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第70話 騒がしい釣り

 結局、彼らが目を覚ましたのは太陽が高く昇ってからだった。太陽が照りつけているというのに気温は上がらない。外套と毛布に包まり、火を見つめながらウトウトしていると少女が最初に目を覚ました。


「う、うぅーん」

「クロディーヌさん、お目覚めですか」

「あ、ヴァーノンさん。……私は?」

「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ヴァーノンが水を渡し、少女はそれを飲む。一本の三つ編みを垂らした少女はまだ寝ぼけているのか目を擦っていたが、擦ったことにより、目の周りが少し赤くなってしまう。それによって幼さの残る少女の顔はさらに幼さが増した。


「その子は……?」


 目が覚めてきたのか、周りの状況を少しずつだが把握し始めたようで、少女は俺を見つめると、疑問の声を上げた。そして、その疑問にヴァーノンが答える前に少女は自分で答えを出してしまった。初めは目をパチパチとさせていただけだったが、次第にその目は見開かれ、手で口を抑え、震え出したのだ。


「どうして、この子がここに?」


 そうだよな、お前らが襲った家の餓鬼がこうして遥々訪ねてきたんだから、驚くよな?


「彼女には偶然会いました。お知り合い、ですね?」

「はい、彼女はランスさんの……」

「英雄殺しがどうしたんだ!」


 突然飛び起きたアル。掛けられていた毛布が飛び、危うく火の中に入りそうになる。ヴァーノンはそれを慌てて防いだ。


 俺はギロリとアルを睨んだ。憎しみ、怒り、そういった負の感情を思いっきり込めて、見つめるだけで呪えるのではないか、そう思えるほどにアルを睨んだ。そうやってランスを呼ぶのをやめろ!


「な、なんだよ。なんだ、この子は?」


 こんな少女に対してビビるだなんて。ランスに斬りかかって行った時の威勢はどうした? 俺なんかより、ランスの方がよっぽどか強いんだぞ?


 しかし、お前は俺を覚えていないんだな。ランス以外はどうでもいいと、他の奴らの生死なんて関係ないと、そういう事なんだな。マリーなんか生きていても死んでいてもどっちでもいいと。なら、どうして家を襲わせたんだ!


「抑えてください、レリアさん!」


 ヴァーノンに手首を掴まれ、かろうじて正気を繋ぎとめる。しかし、視野は狭くなり、まるで自分の視界ではないような、誰か別の人の視界を覗いている様な、そんな感覚に陥っている。あぁ、今にも怒りが俺の正気を飲み込んでしまいそうだ。


「ランスさんの娘さんの……」

「英雄――」

「レリアさん!」


 クソ! クソ! クソ! その名前でランスを呼ぶな! ランスは英雄殺しじゃない! 俺の父親だ!


「お兄ちゃん! その呼び方は止めて」

「あ、あぁ……。それで、どうしてアイツの娘が?」

「偶然会いました。これから一緒に旅をしようと思いまして」

「はぁ!?」


 今ここでそれを言うのか。思わずヴァーノンの方を見てしまったが、相変わらず何を考えているのかわからない。そこにあるのは不敵に笑みを浮かべた仮面の表情だけだった。




 それから、全員が起きるのにそれほど時間は掛からなかった。この全員というのは猪人族も含めてだ。それはそうだろう。だって、コイツらはほぼ同時に気絶したんだ。個人差はあれど、起きるのもほぼ同時になってもおかしくはない。


「オイ! ナワヲホドケ!」

「ソウダソウダ!」

「タダジャオカナイゾ!」


 今後の事を話し合おうにも、外野がうるさい。酷く聴き取り辛い声で話す猪人族は、しかし、声だけは大きく、雑音として耳を刺激する。ただでさえイライラしているのに、こいつらときたらそれを察することができないのだ。アルでさえ俺の怒りに何故かビクビクしているというのに。


