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第77話 休息の街

「これくらいで十分かな」


 港町を出発し、王都へ向かう途中、俺達は野営の準備をしていた。まぁ、野営なんてものは何度もしているし、このメンバーでの野営も一度や二度ではない。この作業も慣れたものだった。


 旅路では俺はヴァーノンかクロディーヌと過ごしている事が多い。初めの頃はヴァーノンといるか、ヴァーノンが忙しい時は一人でいることが多かったのだが、ある日ヴァーノンが、クロディーヌに文字を教えてやって欲しいと頼んできたのだ。

 ヴァーノンの頼みを俺が断れるわけもなく、仕方なしに教える内、クロディーヌと過ごす様になってしまった。


 アルやオーバンにも文字を教えるよう頼まれたのだが、二人とも気乗りしないらしく、何も聞いてこないため、殆ど教えてはいない。声を出すことができない俺ができる事と言えば、聞かれた単語を書くくらいだ。そのため、彼らに何か教えることはできなかった。

 とはいえ、俺も彼らを恨んでいるといえば恨んでいるので、お互い不干渉という関係が嫌いではなかった。


「戻りましたー」

「二人とも、ご苦労様です」


 戻ってきた俺達をヴァーノンが労ってくれる。アルとオーバンは野営用のテントを張っている様だ。

 俺達二人は既に用意されている竈に拾ってきた薪をくべ、火を付けた。


 ぶかぶかの服は少し作業がし難いのだが、ドレスよりはマシだろう。


 今俺はあの店でヴァーノンが買ってくれた服を着ている。ドレスの他にも必要だろうとTシャツと短パン、それに外套を買ってくれたのだ。しかし、俺に合うサイズの物はなく、一番小さい物でもTシャツがワンピースに見えるくらいだった。幸い、短パンは紐で止めていれば問題なく着れるため、それを着ているのだ。


 あれから、俺とヴァーノンは店を出て、クロディーヌ達と合流した。三人ともヴァーノンについて行くことを決心したらしい。その旨を伝え、共に港の街を出たのだ。

 出発した当初、彼らは表情が硬く、動きもぎこちなかった。奴隷解放という仕事に対する緊張だったのだろうか。


 俺も一度奴隷を解放したことがあるが、そこまで苦労した記憶がない。そんなにも大変な事なのだろうかと疑問に思うが、彼らにとってはそうなのだろうと納得することにした。

 きっと、彼らは俺のような経験をしていないのだろう。絶対にやり遂げなければならない使命というものを抱えていないのだろう。それがいい事なのか、悪い事なのか、俺にはわからないが、俺はそれが羨ましいと思った。



 火が付き、安定したところで調理を始める。調理担当は俺とクロディーヌの女性陣だ。まぁ、調理と言っても野菜は既に使い切っているので、干し肉を軽く炙ったり、堅焼きのパンをスライスしたりするだけなのだが。

 その間、アルとオーバンは手に武器を持ち、打ち合いをしており、ヴァーノンはその光景をニコニコといつもの表情で眺めている。


 ここ最近の俺達の日常風景を見ながら、俺は考えに耽った。


 マリーとランスは生きているのだろうか、と。


 あの森であった出来事は今でも忘れない。マリーが病に臥し、どうする事も出来ないという自分の無力さを感じていた。その時、俺達は襲われたのだ。

 マリーとの別れ、家族みんなで過せる残り少ない時間を、俺達は引き裂かれたのだ。


 俺を逃がすため、ランスは沢山の敵の中に飛び込んでいき、マリーは残り少ない魔力を使った。

普通なら、死んでしまっているだろう。如何にランスと言えど、武器も持たずに複数の敵を相手にするのは無謀だし、マリーは病だ。助かっている可能性は極めて低い。

 だが、希望がないわけではない。なぜなら、俺は二人の死を直接見てはいないからだ。二人が死んだと決まったわけではない。だから、まだ、希望はある。

 しかし、それを否定してしまっている俺もいる。二人は生きているはずはないと、そんな可能性など、存在しないのだと、そう思ってしまうのだ。


 それに、二人が生きていたところで、俺は二人に合わせる顔がないのもまた事実だ。

 俺は沢山の人を殺してきた。俺達を襲った奴らでない人までも、俺は殺してしまっている。そんな俺がどんな顔をして二人に合えばいい? 二人が生きていない方が、幸せなんじゃないか? そんな考えが浮かびかがってくる。


 あぁ、俺ってやつはどれだけ最低な奴なのだろう。二人のため、二人が生きていれば、と言いながら、結局は自分のことしか考えていないのだから。


 弱い上に自己中心的。……本当に最低な野郎だ。




「皆さん、ちょっといいですか?」


 食事の時、ヴァーノンがそう言って話し始めた。


「明日には次の街に着くと思いますが、街には入らず、そのまま王都を目指そうと思います」

「次の街っていうと、休息の街ですか?」

「はい、そうですね」


 クロディーヌの質問に、ヴァーノンは頷いた。休息の街、聞いたことのない名前だ。

 今俺達は港町から王都へと続く街道を進んでいる。西にまっすぐ伸びた道は広く、よく使われていたのだろうということがわかった。

 しかし、これまでの旅路で、誰かと擦れ違ったという事は無い。それに、冬にもかかわらず、たくましく雑草が生えている。今はあまり利用されていないのだろうか。


 次に質問したのはオーバンだった。


「休息の街は、今は廃れてると聞きましたが、そういう事ですか?」

「……」


 はいとも、いいえとも言わず、いつもの表情でオーバンの顔を見つめたままのヴァーノン。オーバンはそれでも話を続けた。


「街人がここ数年で何人も消えているという噂を聞きました。俺達を心配してのことですか?」

「……」

「俺達の事は心配しないでください。ヴァーノンさんについて行くと決めたんです」

「そうですよ、ヴァーノンさん。私達の事は大丈夫です!」

「それに、ヴァーノンさんらしくありません。困っている人が居たら助ける。それが貴方ではないんですか?」


 自分の偶像を押し付けるような言葉に、それでもヴァーノンは微笑んだままオーバンを見つめていた。


「休息の街はもう大丈夫だ」


 今まで黙っていたアルが突然そう呟いた。突然だったためだろう、オーバンは聞き取れなかったようだが、クロディーヌはちゃんと聞き取れた様だ。それでも、その内容が理解できなかったのか、アルに訊ねた。


「お兄ちゃん、大丈夫って、どういうこと?」

「あぁ、休息の街の問題は解決したらしいぞ。俺はそう聞いた。だから大丈夫だ」

「そんなの、何処で聞いたんだよ!」

「街の酒場で、ちょっとな」

「ヴァーノンさん、知ってたんですか?」

「えぇ、まぁ、そういう事です。なので王都へ急ぎましょう」

「知っていたなら早く教えてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか!」


 少し不貞腐れたオーバンへすいませんと一言言って、その話を切り上げたヴァーノン。翌日俺は、何故ヴァーノンが休息の街に寄らなかったのか、その本当の理由を知ることになった。




 翌日の昼ごろ、俺達は休息の街の前を通り過ぎた。見覚えのある外壁。俺はこの周りを一周したことがあるからよく覚えている。後にも先にも、外壁を一周して、文字通り見て回った街はここだけだ。


 休息の街、またの名をベルニエ。この街は、マリーの故郷であり、マリーとランスが出会った場所であり、俺の大切な人が居る街だった。


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