの仇が、討ちたいわけでもないしね。それに、あいつらが何者かはわからないけど、弱い者いじめは嫌いなの」

 リエは、足下にいた黒猫の頭を撫でた。

 いつの間にか横に白猫も来て一緒に撫でろと横にならぶ。

「何者かはわかりませんが、さっきの法術は、この国の仙術というものです」

「この国の魔法でしょ。知ってるわ」

「この国というより、仙人が使用する法術です。しかし、正道とは違うようです」

 ソフィアの言葉に、リエは興味がなさそうに肩をすくめた。

「どーでもいいわ。あいつへのみやげは、これで十分でしょ」

 リエは懐から、老人の遺品である革袋を取り出す。

「なにか、ヒミツがあるみたいだしね」

 リエとソフィアは、何事もなかったように元の道にもどって、目的の豊都を目指した。


   ◆


 予定よりも遅くなったが、豊都には夕方前に到着した。

 宿はすぐに決まり、今は二階の部屋に、リエ一人でいた。

 窓枠に肘を載せながら、彼女はそのまま残日に照らされる街を眺め続けた。

 窓の下の道は、旅籠通りと呼ばれる道だった。旅人を泊める宿がならぶ、それなりに広い道だった。

 遠くに目をやると、赤い屋根が見る見るうちに赤味をましていくのがわかる。

 所々に見える、屋根の端を飾っている金色の龍飾りもあかがねのように見えていた。

(龍かあ……)

 この国の守護をしているという龍の飾り物は、街のあちこちで見かける。商店の看板、服の柄、そしてこの宿の入り口にも、旅の守護者として、ちいさな龍の石塔が建てられていた。

「ホント、平和ね……」

 リエは、ここが本当に龍に守護されている国ではないかと感じていた。

 それは、行きどまりなく、見事に区画が整理された豊都を見ていて特に感じられる。

 戦争が頻繁にある国だと、大規模な区画整理された首都を造るのは、なかなか容易ではない。

 西にある大国【エンジェラ国】の首都でさえ、ここまで整備されていない。

 ここまでくる途中に寄った町でも、豊都のような豊かさはないにしろ、貧困さを強く感じさせるような事はなかった。

(平和……ねぇ)

