第69話 読めない心
「レリアさんはご両親の死を直接見てはいないのでしょう?」
隠さず、包まず、ぼやけさせず、ヴァーノンはストレートにそう続けた。
「もしかしたら生きているのかもしれませんよ?」
その言葉は死んでいるのかもしれないという言葉と表裏一体だ。ヴァーノンはこう言いたいのだろう。逃げるな、と。
俺はマリーやランスが死んだと思っている。でも、生きているかもしれないという希望も持っているのだ。あやふやであることで、希望を見いだせる。そうやって俺は逃げてきた。
「あの森に、帰りませんか?」
ヴァーノンはもう一度、俺にそう言った。仮面を剥がし、真剣な、鋭く、硬い表情で。
その有無を言わさない圧力を受け、俺の首は下へ、下へと降りていった。そして、気が付けば俺は既に頷いてしまっていた。
「先ずはこれをどうにかしましょうか」
そう言って手を広げたヴァーノンの周りには横たわった豚共。正確には荷馬車の周りに、ドーナツ状に転がっている猪人族たちだ。こいつらはドーナツ状に転がるのが趣味らしい。そんな冗談を心の中に浮かべ、べ、頭を切り替える。今は目の前の事をきちんとしよう。
「確かここに……ありましたっと」
ガサゴソと荷馬車を弄っていたヴァーノンは中からロープの束を取り出した。そして、そのロープを使い、猪人族を一人一人縛り上げていく。
「さあ、レリアさんも手伝ってください」
どうしてそんなことをするのだろうか。追ってこられるのが嫌ならば殺してしまえばいいのに。わざわざロープを無駄にしなくてもいいと思う。殺した後はポイすればそれで終わりだ。それとも食べるか? どちらにせよ、ロープで縛る必要はないだろう。
だが、まぁ、ヴァーノンが縛れというのならば縛ろうか。俺はヴァーノンからロープを受け取り、作業を手伝った。
「これで終わりですね」
最後の一人を縛り終え、再び荷馬車に座る。座る場所は俺の頭よりも上の位置にあったが、難なくその場所へと至ることができた。
「気になっていたのですが」
そう言いながら、俺の方、正確にはその奥の大盾を見つめ、ヴァーノンは訊ねてきた。
「その大盾はどうしたのですか?」
この大盾は、王都の貴族から奪ったものだ。何かを感じ、俺が持つべきだと、そう思った。だから連れてきた。しかし、その結果がこれだ。何でも喰らおうとする触手を生やした呪われた大盾。今でもヴァーノンを喰らおうとウズウズしているのだ。
[王都で貰いました]
「そうですか。お父さんと同じですね」
確かに、この盾を持とうとした切っ掛けはそれだったな。ランスと一緒だから、だから持っていこうとしたんだった。ヴァーノンはそれを見抜いているのだろうか。相変わらず仮面をしている顔からは何もわからなかったが、俺はその方が安心できる。この男はそういう奴なのだから。
「さて、今日はこの辺で野宿ですね」
ヴァーノンはそう言った。俺は頷いて了承する。ヴァーノンは敢えて触れていないのだろうがアル達が気絶したままだというのもある。だから今日はここで野宿をしようと言ったのだろう。
それから俺達は水を汲み、火を起こし、テントを張った。肉をあぶり、パンを切り、食事を取った。そうして寝床に入った。
ヴァーノンが一方的に喋り、俺がそれを聞くだけ。特に何を話しただとか、そういう事はない。どうでもいいことを時折、ポツポツと話しただけだ。
「レリアさん、明日からは港町に向かいます。少し野暮用がありまして。なので、森へはそれから向かいましょう」
寝る直前、ヴァーノンはそう告げた。さも、俺がついてくるように話すヴァーノン。ついて行かない理由もないので、確かについて行くのだが、俺はそれを了承しただろうか。森へ帰るとは言ったが、一緒に行くとは言っていない。なんだか、丸め込まれている様だった。
確かに、ここでアル達を見失うのは痛い。結局、ヴァーノンには見抜かれているのだろう。俺がまだ納得していないことを。
やはり、丸め込まれている。そんな気がした。それもこれも、この男があんな顔をしているからだ。
昔を思い出しながら、俺は眠った。
翌朝俺達は目を覚ました。この俺達、というのはもちろん、俺とヴァーノンだ。アルやその隣で寝ている少年、それに俺が首を絞めた少女、ついでに猪人族達は起きていない。
「いったいどうしたのでしょうね?」
心配だからというより、形式的に言ったという感じにヴァーノンが訊ねてきた。つまり、ヴァーノンはこの質問に対して返答を求めていない。だから俺は黙っていた。
心配していないのだろうか。突然、目の前の人間が倒れたというのに。外傷や他の異常は見られないだろうが、逆にそれが不安になったりすると思う。それでもこの男は何でもない事のように振舞っているのだ。
前向きに考えれば、俺を心配させまいと、敢えてそうしているのだと、そう考える事も出来るのだが、何か違う気がする。何処か淡白というか、なんというか……。
「急いでいるわけではないのですが、それでもいつまでも目を覚まさないままだと、困ります」
そうだな。ずっとここで足止めを食らっているのはつらいな。苦笑しながら困った顔をするヴァーノンは、珍しく本当に困っている様に見えた。しかしそれは、アル達を心配してというよりも、旅程を心配してという感じだった。
この男が一体何を考えているのか、俺には全く分からない。行動や言動は他人の心配をしているが、その表情は何か別の事を考えている。いや、もしかしたら何も考えていないのかもしれない。一定の表情を保ち、感情をあまり露わにしない。分厚い仮面に覆われた表情は何も語ってくれない。
それは、他人との距離を取ろうとするように見えた。俺の様に、俺よりも上手く、一定の距離を保っている。近付き過ぎないよう、近付かれ過ぎないよう、そうやって仮面を被っているように思えた。




