第87話 騎士団との再会
「それで、どうするの?」
(ん?)
「どうやって入るのかってことだよ」
俺たちは今、西の街に向かっている。西の国境付近にある大きな街だ。
この国と西の国は敵対しており、そのせいで、恐らく警備は厳重だろう。見た目五歳程度の少年少女が子供だけで街を訪れれば怪しまれることは間違いない。
「シエルはこれがあるからいいけど……」
そう言いながら、シエルはその姿を薄くさせていく。大盾の時にも有った透明化の能力は人の姿でも使えるらしい。ただ、俺の目には魔力としての姿が見えているし、魔法で姿を消すことができるものはこの世界には少なくないだろう。何かしら対策を練っているはずだ。そのため、魔法で姿を消すのは得策ではない。そもそも、姿を消せるのはシエルだけであって、俺には無理だ。
「じゃあどうするの?」
(そうだな……)
「何にも考えてないんだー」
(いや、考えてはいる。考えてはいるんだが)
「そうだねー、でも得策は思いつかないんだねー」
(そういうことだ)
例えば、酒の街を出た時の様に、承認に紛れるという方法だ。出るときは成功したこの方法だが、もちろん問題がある。出るときと入る時では警備の厳しさが違うのだ。
街に入る人をチェックしているのは警備をするためだ。街で悪事を働くような者を入れるわけにはいかない。そのためのチェックであり、一方、出ていく人を見るのは、ついでにやっているようなものだろう。街から出ていくのだから街とは無関係となるのだから、街の外でその人が何をしようが、そこまで構っていられない。自ずと警備は緩くなる。
さて、俺が承認に紛れて街に入ろうとするとどうなるか。答えはいたって簡単で、失敗する、だ。街に入ろうとする商人の後ろに忍び寄り、ついて行ったとする。すると警備の兵に止められるだろう。街に入るのか尋ねられ、商人は入ると答える。
問題はここからだ。警備の兵は確実に人数確認をするだろう。その際、俺達と商人の関係がばれるはずだ。無関係であると。あとは、商人が無事に通され、俺達は立往生だ。やはりこの方法は使えない。
他にも警備の兵を気絶させたり、壁に穴を開けて侵入したりといった方法があるが、どちらも荒事になるため、街での活動がしにくくなる可能性が高い。まぁ、入れないよりはましか。最悪この方法を使うことにしよう。
結局、これ以上は何も思いつかないまま、街へとついてしまった。
右手には山々が連なり、後ろは森林が控えている。しかし、それ以外には何もなく、だだっ広い平原がどこまでも続いているように見えた。
そんな中にある一つの街はその周辺一帯を見張っているように見えた。何もない平原に君臨し、そこに悪があるのならば、正義の鉄槌を下さんとでも言う様にその存在感を主張している。
俺達は今からあそこに乗り込むのだ。
「緊張してる?」
(言わなくてもわかってるだろ)
「ふふふ、そうだった」
シエルのそんな発言にホッっと一息つく。俺たちは今、街とは離れたところにいる。警備の兵に見つからないようにするためだ。俺の故郷であり、俺の咎が始まった場所でもある森の陰から街を見ているのだ。
随分と離れているはずなのにすぐ近くに町があるように見える。それほどまでに大きい街なのだ。国境沿いの争いの絶えない場所だというのにそれほどまでに大きいというのも珍しいだろう。何があそこまで街を発展させたのか。もしかすると、争いが絶えない地域故に発展したのかもしれない。
「本当に大きいねー」
街の大きさはどれ程なのだろうか。少なくとも、同じ国境沿いにある街、要塞の街とは比べ物にならないサイズだ。王都よりは幾分か小さく見えるものの、それでも街としては異様に大きい。俺は頷いてシエルに同意した。
「言わなくてもわかってるよ?」
(そうだな)
シエルの心遣いに感謝し、俺は覚悟を決めた。あの大きな街には兵士が何人いるのだろうか。あれだけの街だ、見回りの兵士だけでも相当なものになるだろう。それにここは国境沿い。さらに兵士の数は膨らむはずだ。千、二千の騒ぎではない。万の世界だ。もしかすると十万に届いているかもしれない。
俺は今からそれを相手にするのだ。ただ一人のために。
俺は最後になるかもしれない別れを後ろに告げ、森を出た。
