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第72話 向き合うこと

「レリアちゃんに話しておきたいことがあるんだ」


 俺の隣に座ったクロディーヌは、そう言って語り出した。襲ったことに対する謝罪か? 最期の懺悔か? 命乞いか? いいだろう、聞いてやるよ。それがお前の最期の言葉になるんだから。


「私ね、ランスさんに謝らないといけないんだぁ」


 まるで、親しい友人に相談するかのように、クロディーヌはそう言った。ため息交じりのその声の裏には緊張が隠されているようで、間延びした声とは裏腹に、その表情は硬かった。


 謝罪、懺悔、俺達を襲ったことに対するものだろうか。それなら、何故、ランスに、なのだろうか。何故そこにマリーが含まれていないのだろうか。

 俺達家族に謝るのならわかる。だが、ランスにだけ謝るというのは納得がいかない。もちろん、謝らないよりはマシだろう。

 だが、そうじゃない。そうじゃないのだ。何かが違う、その違和感の正体を探りたくなった。怒りよりも先に、何故か、好奇心が先に来てしまったのだ。知識欲にも似た感覚。知らないものを知りたいと、その行動原理は何なのか、それを知りたいとそう思った。


 いつもの俺ならば、きっと、謝るくらいなら初めからするなと、失ったものはもう戻らないのだと、ならばお前の命でそれを償えと、そうやって激情していただろう。

 しかし今は、怒りは息をひそめ、別の感情が俺を支配していた。不思議を感じ、知りたいと思う一方で、そう思ってしまう自分に不思議を感じ、それを知りたいと思う。そうやって、怒りが、負の感情が、奥へ奥へと行ってしまっているようだった。


「昔ね、私達の村が戦争に巻き込まれたことがあったの」


 戦争? それとランスとに何の関係が? しかし、その疑問は直ぐに解決した。英雄殺し、その呼称がフッと浮かんできたからだ。

 英雄とは、困難、危機、絶望、そういうものから皆を救ったもののことを言う。逆に言えば、英雄がいるところには、そう言ったものがあったという事だ。

 戦争とは、集団と集団とのぶつかり合いだ。その集団は十人とか、二十人とかそう言った単位ではなく、数千、数万といった単位で行われる戦いだ。そう言う規模で行われる戦闘ならば、その死者も自ずと規模が大きくなってくる。それは当事者にとって危機だろう。その集団に属するというだけで、その戦いに巻き込まれてしまう。それを危機と言わずしてなんというのだろうか。

 それを救ったのが英雄なのだろう。英雄が生きた時代にランスも生きていた。それが遥か過去の時代の話ではなく、割と最近の出来事だったと、つまりはそういう事だ。


「私も小さかったから、その時のことはあんまり覚えていないんだけど、一つだけはっきりと覚えていることがあってね。それはランスさんに助けられた時のこと。私はランスさんに命を救ってもらったの」


 助けられた? それなのに恩を仇で返すような真似をして……。しかし、そうなると謝罪ではなく感謝じゃないのだろうか。


「でもね、その時に、ランスさんの目を見て、悲鳴を上げちゃったんだ。助けて貰ったのにね……。だから、それをずっと謝りたいと思ってたんだ」


 思ってた。その言葉は、今はそう思っていないという事を示している。何故、今はそう思わないのだろうか。


「あの時、ちゃんと謝っておけばよかったなぁ。お礼も言ってないのに……」


 彼女は再び溜め息を吐いた。それが後悔のためのものだったのか、それとも、緊張をほぐすためのものだったのか、クロディーヌは俺をまっすぐに見つめ、そして目を閉じた。


「だからね、殺してもいいよ? レリアちゃんがそうしたいのなら、それで気が済むなら」


 ドクンと胸が跳ねる。コイツは今何と言った? 殺して良いと? 自ら死を志願するなんて、今までいなかった。どいつもこいつも自分の命ばかり、助けて、助けてと、そればかりだ。

 それなのに、この目の前の少女は殺して良いと、そう言ったのだ。


「私にはこれくらいしかできないから。これがランスさんに対する、せめてもの罪滅ぼし、かな」


 覚悟を決めたように、ゴクリと息を呑む。その音は少女のものだったのか、俺のものだったのか。俺はゆっくりと震える手を伸ばした。


「…………」


 俺は、その首に手を当てることができなかった。本当は気付いていたのかもしれない。彼女らが俺達の家を襲わせていないことに。

 

 王都で彼らの噂を聞いた時、既に心に引っかかっていた。宿屋を確保できないほどの子供が、傭兵を雇うことができるのだろうかと。そもそも、傭兵に相手にされるのだろうかと。

 それから、傭兵を殺していくうち、その疑念は広がっていった。明らかに大物の傭兵を雇っていたからだ。街一つを収めてしまうような傭兵が、あの事件に関与していた。あの時俺はきっと確信していたのではないだろうか。


 だが、それに気付いたところで、怒り、憎しみ、そういった不の感情を向ける場所が俺には必要だった。

だから俺は見て見ぬ振りをしたのだ。ただ、それだけを目的とするために、そこへ至るまでの過程を無視したのだ。


 俺はヴァーノンに言われた言葉を思い出す。森に帰りませんか。その言葉はきっと、俺に真実と向き合えと、そう言っているのだ。偽りの答えを、逃げるためだけの答えを捨てろと、そういう事なのだろう。


 そうだ、森へ帰ろう。そして、真実を確かめよう。あそこで何が起こったのか、誰があの事件を起こしたのか、ちゃんと調べよう。ただ怒りに任せて殺すだけの日々は終わったのだ。


「ありがとう、ごめんなさい」


 ポロポロと涙を流す目の前の少女。涙が頬を流れ、顎へと伝わり、落ちる。その水滴が乾いた地面を濡らし、染みを作った。徐々に広がっていく染み。上を向いても、目を擦っても、顔を両手で覆っても、その染みは止まらない。何故か、その染みは地面に二つできていた。


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