第75話 買い物とお勉強
更新遅くなって申し訳ないです。
朝食を取り終わり、宿の主人にお礼を言ってから、俺達は宿を出た。向かう場所はヴァーノンに任せている。この街に来るのは初めてではないらしいし、まぁ、任せておけば大丈夫だろう。
荷馬車の御者に腰を掛け、石畳の凸凹に揺られながら、周りを見渡す。
大通りへと出ると、そこには屋台が並んでいた。布地や装飾品、干し肉、水、他にもよくわからない物が多々ある。
早朝にもかかわらず、大通りは人で賑わい、やはり港の街の人々は朝が早いのだろうかと思う。冬だと言うのに、朝起きるのは大変じゃないのだろうか。まぁ、俺自身もこの時間に起きているんだ。人のことは言えないか。
マフラーやコートを着込み、鼻の頭を赤くして行き交う人々。屋台を覗き、そこの主人と話す人もいれば、チラリと見ただけで、直ぐに別の屋台へと向かう人。いろんな人が居たが、活気があるからこその風景。たくさんの人が居るからこそ、いろんな人が居るのだろう。
「先ずは食料を調達しましょうか」
俺は頷いて返事をした。
食料。これは旅には必ずいるものだ。これが無ければ旅の途中で死ぬことになると、俺はそう、身を持って体験した。だから、食料は確実に用意しなければならない。
ヴァーノンは堅焼きのパンや干し肉を中心に、次々と商品を買っていった。買ったものは次々と荷馬車へと積まれていくが、そんなに入るのだろうか。商品が入らなくなってしまうのではないかと心配になるが、そこはヴァーノンだ。あまり利益の事を考えていないのか、それとも別の考えがあるのか、俺にはよくわからない。いつもの表情で店を覗いては何かを注文していた。
[野菜はあまり買わないのですね]
八百屋の様な屋台で買い物をした時、ヴァーノンはあまり物を買わなかった。堅焼きのパンや干し肉はこれでもかという程買っていたようだったのだが、野菜は買わないのだろうか。
「そうですね。葉物はあまり日持ちがしないので、これ位あれば十分だと思います」
[そうなんですね]」
そういうものか。たしかに、いくら冬とは言え野菜は鮮度が大切だろうしな。野菜にありつけるのはこれから二、三日だけだという事だろう。
「はい。さて、これで旅の準備は整いました。レリアさんは何か欲しいものはありますか?」
[あれ? 魚は買わないのですか?]
「魚ですか?」
[はい、港街なので買うものだと……]
思えば、何処の屋台にも魚が売っていなかった気がする。港町だから魚が有名だと言うのは先入観から来る、俺の勝手な思い込みだったのだろうか。
「そうですね、魚も野菜と同様、日持ちがしないので旅に持っていくのは不向きかと。それに、魚を仕入れるのであれば、もっと朝早くに港へ行かなければなりませんし……」
[干し魚みたいなものはないのですか?]
「あるにはあるのですが、少し匂いが独特と言うか……。正直私は好きではありません」
[そうですか]
「一応、魔石を使って冷凍すれば、生の状態である程度の輸送は可能ですが、レリアさんは魚が欲しいのですか?」
[いえ、そういう訳ではないです。ただ、少し気になっただけです]
「そうですか」
魔石だって安くないしな。俺は火の魔石しか買った事は無いが、それでも一個金貨一枚だ。俺の顔程もある堅焼きのパンが五個で銀貨一枚なことを考えると、それがどれだけ高価なものかがわかるだろう。
火の魔石は物を暖めるのに使ったが、冷やすための魔石もあるんだな。どんな色なのだろうか。火が赤なら、冷やす物は青な気もするが、という事は水の魔石か? しかし、水の属性で物を冷やすなんて魔法使ってた奴はいなかった気がする。うーん、どんな魔石なのだろうか。
[魔石の属性は何ですか?]
「魔石の属性、ですか? あぁ、魚の冷凍の話ですね。火属性の魔石を使いますよ」
[火は暖めるだけではないのですか?]
