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第74話 即決

 ヴァーノンが適当に頼んだ料理は、やはり港の街と言うべきか、魚料理だった。久しぶりの魚料理に、思わず興奮してしまう。この世界に来てから、初めてじゃないだろうか。


 魚は足が早いとはよく言ったもので、輸送の途中で魚は腐ってしまうのだろう。だから、魚料理というものにはなかなかありつけない。こんな港町でもなければ、魚料理というものは高級品に変わってしまう。

 そのため、何処へ行っても肉、肉、肉だ。もちろん、肉が腐り難いという訳ではないのだが、肉ならば肉になる前の段階での輸送が可能なのだ。肉になる前ならば、腐ることは先ずないので、そこまで鮮度を気にする必要はないのである。


 明日からはまた内陸へと向かう事を考えると、魚料理にも暫くありつけなくなるという事だ。前の世界との文明と文化の違いをひしひしと感じながら、俺は眼の前の料理を貪った。


「喜んで頂けた様で何よりです」

「ふふふ。あ、そう言えば、ヴァーノンさん、王都へは何をしに行くんですか?」


 何故か一緒に食事をしているクロディーヌがヴァーノンに質問をした。先程アル達と一緒に食べたのではないだろうか。見た目の割に、実は大食いなのかもしれない。


「そうですね、そろそろ話してもいいかもしれないですね」


 そう言って、ヴァーノンは自分の目的を語った。


「私はある人物を探しています。先程、その人物が王都にいると言う情報を掴みまして……。王都へはその人を訪ねに、いえ、そうではないですね。その人を助けに行きます」

「助けに、ですか?」

「はい、助けに、です。実は、娘を助けてほしいと頼まれまして。なんでも、奴隷商に捕まったのだとか。そこから救い出して欲しいと、そう言うお願いです。黙っていてすみません」

「あ、いえ、それはいいんですけど、びっくりしちゃって……」


 放心状態のクロディーヌが呟くようにそう答えた。俺の話を聞いたときは堂々としていたのに。自分で言うのもなんだが、俺の話の方が強烈だと思うぞ? 見た目幼女が自分を殺しに追いかけてきたのだ。誰かを助けたい、奴隷と言う身分から少女を救いだしたいと言う商人の話はそこまで戸惑う様なことなのだろうか。


「それで、ようやく、その奴隷商に追いつけそうなのです。もし、この話を聞いて、一緒に旅をしたくないというのであれば構いません。正直言って、非常に危険だと思います。もちろん、私一人でできることはやりますが、貴女にその危険が及ばないとは限らないですから」

「あ、はい……」

「既に、アルさん達には話してあります。しかし、結論は貴女が一人で出してください。何時までもお兄さん達が守ってくれるわけではありませんから」

「わかりました……」

「レリアさん、貴女もですよ? 私について来たら危険です。それでもついて来てくれますか?」


 俺は大きく頷いた。今ヴァーノンと離れたら、きっと俺はまた逃げ出してしまう。折角向き合おうと決めたのに、弱い俺はまたすぐに逃げ出してしまうだろう。だから俺はヴァーノンとは離れない。あの森へまでは一緒に居なくては。

 

