第68話 仮面
それから俺はヴァ―ノンに全てを書いて聞かせた。アル達がランスを襲った事、マリーが倒れた事、あの家が襲われた事、俺一人が助かった事。それから、復讐の旅をしている事を。
どうしてあの少女の首を絞めたのか、それを説明しなければならなかった。ちゃんとした理由、本当の事を知ってもらって、それで嫌われたいと思った。勘違いや憶測で嫌われるのは嫌だ。この人に、そうやって嫌われるのは嫌だ。そう思った。だから全部説明した。
男を二人殺した。を二人殺した。チンピラを三人殺した。元貴族を一人殺した。猪人族をたくさん殺した。貴族とその使用人を二人殺した。傭兵を一人殺した。老人を一人殺した。組織の人間をたくさん殺した。たくさん、たくさん俺は殺してきた。
今だって、後三人ここで殺そうとしている。更に殺さなければならない奴が後五人残っている。俺はまだまだ人を殺す。命を奪う。壊し続ける。そうやって生きて、死ぬ。
「だからアルさん達を殺すと?」
そう――
「アルさん達が犯人だと?」
そう――
「そうですか……」
長い沈黙が訪れた。長く、長く、何処までも続くトンネルのような気配。俺は終わりを信じて、ただ宙を見つめる事しかできなかった。
ヴァーノンの顔を見るのが怖かった。やはり、嫌われるのは怖かった。今日、ここで、初めて会った商人であったならば、どう思われようと構わなかっただろう。俺の復讐を邪魔していた時点で殺してしまっていたかもしれない。
だが、古くから知るこの商人に、俺達家族を知り、いろいろと手を尽くしてくれたこの商人に、嫌われるのは怖かった。
ポンと置かれる手。少しだけ感じる上からの重み。優しく俺の頭を撫でるその手を俺は触ったことがなかった気がする。ぎこちなさが伝わってくるその手は、こういう事に慣れていないだろうことがわかった。
「ここまで、大変でしたね。もう、大丈夫です」
言い聞かせるように、いや、実際に言い聞かせている。そうやってヴァーノンは俺に言った。大丈夫だと、そう言ったのだ。
俺はようやくヴァーノンの顔を見ることができた。とても久しぶりにこの男の顔を見た気がする。最後にこの男の顔を見てから、さほど時間が経っていないのに、そう感じるのは何故だろうか。
あぁ、そうか。笑っているからか。
微笑、そう呼ぶには少し邪なものが混ざってしまっている、そんな顔だ。笑いながら驚き、笑いながら悲しみ、笑いながら怒る。ヘラヘラと、仮面の様な顔で笑う男の顔を俺はよく知っていた。
「いただきます。レリアさん達はよく、その言葉を言っていましたね」
そうだな。命を頂く、その感謝の意味を込めて、そう言っていた。俺は声が出なくなってからでも、俺は食事前に手を合わせ、いただきます、とそう思うようにしている。ヴァーノンの言葉の俺は頷いた。
「それは、生きる、という事を表しているのでしょう」
生きる事は奪う事。俺もそう思っている。何度もそう考えてきたし、今だってその気持ちは変わらない。生きていれば自然と奪ってしまうのだ。
「レリアさんがしてきたことは、つまり、そういう事じゃないですか? 生きるために奪った。生きているから奪った。それは自然な事で、仕方のない事なのではないでしょうか」
歪んだ理論だと、そう思った。
食事の『奪う』は、それを自分のものにするという事で、俺の『奪う』それを捨ててしまっている。前者は引き継げるが、後者はそれで終わりだ。ただ破壊しているだけに過ぎない。感謝する余地もない。全く別の事柄だ。
だが、その理論を聞いて、俺は少し安心した。ヴァーノンは俺を嫌わないと、そう思えたから。だから、その理論を俺が訂正する事は無い。……俺は弱い人間だ。
「それで、アルさん達の事ですが……」
落ち着いたところで、ヴァーノンは話を切り出した。この話をしても、俺が暴走しないと判断したからだろう。
もちろん、その判断は正しい。ヴァーノンの前ではアイツらは殺さないし、アイツらが気絶しているときだって殺さない。
落ち着いて考えてみれば、今すぐに殺してしまうのはもったいないと気付いたのだ。旦那の時の様に、いや、それ以上に、苦しみながら死んでもらわなければ。だから今は殺さない。
「やはり、彼らが犯人だとは思えません」
ヴァーノンとアイツらとにどんな繋がりがあるのかはわからないが、知り合いを庇いたくなる気持ちはわからないでもない。だが、アイツらが来てから、何もかもが狂った。幸せだった日々が失われた。それは紛れもない事実で。だから、アイツらが犯人なのだ。
「彼らはお金がありません。その日の暮らしも危ういくらいに。だから、傭兵を雇うなんてとても……」
[傭兵を雇うためにお金が無くなったのだとしたら?]
「それはあり得ません。彼らの暮らしていた村へは行ったことがありますし、昔から彼らとは知合いでした。こういうのもアレなのですが、彼らの家庭は貧乏です。傭兵を雇うお金を捻出することはできないでしょう」
[何年もかけて、コツコツと溜めても?]
「そうですね。十年、あるいはそれ以上を掛ければ一人くらいは雇えるかもしれません。ただ、それも三人で貯めて、ようやく一人です。レリアさんは傭兵一人を雇うのに、どれくらいのお金が必要かわかりますか?」
[金貨一枚くらいですか?]
「いえ、その十倍です。金貨十枚でようやく一人。それも低ランクの、何処の馬の骨ともわからない、そんな傭兵をたった一人です」
[お金を借りたのだとしたら?]
「こんな農民に誰がお金を貸してくれるというのですか? 帰ってくる保障なんて何処にもないじゃないですか。精々借りられたとしても、今彼らが装備している装備品や旅の道具などを買える程度でしょう。大体、そうですね、金貨一枚と言ったところでしょうか」
[後払いの可能性は?]
「そうですね。無くはないです。ですが、それも可能性が低いでしょう。レリアさんの話によれば、あなたを捕まえれば、さらに上乗せといった料金システムだったのではないでしょうか。上乗せ、という事はやはり先に前金があったという事です。それが半分の金貨五枚であったとしても、十一人の傭兵を雇うには足りません」
[十一人、全員が傭兵だったとは限らないです]
「確かにそうですね。でも、少なくとも、レリアさんが倒したという六人は傭兵だったのですよね? それでもお金は足りないですよ?」
それからもヴァーノンの反論は続いた。お金を上乗せするのに、当てもなく旅をしているのはおかしいという点。何年もかけてお金を貯めるにしても、それなら何故自分の手でランスを殺そうとしたのか、傭兵を雇ったならば結果を待っていればよかったではないかという点。自らの手で殺すことに失敗したから傭兵を雇ったのだとしたら、傭兵が集まるのが速すぎるという点。
様々な矛盾を突きつけられてしまい、反論することができない。本当は違うのだろうか。犯人はアル達じゃないのだろうか。それなら誰が? 今までの俺の旅は? 思考がグルグルと回り、渦を巻く。
俺は何をしてきたのだろう。俺の目的はなんなのだろう。どうして生きているのだろう。
考えなくてもよいことまで考えてしまう。そんな俺を見兼ねたのか、ヴァーノンは提案してきた。
「一度、あの森に帰りませんか?」
仮面のような顔で、ヴァーノンはそう言った。