 木のぬくもりのある旅宿で、リエは久々に悠々閑々な気分を味わっていた。

「リエ、私です」

 木戸のノック音と同時に、ソフィアの声が聞こえた。

「開いているわよ」

 木製のドアが開くと、かるくこごむようにして、外套を頭からかぶったソフィアが入ってくる。

「お疲れさま。どうだった?」

 リエは立ちあがり、黒いドレスの裾を叩いた。

 レースで飾られた裾が、波打つように踊る。

「おもしろいことがわかりました」

 言いながら、ソフィアがフードを取った。

 現れたのは、神秘的な緑色の長髪だった。

 腰まであるストレートヘアは、新緑を思わすような鮮烈さのある色をしている。

 初めて見た者は、目を見張ることだろう。

 まるで木々の精霊のような色は、普通の人間にはあり得ない。

 もちろん、人に尋ねられれば、「芸人で見せ物のために特殊な染料で染めている」と適当なことを答えている。

 それでだいたい相手は納得してくれる。まさか、本当に緑の髪をしているなどと、誰も思わないのだ。

「おもしろいことって?」

「あの医者は、王家専門の医師だったそうです」

「王家? セイレーン王家の専任医師?」

 ソフィアは、小さく「はい」とうなずいた。

 彼女は、体に似あわず童顔だった。丸めの輪郭、大きく丸い黒目、小さな薄紅色の口元が特徴的だった。

 彼女は、その表情を普段からあまり変えない。

 今も無表情に近いまま、剣をおろし、外套を脱ぎながら言葉を続ける。

「王城のすぐ近くに、住んでいたそうです」

「なんで、そんな人が、街の外で殺されているわけ?」

「わかりません。それから、あの医師には、家族が一人だけいたそうです。二〇過ぎの娘らしいのですが、その娘もしばらく前から行方不明だそうです」

「あらら。じゃあ、その娘さんもきっと生きてないわね」

 リエはかるく肩をすくめて見せた。

 まあ、平和などといってもこの程度だ。争いごとがなくなるわけではない。

 彼女は、意識せず嘲笑的に鼻を鳴らしてしまう。

「一応、王家の噂話を聞いてまいりました。まず王には、二人の王妃がいましたが、第二王妃は数年前に死亡しております。第一王妃は健在です」

「ふむ」

「二人の王妃には、一人ずつ息子がいます。ただ、第二王妃の息子の方が先に生まれていて、もう二〇才ぐらいになるそうです。それに対して、第一王妃の息子は一〇才ほど」

「それ、第一王妃は、おもしろくないでしょうね」

「そのようです。その為、第一王妃と第一王子の仲は、非常に悪いそうです。しかも、最近になり、変な噂が流れているそうです」

「変な噂?」

「はい。なんでも、第二王子を跡継ぎにするとか、しないとか」

「え? 第一王子ってダメな奴なの?」

「いえ。武術の腕もたち、人柄もよく、評判は悪くありません」

「んじゃ、この国では、問題なければ、第一王子が跡継ぎなんでしょ?」

「はい。そのとおりです。二人の王子の他に王の弟もいますが、王位継承権は第三位になります。普通にいけば、第一王子で決まりです。ですから、先ほどの噂は、出所も根拠もよくわかず、ただ本当に噂として広まっているそうです」

「ふ~ん。あくまで噂。でも、不穏な動きはありそうね……」

 近くのテーブルの上に置いてある薬袋を、リエは見つめた。

 あの死んだ医師の遺品である。

 ソフィアが出かける前に成分を調べたところ、どうやら体を麻痺させる薬だったようだ。

 てっきり、リエは劇毒の類かと思っていた。

 しかし、強力とはいえ麻痺させるだけであり、命に別状もなく、一日経てば麻痺も治るというものだった。

 リエは、ドレスの体を椅子の上に跳びのせた。

 木製の椅子が、キュッと鳴く。

「しっかし、なんだか、よくわからないわね……」

 フワッと広がったスカートを抑えてから、彼女は唇を右人差し指でかるく叩く。

 この国で、柱などに良く塗られているの色に似た唇が、柔らかく揺れる。

 ソフィアもテーブルを挟んで反対側に腰かけた。

 大人二人分の足の低いベッドと、木製のニスを塗っただけの安っぽいテーブルがあるだけの部屋。

 それでも、この部屋は広い方だろう。普通の部屋よりも宿代も高い。

 リエたちもあまりお金はなかったが、あの医師から拝借したお金のおかげで泊まれていた。

 一般的に見たら悪いことかもしれないが、死人がお金を持っていても仕方がない。

 だから、リエはお財布ごと頂戴してきた。

 だが、そのおかげで、よけいに気になってしまった。

 医師の財布に入っていた金額が、異常に多かったのだ。

 いくら王家専属の医師だとしても、その金額は多すぎる金額だ。二人が働かなくても、一年ほど楽に暮らせるぐらいの額である。

(もし、家族がいるなら、手数料だけもらって、残金は渡してあげようかと思ったんだけど……)

「リエ」

 今まで黙っていたソフィアが、静かに立ちあがった。

 そしてリエの真横に立って、窓を覗いた。

「なにか外が騒がしいようです」

 彼女は、群青色の長袍を着ていた。

 豊満な胸に、黒い腰ひもで縛ったくびれた腰。そして、その下には、スラッと伸びた長い脚がスリットの間に覗いていた。

 この姿なら、どう見ても性別をまちがえることはないだろう。長身であることをのぞけば、エンジェラでは、理想的なプロポーションなのだ。

 リエにとっても、うらやましいスタイルだ。見慣れているとはいえ、自分の顔が埋まりそうな胸が真横に来ると、ついつい目を奪われてしまう。

「リエ」

「あっ……な、なによ」

 ソフィアの声で我にかえり、リエも椅子から降りて窓の外を覗いた。

 どこに今まで隠れていたのか、白と黒の猫も出てきて、一緒になって窓を覗く。

 確かに外が騒がしい。多くの人が家から出て、なにやらいろいろと話し合っている。

「大変だぁ~!」

 一人の男が、がなり立てるようにして、道を走ってくる。

「大変だ! 大変だ!」

 息を切らせながら男は、道の真ん中で止まった。

 そして、自分に注目が集まっていることを確認するように周りを見ながら、また叫んだ。

「王が……光真王が登仙とうせんなされた!」

 火薬に火がついたかのように、周りが大騒ぎを始める。

「なに騒いでいるの?」

 しかし、「登仙」という言葉をリエは知らなかった。

 眉を顰めて、どこか仲間はずれにされた気分で膨れながらソフィアを見る。

「ねぇ。『とうせん』ってなによ?」

「王が死んだということです」

 ソフィアがあまりにも何気なく答えるものだから、リエは「ふーん」と流して、窓に目をもどした。

「ちょっと!」

 そして数秒後に、リエはやっと内容を理解する。

「それって、大変な事じゃない!」

「はい」

 まさしく、東の大国・青蓮を揺るがす大事件だった。

この章で主人公達は出てきませんが、次回も出てきません。

次回は、別の女性の話となります。

彼女たちがどのように話に関わっていくのかお楽しみいただければと思います。

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