第86話 天邪鬼
その後結局俺が折れ、こいつはついて来る事になった。確かに、これからのことを考えるとこいつの力は必要だ。必要だが……。
「ふふーん♪」
得意げに鼻歌を歌っているこいつを見るとイライラする。その気持ちもわかっているだろうに、それでもこいつは鼻歌をやめないのだ。
「ハァ……」
「どーしたのー? 溜息なんか吐いちゃってー」
絶対にわざとやっている。黙っていたころの姿が懐かしい。俺は怒りを鎮めるため、何か話題を振ることにした。
(どうして俺の心が読めるんだ?)
「え? あぁ、忘れちゃったの? つ・な・が・り!」
そう言われてようやく気付いた。そうか。命令を送るためのつながりを通して、俺の思考が漏れていたらしい。ということは、だ。意識して繋がりを止めれば思考も流れないのではないだろうか。
「ダメダメ。そんなんじゃ止まらないよー」
チッチッチッと指を振る少年は傍から見れば可愛いのだろうが、今の俺には憎たらしくにしか映らない。
「やだなぁー、もう、怒らないでよー」
そう言って抱きついて来る少年を軽く受け流し、会話を続けることにした。
(そういえば、名前はなんていうんだ?)
「えーと、大盾? こいつ? 少年? かな?」
そうか、無いのか。何時までもそう呼ぶわけにはいかないので何か名前を考えることにした。まぁ、名前を考えていれば、この怒りもどうにか治まるだろう。
(名前考えてやるからちょっと黙ってろ)
「わーい、やったー! ふふふ、思考が漏れてるって忘れちゃったの?」
(静かにしてないと考えてやらないぞ?)
「むぅ……」
こうして静寂を手に入れた俺だったが、静かになったら静かになったで、ちょっとアレだ。早々に名前を思いつき、静寂は失われてしまった。
(それじゃあ、今からお前の名前はシエルだ)
「シエル、シエル、シエル……。うん! 覚えた! アリガトー」
(あぁ。……それで、シエル。結局お前は何者なんだ?)
シエルが自身のことを理解しているかは怪しいが、一応聞いておくことにした。ただの武具ではないことは確かだ。これからのことを考えると、少しでもこいつの情報を得ておきたい。
「うーん、そうだなぁ。確かにあんまりわかってないけど、盾ではあるよ? ずっとあの格好だったし……」
あの格好というのは以前の状態のことだろう。記憶にある最初の姿は大盾で、つい最近までその姿を維持していたということか。大盾に力が宿ったのか、大盾に何かが封印されていたのか……。もし後者なら少し心配だな。
「そういえば、たまに夢を見るよ? 怖い顔のお兄さんと戦ってる夢。シエルも剣を持って戦うんだけど、いつも負けちゃうんだぁ」
封印説が濃厚になってきたな。うむ、やはり危険か。封印が解けることによって俺では制御できない何かになる可能性がある。しばらくは様子見になるが、いざというときは……。
「もしそうなっても大丈夫だよ。シエルはゴシュジンサマを裏切らないし、一人にもしないよ」
その目があまりにも真剣だったため、俺はこれ以上何も言うことができなかった。
(……わかった)
「うん!」
(えーと、それでシエルは、どうしてその姿になれたんだ? それと、元に戻ることはできるのか?)
「この姿になれたのは頑張ったからだよ。とーっても、寂しかったんだ。だからもう、一人にはなりたくない。一人にしないって約束してくれるなら、盾の状態にも戻れるよ? 戻った方がいい?」
(そうだな、何か変わったところがないか見ておきたい。戻ってくれるか?)
「約束は?」
(あぁ、約束する。それに、大盾に戻ったあともう一度その姿に戻れは勝手について来れるだろう?)
「あ、それもそうだね」
シエルが頷き、一瞬の輝きあと、そこには見覚えのある大盾が転がっていた。初めて会ったころと変わらない姿がそこにはあった。僅かな装飾を除いて、他には何もない楕円形の大盾。どんな金属でできているのか、傷はつかないし、錆びもしない。しかし、真新しいという印象はなく、何処か使い古された感じだ。
俺はそれを手に取り、変わった場所がないか調べた。しかし、特にそれらしいところはない。少し驚いた点はと言えば大盾の状態だとシエルは言葉を一言も発しないということだった。口がなければ喋れないのだ。繋がりは俺からシエルへの一方通行だということだろう。
(もういいぞ)
満足のいくまで調べたあと、俺はシエルへ意思を伝えた。戻るときも同様に一瞬の光があり、大盾のあった場所に白髪交じりの少年が立っていた。変化は一瞬で、大盾としての機能も失っていない。便利な力を手に入れたものである。
「でしょでしょ? でも、あんまりあの姿では居たくないかなぁ。ゴシュジンサマとお喋りできないんだもん」
(ほどほどにしてくれよ? あんまり喋りなれていないんだから)
「えー? そう? ゴシュジンサマはお喋りだと思うけどなぁ。寝てるとき以外はいっつも何か言ってるし……」
それは思考が筒抜けだからであって、喋りたくて喋ってるわけではないんだが……。そう言おうとしたが、シエルの顔を見て止めた。こいつには隠し事できないようだ。まったく、いやな相棒を持ったものである。
(そういえば、さっき頑張ったって言ってたが、何か特別な事でもしたのか?)
「特別なことかぁ。うーん、よくわからないけど……。森に置き去りにされちゃった時にね、シエルはとっても寂しかった。だって、最近のシエルは役に立たなかったし……。痛いのが怖くて、あんまりうまく動かせなかったんだもん。だから捨てられちゃったって思ったんだ。それでね、ゴシュジンサマに会いたいって思い続けたら、この姿に成れたの。これって特別なことなのかな?」
(……そうだな)
誰かを思うこと、誰かに会いたいと思うこと。それは当たり前のことだろう。人は一人では生きていけない。誰かの側に居たいと思うものだ。だが、それを続けることは難しい。俺はもう、誰かの側に居たいと思うことを諦めてしまった。だから、シエルのそれは特別なことで、とてもすごいことなのだと思う。俺にはできなかったことなのだから。
「そっか。じゃあ、シエルはいつまでも特別であり続けるね」
そう宣言したシエルの顔は自慢げではあったが、不思議と憎しみや憤りを感じなかった。




