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第83話 変化した世界

お待たせしました。

 再び森を出た俺は、カラム先生の待つ酒の街へと辿り着いた。


 酒の街、ここは守護の街とも言われている。この国は西の国と仲が悪いらしく、その最後砦たる場所がこの酒の街というわけだ。酒の街となったのも、戦場へと送られる兵士に何か贈り物をということで酒造りが盛んになったのだとか。

 昔は西の国との国境が今よりも東側、つまり、この国寄りにあった。そのため、この街は最前線でもあり、後ろに王都を控えた最後の砦でもあったのだ。日々前線に送られる兵士、彼らのプレッシャーは凄まじいものであっただろう。彼らの負けは国の滅亡と同等の意味をなしていたのだから。

 そんな彼らの士気を高めるため、軍事とともに発展したのが酒である。この街の兵士が持って行ったこの街の酒は他の街から来た兵達の士気も高めたという。

 やがて、酒による効果なのか、もともと強かったのか、前線を西へ、西へと追いやり、今の位置に落ち着いたというわけだ。この街も最前線ではなくなり、軍事よりも商業の発展へと力を入れることになり、酒の街という名前が有名になっていった。

 もっとも、商業に力を注いだといっても、それまでに発展していた軍事力もあり、国境沿いへと兵士は送られ続けているらしいが……。


 さて、酒の街についてここまで詳しくなれたのも、ひょろ長ことロイクのお蔭というか、せいというか、道中話すことがなかったのか、街の事しか話さなかったのである。


 まぁ、そんなこんなで無事辿り着いたわけだが、カラム先生に早く会わなければ。ロイクの様子からカラム先生は無事、あの襲撃を生き延びたようなのだが、それ以上はわからないのだ。ただ、俺の名前を繰り返しているということだけはわかっている。あの時、あの場所で何が起こったのか、カラム先生はどうしてしまったのか、ロイクは何も語らない。知っているのか、知らないのか……。


 とにかく心配だ。俺はロイクの後に従い、街の中へと入った。


 街の中は、これといった特徴がなく、確かに守護の街にふさわしい外壁を持ってはいるが、中はどうということはない、乱雑に家屋が並べられているだけのようだ。街の中央に城が建ってはいるものの、そこまで大きい印象はない。外面だけ整えた、見かけ倒しの街のようだ。


 街の一角、屋敷と呼ぶには小さい、しかし周りの家と比べると大きな家の前でロイクは立ち止った。


「ここが僕たちの家です」


 そういって扉を開け、俺を招き入れる。ここにカラム先生がいるのだろう。ロイクの指示に従い、俺は家の中へと入った。

 二階に上がり、奥の部屋へと通される。その扉には『カラム』と書かれた小さな板が取り付けてあった。


「先生、入りますよ」


 扉をノックし、そう声をかけてからロイクは扉を開けた。中からは誰の返事もしなかったが、人がいる気配はあった。ただ、その気配は今にも消え入りそうで、なんだか不安定なものだった。

 こんな生活をし始めてから身についてしまった、人の気配を探る術、それが、こんな形で……。必要だったとはいえ、こんな力無ければよかったと、今はそう思った。


 部屋には小さな机、大きな本棚、たくさんの本、そしてベッドがあった。ベッドは盛り上がっており、小刻みに震えている。そして、微かだが俺の名を呼ぶ声が聞こえていた。


「レリア……レリア……レリア……」


 その声はどこかで聞いたことがあるようで、しかし、俺の知っているその声とは明らかに何かが違っていた。覇気がないのだ。俺の記憶にあったその声は凛としていて、しわがれているのに、はっきりとした、そんな声だったはずだ。だが、今はどうだろうか。今にも消え入りそうな、耳を澄まして、神経を集中させて、ようやく聞き取れる、そんな声だ。その内容をロイクから聞いていなければ、なんて言っているのかもわからなかっただろう。


「先生」

「レリア……レリア……レリア……」

「先生!」

「あぁ、レリア…………あぁ……」

「先生! お客様です!」

「あ、あぁ、ロイクか。今は誰にも会いたくないのじゃ……」


 一瞬だけ、虚ろだったその声に意識が戻ったように聞こえたが、それもすぐに戻ってしまった。


「レリア……あぁ、すまない、レリア……」

「先生! お客様です! レリアさんが見つかりました!」

「…………」

「先生?」


 消えてしまいそうな呟きが、完全に消え、沈黙がベッドを支配した。ロイクが呼びかけても返答はなく、その存在を示していた小刻みな震えも消えた。


「先生?」


 再びの呼びかけに、しかし、カラム先生の返答は得られなかった。しかし、聞こえてきたものがある。ゴクリという、息をのむ音。今まで聞こえてこなかったその音は確かにベッドから聞こえた。


「今、なんと?」


 今までとは違う、はっきりとした声で、カラム先生はそう尋ねた。俺の記憶にある先生の声に最も近いその声は、しっかりとした意志を持って返事をしたのだ。


「レリアさんが見つかりました」

「それは本当か!?」


 飛び起きるようにしてシーツを跳ね上げ、顔を出したカラム先生は、俺を見るなりこちらへと飛び込んできた。飛び込むというには勢いに欠けるが、それでも飛び込んできたのだ。よろよろと、しかし、今出せるすべての力を出し切るように、俺に抱き着き、ただただ、よかった、よかったとそう繰り返した。


 よかった、俺もそう思うよ。カラム先生が無事で本当に良かったと。




 ある程度落ち着いたところで、カラム先生をベッドに戻した。ずっと寝込んでいたらしい先生は立っているのもやっとな状態だ。横になってもらってから、落ち着いて話をしようということにしたのだ。


「ロイクよ、すまぬが席を外してはもらえぬか?」

「……わかりました」

「すまんの」


 そうして、ロイクが部屋から出ていき、部屋には俺と先生の二人だけとなった。


「ん、いや、いいんじゃ……ふぅ……」


 せっかく横になったのにもかかわらず、先生は体を起こした。俺の制止も聞かず、先生はゆっくりと体を起こし、そして俺を見つめた。

 その姿は俺の知っているカラム先生ではなかった。ピンと伸びていた背は丸く猫背で力がなく、真っ白だが艶のあった毛並みはボロボロだ。だが、その瞳だけは同じだった。力強い、何かを見透かすようなその瞳だけは俺の知っているカラム先生だった。


「レリアよ、お主に話さなければならないことがあるのじゃ」


 そうして、先生の懺悔が始まった。


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