「レリアさん、落ち着いてください。可愛い顔が台無しです」


 昔聞いたことがあるような言葉だった。そうやって、昔を思い出させるのはズルいと思う。俺は深呼吸をして心を落ち着かせた。雑音を切り離す様に、心を落ち着かせ、集中していく。周りの音は聞こえない。目を閉じれば、あの森が見えた。


 この季節、雪は積もっていないが、葉は落ち、木は乾燥してカラカラになっている。空気は澄、何処までも見渡せるような気持ちになる。息は白く、澄んだ空気の中ではより目立つ。しかし、その息は直ぐに霧散し、再び澄んだものへと変化していく。木々に覆われた視界から見える空、円形の空は白っぽい水色だ。


「さて、縄を解いてもいいのですが、また襲われてしまっては敵いません」

「ナワヲホドケ!」

「ニモツヲオイテイケ!」

「コロシテヤル!」

「ハラヘッタ!」


 自分たちの置かれた状況がわかっていないのか、それぞれが好きな事を叫んでいる。これで会話が成り立つとは思えないが、それでもヴァーノンは表情を変えず話を続けた。


「それでですね、あなた方に食料を差し上げます。なので、襲わないでください」

「ヴァーノンさん、正気か?」


 もう一人の少年、オーバンが声を上げた。全員が目を覚ました段階でヴァーノンが皆を紹介したので名前は知っている。一応、少女の方はクロディーヌ、アルはアルベールというらしい。これから殺すやつの名前なんて覚えても仕方がないのに……。


「オーバンさん、まぁ、見ていてください」

「でも!」

「そうですね……。それなら、剣を抜いてください」

「ハヤクホドケ!」

「はいはい、わかっていますよ。オーバンさん、襲い掛かってくるようなら切ってください」

「わかりました」


 オーバンの返答を聞き、ヴァーノンは一人の猪人族を解放した。解放された猪人族は手を開いたり閉じたりして、自分の身体に異常がないかを確かめている。


「オレモカイホウシロ!」

「オレモダ!」

「オレモオレモ!」


 一人が解放されたことにより、周りの奴らは、次は自分だと騒ぎ始める。


「先ずは一人です。こちらへついて来てください」

「ナンダ? メシカ?」

「では、これを持って」

「コレハナンダ?」


 ヴァーノンが渡したのは一本の枝、その先に紐のついたものだった。ヴァーノンは同じものをもう一本持ち、紐の先を川の中へと投げ入れる。


「いいですか、こうやって……」


 しばらくそのまま川に紐の先を浸けたままにしていたヴァーノンだったが、枝がわずかに軋んだところでその紐を引き上げた。


「オォーサカナダ」

「サカナダ」

「ドウシテダ?」


 魚を釣り上げるところを見ていた猪人族の面々は驚きの声や疑問の声を上げた。考え事をしているからなのか、先程よりも声が小さくなっており、騒がしくない。


「いいですか? 魚は川にいます。こうやってとることができるのです」

「ソウナノカ」

「さぁ、貴方もやってみてください」

「ワカッタ」


 頷いた猪人族は慎重に、慎重に枝を振り、紐を飛ばす。そして、暫くの間固まっていた。文字通り、全く動かず、息さえ止めているのではないかと思う程だった。


「キタ」


 そう囁くと、猪人族は思いっきり枝を上へ引っ張った。紐の先には小さな銀色の魚がついており、初めての釣りに、猪人族はひどく興奮している様だ。


「トレタ、トレタ」

「オォースゴイ」

「オレモヤル」

「ハヤクホドケ」


 その興奮は伝播し、猪人族全体が釣りをしたいと騒ぎ始めた。そんなに騒いだら魚が逃げてしまうだろうに。だが、そんな事は考えていないのだろう。皆、好き勝手に騒いでいる。




「では、我々はこれで」


 猪人族達を全員解放し、ヴァーノンはそう告げた。しかし、彼らは釣りに夢中で何も聞いていない。ワイワイ、ガヤガヤとおおよそ釣りをしているような雰囲気ではないのだが、楽しんではいた。


 俺達は彼らを置いて、東を目指した。大きな港のある街を目指して。


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