これは驚いた。火属性には暖める以外にも冷やす機能があったなんて……。
火といえば熱、エネルギーの塊だ。それをぶつければ、そのエネルギーが相手に移り、相手も高エネルギーとなる。
俺の中では、火とはこういうものだったのだが、どうやら違うようだ。
「それは火属性の力の一部に過ぎません。私も魔法学に詳しいわけではないので、ちゃんとした説明はできないのですが、火属性は炎と熱を操ることができるんですよ。なので、火属性の魔法で魚を冷凍できるというわけです」
なるほど、そういう事か。暖めるという行為は熱をプラス側に操った結果であって、逆に、マイナス側へと熱を操れば冷やすことも可能なのだと、そういう事なんだな。
「ただ、残念なのが、我々猿人族には火属性を操ることができる物がいないという事です。そのため、魔石に頼らざるを得ません」
それは聞いたことがある。昔、マリーが言っていた。猿人族は光、水、風属性の子供しか生まれないと。だから、猿人族には火属性を使える魔術師はいないのだ。
[他の属性は何が扱えるのですか?]
「そうですね。光属性は光と視覚を操れますね」
光の球は使っている人をよく見る。ランスだって暗い所を照らしたりする時に使っていた。
あとは視覚か。幻覚とかそういった類だろう。確かに姿を見えなくしたり、分身を作ったりしていた奴も見たことはある。
「水属性は水と音ですね」
水属性は音も操れるのか。だが、そういった魔法を使っている奴は見たことがない。恐らく制御が難しいのだろう。水を生み出すだけならたくさん見てきたのだが。
「風属性は風と重さですかね」
マリーの属性だ。風を操る他にも重さを操るか。そう言えば、俺の大盾がエリザベートの魔力を吸って重さを変えられるようになったな。何か関係しているのかもしれない。だが、俺は魔力を供給していないし、いったいどうなっているんだか。つくづく不思議な大盾だ。
「火属性は先程お話しましたね。あとは地属性と雷属性、それに闇属性ですね」
この世界の属性は全部で七種類。光、水、風、火、地、雷、闇だ。あの森でこれくらいの事は教わっている。なんでも、この順番で世界は作られたとか。所謂、神話というものだな。全く、誰が考えたのかは知らないが、大層な物語を作ったものである。教会を作るのに必要だったのだろう。信仰の対象としてな。
「地属性は土と大きさを操ります」
猪人族が使っていた橙色の魔力。それが地属性だろう。土の塊を飛ばしてきたし。しかし、大きさを操れるとは……。うまく使えば大儲けできそうな気がするのだが、何で追剥みたいなことをして暮らしているんだろうな。
「雷属性と闇属性についてはすみません。私もよくわからないのです」
[いえいえ、ありがとうございます。勉強になりました]
「そうですか、これくらいであればいつでもお教えしますよ?」
ニッコリと笑うヴァーノン、その顔は実際にはいない、理想の教師の様だった。こういう教師がれば、俺の人生も変わっていたのかもしれない。
「さて、レリアさん? 欲しい物は決まりましたか?」
話の区切りが付いたところで、ヴァーノンは再び質問をしてきた。決して忘れていたわけではない。好奇心が勝ってしまっていただけ。目の前に理想の教師がいるのだから仕方がないだろう?
しかし、欲しい物か……。持ち物は殆どあの地下基地に置いて来てしまっているし、欲しいものはたくさんある。食料、お金、鞄、いろいろだ。だが、今すぐにという訳ではない。
森までヴァーノンと一緒に行くのなら食料や鞄の心配はないだろう。食料は一緒にして買うだろうし、鞄だって、特に持ち物が無ければ邪魔になるだけだ。と言うか、食料は今揃えたばかりだ。
あとは、お金だが、これは欲しいと言うよりも稼がなければならないものであって、貰う様な物ではない。
[特にないですよ]
「そうですか。わかりました」
そう返事をして、ヴァーノンは大通りを突き進み、一軒の店の前に荷馬車を止めた。
「では、商品はここで仕入れるとしましょうか」
目の前には透明で大きな板が嵌めこまれた壁、その隣には黄で出来た扉がある。全体的に木製だと分かる構造の家で、木の色は少し濃い目だった。
ショーウィンドと思われるその壁の向こうには案山子と言うには豪華すぎる木の人形が立っており、赤いドレスに、首元にはファーが付いていた。他にも、白だったり、黄色だったり、様々な色の服が、ドレスを中心に並べられている。
また、その奥、店内の様子もその窓から見え、やはり様々な服が並んでいた。
どうやらヴァーノンは服を仕入れて王都で売るつもりらしかった。