「わかりました。さて、そろそろ私は休みます。明日の出発までに答えを聞かせてください」

「わかりました……」


 クロディーヌの返事を聞き、ヴァーノンは階段を上っていった。暗い階段の影へと消えるその姿はなんだか寂しそうに見えた。



 部屋に戻った俺達はそのまま黙ってそれぞれのベッドに入った。クロディーヌは俺に何か話そうか迷っていたが、一人で決めることにしたようだ。




 翌朝、俺は誰よりも早く起きて下へと降りた。朝食を先に済ませるためだ。しかし、下に降りても誰もいない。椅子は机の上に逆さまに置かれ、辺りに光はなく薄暗い。

 仕方がないので俺は近くにあった椅子を一つ下して、誰かが来るのを待つことにした。



「おぉ、嬢ちゃん。早いな」


 無精髭を生やしたおっさんが入り口に立っていた。外から指す光でおっさんの表情はわからなかったが、声の感じからして、ただ単に驚いているだけのようだ。


「どうだ? 今朝も魚にするか?」


 彼はここの主人だ。昨日の事を覚えてるのだろう。特に断る理由もないし、次に魚を食べられるのが何時かもわからない。俺は頷くことでその返事とした。


「よし、わかった! これを運んじまったら直ぐに作るからな」


 そう言って扉を開けたまま外へ出ていく。そして、直ぐに箱を抱えて中へ入ってきた。その箱からは潮の香りと、ある特有の生臭い臭いが漂っている。今朝取れた魚だろうか?


「今朝はいいのが手に入ったんだ。あんなにおいしそうに食べて貰えるってんなら、俺だって、この魚だって嬉しいってもんだ」


 そう言いながらまた外へと出ていく。時間が掛かりそうなので俺もその作業に加わることにした。


「なんだ嬢ちゃん、手伝ってくれるのか? だが嬢ちゃんには重いと思うぜ?」


 俺はその言葉を無視し、箱へと手を掛ける。これくらいの距離ならたぶん壊れることもないだろう。


「大丈夫だって。無理するなよ、お?」


 軽々と箱を持ち上げる俺を見て、目を丸くしたおっさん。それに対して俺は何処へこの箱を運べばいいのかと、そういう意味を込めて頭を振った。


「ん? あ、あぁ、こっちだ。しかしすごいな、嬢ちゃんは……」


 そんな事は無い。ちょっとした時間制限もあるしな。たぶんみんなも気力の使い方を覚えればこれくらいできるようになると思うぞ? 俺と違って時間制限なしで。


 俺はおっさんの指示に従い、次々と箱を運んだ。箱の中にはやはり魚が入っており、細かく砕かれた氷に埋もれていた。

 死んだ魚のような眼と言う言葉があるが、結局、魚でなくても死んだらみんなこんな感じの目になる。初めての魚の死骸を見て、俺はそう思った。焦点の合わない、何処を見ているのかわからない。その目に光はなく、濡れた表面が水の反射で光るだけ。それ以外には何もない、そんな目だ


 箱をすべて運び終わったころ、ヴァーノンが降りてきた。


「おはようございます、レリアさん。お早いですね」

 おはようございます――

「いやいや、アンタも十分早いと思うぜ?」

「おや? 早すぎましたか? それならもう一眠り――」

「いや、いい。直ぐに出来上がる。どうせほかの客はまだ起きてこないんだからな。あんたはどうする? 嬢ちゃんと一緒でいいか?」

「はい、大丈夫ですよ。それでお願いします」

「おう、わかった。少しだけ待っててくれ」


 そう言いながら、おっさんは厨房へと入って行った。起きてから、結構時間が経っているし、軽く運動もした。なるべく早く頼むよ。


「レリアさん、食後に商品の仕入れに行きますが、ついて来られますか?」


 どうせすることもないし、俺はそれ提案に従うため、頷いて了承した。


「それはよかったです。アルさん達はまだ起きてこないでしょうし、それまでに済ませてしまいましょう。昨晩はお酒も飲んでいたようですし……」


 一瞬、未成年が酒を飲むなと思ったが、そう言えばこの世界の成人は十三歳からだったなと思いだし、なら大丈夫か、と納得した。俺ももうすぐ十三歳だ。


 そうしたらお酒が飲めるようになる。あぁ、皆でお酒を飲みたかったなぁ。マリーとランスとエマニュエル、三人で飲んでいた時の光景が思い出される。あの光景はもう、戻ってこないのだ。


「レリアさん?」


 俺の雰囲気が変わったのを察したのだろう。ヴァーノンな心配そうに俺を覗きこんだ。ははは、そんな表情もするんだな。大丈夫。その表情が見れただけで、俺は救われたよ。


 俺は眼の前の男の初めて見る表情に、にっこりと微笑み返した。


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