第64話 苦渋の決断
それから皆で散々遊んだ。かくれんぼ、鬼ごっこ、にらめっこ、いろいろやった。テレビも、ゲームも、魔力だってない。それなのに彼らは何処だって遊べる。何だって玩具にできるのだ。
子供は遊びの天才と言うが、よく言ったものである。かくいう俺も、こうやって楽しんでいる時点で子供なのかもしれない。
「これ」
「ん? どうしたの?」
そろそろ就寝しようという時になって、ヴェラが一つの小さな箱を取り出した。
部屋には俺、ジルダ、ヴェラの三人しか居らず、リュリュとミロは男子勢の部屋に居る。今日くらいは一緒の部屋にと主張したリュリュだったが、女子の強力な反発により断念することになった。まぁ、そのうち魔法を使って入ってくるんじゃないかと思うが。
しかし、ヴェラまで反対したのには驚いたな。それはこれのためだったか。男子に隠れて何かの箱を開けたかったと、そういう訳だな。
「きょう、えりっくさまが」
「くれたの?」
「そう、よるになったらあけなさいって」
「そっか、何が入ってるのかな?」
「なんだろ? れりあはどうおもう?」
ん? そうだなぁ……――
片手に収まる小さな箱、その大きさから、俺は指輪を連想した。昔、俺に捧げられた物、しかし、受け取らなかった物。俺の大切な男、初恋の相手だったのかもしれない。その時の箱によく似た大きさだった。
「えーと、指が痒いの?」
指輪を示そうと、右手の中指を左手の人差し指と親指で挟んで見せたのだが、やはりというか……。なんで伝わらないんだろうなぁ。
「ゆびわ?」
それ!――
「指輪かぁ。ロマンチックね! 確かに、大きさもちょうど良さそうだし」
「どうして?」
「うん? エリック様がヴェラの可愛さに惚れちゃったのかもよ?」
「えっ」
ボン、という音が聞こえそうな勢いで、顔を真っ赤に染めてしまったヴェラ。そして、そのままフリーズしている。そうだよな、いきなり好きだと言われるとそうなるよな。俺だってそうだったし。
「可愛いー! もう、可愛いわね、ヴェラ! このこのー」
プニプニと頬を突かれるヴェラ。しかし、思考が停止しているのか、一切反応を見せない。それでもジルダは突き続けていた。
楽しそうだ。俺もやってみたい。そんな衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。指先だって掌の一部だ。
「ねぇ、レリアはそういう経験ないの?」
そういう経験、ね。あったよ、最近だったのか、昔だったのか。それほど前の事じゃない気もするが、遠い昔の事だった気もする。だが、彼が好きだったのは今の俺ではなく、昔の俺だったはずだ。
「あるの? 聞かせてよ!」
でも、それは秘密だ。彼の名誉のため、とでも言うのだろうか。いや、これは俺のためだな。俺の胸の内に大切にしまっておきたいのだ。綺麗な思い出として。
そんなことより、ジルダは?――
俺は矛先を変えるため、ジルダを指差した。俺の事はこれくらいでいい。二人の話をもっと聞かせてくれ。
「えっ、わ、私? な、ないわよ、そんなの」
ふふふ、ないの?――
俺は持ち上げた指をゆっくりと下し、床の上へと置いた。そして、じりじりと焦らす様に指を滑らせる。
「りゅりゅ?」
正気に戻ったヴェラが、俺の指の軌跡を見てそう呟いた。偉いぞ、ヴェラ。覚えていたんだな。
「ちちち違うわよ! べ、別にリュリュの事なんか好きじゃないし」
だとよ、リュリュ。俺は扉の方へと視線を向け、ウィンクした。これを聞いて落胆しているのか、喜んでいるのか、それはわからないが、まぁ、心を強く持ってほしいな。だって、顔を真っ赤にして否定するジルダって可愛いじゃないか。
「そ、そろそろ箱を開けましょ?」
お、そう来たか。あんまりからかうのもよくないしな。今後は二人でよく話し合って欲しい。
「じゃあ、あけるよ?」
俺達二人を見て、確認を取った後、掌に乗った小さな箱に手を掛けるヴェラ。
カチャッ
何かが動く、微かな音が聞こえ、嫌な色のオーラが箱の隙間から漏れ出してきた。
俺はこの色を見たことがある。黒とも緑とも言えるオーラ。しかし今度はそれに赤い光がチラチラと混ざっていた。
危ない――
「きゃっ」
俺は咄嗟に箱を掴み、ヴェラを突き飛ばした。
ドン
耳に響く音。ヴェラが壁に激突した音なのか、目の前の箱が破裂した音なのか、建物が崩れた音なのか。いつの間にか俺は部屋の隅に転がっていた。
みんなは無事だろうか。俺は直ぐに立ち上がり、皆の姿を探した。
屋根が崩れ、周りは瓦礫、瓦礫、瓦礫。扉だったものは無くなり、その代わりに炎の壁がそこには広がっていた。
そんなことより、皆の姿だ。
炎の壁の近く、そこにヴェラが転がっていた。見た所外傷はないようだが、ピクリとも動かない。
急いで駆け寄り、炎からヴェラを遠ざける。息はある、心臓も動いている。一先ずは大丈夫そうだ。脳出血とかしてなければいいが……。
「ヴェラ、レリア、無事?」
瓦礫の中から這って出てきたジルダも、目立った怪我はなさそうだ。よかった。箱の近くに居た二人は無事そうだ。それなら、少し離れた場所に居た二人も無事だろう。
「おーい! ジルダ、ヴェラ、レリア、無事か?」
「私達は無事よ! そっちは?」
「ミロも俺も大丈夫だ!」
リュリュの叫ぶ声、それに答えるジルダ。よかった、みんな無事そうだな。
「今そっちに行くから!」
そう叫んだリュリュの声は明らかに炎の向こう側から聞こえる。こちらは部屋、一方リュリュ達がいるのは廊下。助かりたいのなら、こちらに来るよりも二人だけで逃げるべきだ。
炎は先程よりも広く、大きくなっており、さらに中心部は黒く、赤くなっている。この炎は魔法によって作られたものだ。魔力が切れるまでは消えないだろう。
「クソッ!」
ミロの悪態をつく声が聞こえた。魔力で作った水で消火を試みているのだろう。だが、呪われた炎を子供一人の魔法で消せるとは思えない。
「はぁああ」
ジュッ
ジルダが作った水球は無情にも一瞬で消え去ってしまった。自分よりも大きな水球をぶつけた筈なのに、それが一瞬で蒸発したのだ。
「リュリュ、ミロ、聞いて!」
「どうした?」
「二人は先に行って!」
「三人を置いて行けるか!」
「私達は大丈夫だから!」
「嫌だ!」
「わかった。リュリュ、行くぞ」
「おい、ミロ! 正気か?」
「……行くぞ」
「俺は行かねえからな!」
「ミロ、リュリュをお願いね?」
「任せろ」
「お、おい、離せ! ミロ! おい――」
次第に遠くなっていくリュリュの叫び声。そうだ、それが正しい選択だ。他人より、自分の命の方が大事なのだから。
「さて、どうしよっか?」
困った顔で俺を見つめるジルダ。泣くまいと、心配させまいとするその顔は見ていて痛々しい。そんな顔するな、俺に任せろ。
俺は大きく頷き、大丈夫だと、そう伝えようとした。うまく伝わってくれただろうか。ジルダの表情からそれは読み取れなかったが、うまく伝わったのだろうと願った。
さて、俺もこんなところで死ぬつもりはない。ここを脱出したら、することも決まったしな。急いでここを出なければ。