やはり門の前には見張りの兵が立っていた。人数は二人。恐らく門の奥、街の中に簡単な兵舎があり、もう何人か待機しているのだろう。
今見えている二人は共に長剣を携えており、鎧を着ている。鎧は軽装だが、装飾の施されたものであり、この兵士が権力者の所有する者たちであることが分かる。
兵士の一人はボサボサの茶髪に眠そうに眼を瞬かせていた。本当に見張りをしているのかは怪しいが、立っているだけでも効果はあるのでないよりはマシといった所だろう。
もう一人の兵士はそんな相方の頭が揺れるたびにため息をついては声をかけて起こしていた。
「おい! ダミアン! 寝るな! 勤務中だぞ!」
「ん……、あぁ。……あ」
ボサボサ頭の彼を俺は知っている。あの家に何度か来たことのある兵士だ。これは何とかなるかもしれない。ようやく俺に気付いたダミアンに向かって、俺は手を振った。
「おぉ、レリア、久しぶりだな! どうしたんだ、こんなところまで。ひょっとしてエマニュエル様に会いに来たのか?」
その言葉に、一緒に見張りをしていた兵士はピクリと眉を動かしたが、特に何も言ってはこなかった。俺はダミアンの言葉に同意するため頷いて返事をした。
「そうか。きっと喜んでくれるぞ。……そっちの子は? それに、ランスやマリーも見当たらないが、お前らだけできたのか?」
後ろについて来ていたシエルに目をやりながら、ダミアンはそう尋ねてきた。シエルは異様な風貌だ。ダミアンが怪訝な顔をするのも仕方のないことだろう。だが、そんな表情に俺はイラついた。
「……シエルと言います。えーと、友達です」
「友達、そうか、友達か。レリアにも友達ができたんだな。よかったじゃないか」
そういいながらダミアンは乱暴に俺の頭をくしゃくしゃとやった。お蔭で髪がほつれてしまったので、一度解き、結びなおす。
「それでレリア、ランス達は……」
そう言いかけてダミアンは言葉を止めた。俺の髪飾りに気が付いたのだろう。ほんの一瞬だけ動きを止め、再び口を開いた。
「何があった?」
俺は首を振って答えることを拒絶した。
「ゴシュ……、レリアはエマニュエル様に直接言いたいそうです」
「……そうか。わかった」
「おい! こいつ等をエマニュエル様に合わせるのか!? 街に入れることさえ憚られるのに、エマニュエル様に合わせるなど!」
「いいか? レリアは俺の知り合いで、エマニュエル様の知り合いだ。客人だ。会わせても問題ないだろ?」
「いや、しかし……。そうだな、百歩譲ってその小娘を会わせるのはいいかもしれないが、そこの小僧はダメだ。お前も会うのは初めてなのだろう? 危険すぎる!」
「何が危険なんだ? シエルはレリアの友達で、レリアはエマニュエル様の客人だ。それならシエルだってエマニュエル様の客人だ。そうだろ? それに――」
ギギギという音とともに門についている出入り用の小さな扉が開かれ、黒と茶色の中間くらいの髪の女性が顔を出した。細身のその女性もまた俺の知り合いである。
「こんな子供に何ができる? 子供に同行されるほどエマニュエル様が弱いと思っているのか?」
「はいはい、喧嘩はそこまで。何をそんなに怒鳴ってるのよ」
「おぉ、アニエス。聞いてくれよ。こい――」
「あれ、レリアじゃない! 久しぶりね」
ダミアンの言葉を遮るようにアニエスは俺に声をかけてくれた。腰を下ろし、目線を俺と同じくらいまで落として俺の頭をやさしく撫でた。先ほどとは違うやわらかい撫で方に懐かしさを覚える。
「どうしたの? それにその子は……」
「エマニュエル様に会いたいのです」
シエルを見て何かを察したのだろう。アニエスは黙って頷くと立ち上がり、俺達を後ろから促すようにして門へと入ろうとした。
「おい! そいつらを入れるつもりか!?」
「そうよ! 文句ある? それとも何? 吹っ飛ばされたいの?」
その言葉に反対していた男はたじろぎ、数歩後ずさった。そんな兵士を鼻で笑い、そのまま俺達を庇う様にして門の中へと入るアニエス。後ろで男が何かを叫んでいたが、近づいてくることはなかった。
アニエスはどれだけ強いのだろうか。そんな疑問を抱いたとき、シエルは鈴の音を鳴らしたような声で笑っていた。




