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第63話 揺れる心、折れる誓

「おや? もう帰ってきたのですか? 今夜は帰らないと聞いていたのですが」


 抑揚のないその声が今は優しく感じた。


「……部屋は自由に使ってください。場所はわかりますね?」


 俺はコクリと一度だけ頷くと、フィリッポの横を逃げるように通り過ぎた。


 俺は今、酷い顔をしているんだろうな。怒りや憎しみで塗り潰していた感情が表に出てきているのだ。

 俺の誓いは弱く、脆い。直ぐに崩れ去ってしまう。それは俺の心の表れで、俺が本当に求めているもののせいで……。

 だが、それはもう、手に入らないと分かっている。永遠にそれは手に入らないのだ。

 だから俺は孤独を選ぶ。俺の心が悲鳴を上げても、嫌だと叫んでも、俺は孤独を選ぶことになるのだ。


「失礼します。水を持ってきました」


 フィリッポが盆を持って部屋に入ってきた。そこにはカップが二つ。中にはフィリッポの言うとおり水が入っているのだろう。


「そういえば、お名前を訊いていませんでした」


 唐突に告げられた言葉に、俺もそう言えば、と思う。あの時は旦那の事でいろいろあったからな。そこまで気が回らなかった。


[レリアです]

「レリア、ですか。いいお名前ですね」

[ありがとう]

「いえいえ、この街にはどうして?」

[人探しに]

「……ご両親ですか?」

[違います。アルという少年です] 

「記憶にないですね、すいません」

[いえ、お気になさらずに]

「その少年とはどういった関係なのですか?」

[た……、何でもありません]

「そうですか」


 余計なことまで話すところだった。いや、正直言ったところでどうって事はないが、あまり深い所まで話すべきではないと思う。


「人を探しているのなら、我々が力になれるかもしれません」

[力になる?]

「はい、力になれます。我々はいろんな街に居るので、広い範囲を探せます。レリアさんはここで待っていればいいのです」


 その代わり、我々を助けてほしいと、そういう事だろう。非常に魅力的な提案だ。


 未だ俺はアル達の足取りを掴めてはいない。行く当てがないのだ。もしもレジスタンスの力を借りられるのならば、国中を探すことができるだろう。効率は格段に上がると言える。


 それに、と俺は思った。


 ここに居れば、皆とまた一緒に居られるだろうと。俺は弱い。切っ掛けがあれば直ぐにそちらに逃げようとする。誓いはどうした? 孤独を選択すると言う意思は?


 俺が答えを出そうと、フィリッポを見上げると、フィリッポは直ぐに答えを出さなくてもいいと言った。


「直ぐに答えを出さなくてもいいです。まだ、レジスタンスが動けると決まったわけではありませんから。レリアさんがここに残るかどうかを決めるのは、それがわかってからでも遅くないと思います」


 そう言って、フィリッポは立ち上がった。扉を開け、当たり前の言葉を残して、フィリッポは去っていった。


「では、おやすみなさい」

おやすみ――

 




「これはこれは、レリアさん、おはようございます」


 翌朝、部屋から出るとそこにはエリックが居た。待ち伏せしていたのか、たまたま通りかかっただけなのかはわからないが、とにかくそこにはエリックが居たのだ。


「そういえば、アルと言う少年の事ですが……」


 もう聞いたのか。耳が早いな。どうやらフィリッポはお喋りらしい。


「今、組織を持って捜索していますので、もう少しお待ちください。一週間以内には見つけますので」


 自信ありげにそう言うエリックの顔は笑っていた。一瞬だけ歪んで見えたそれは自信の表れなのだろう。


 そうか、数日で見つかるって言うなら、待ってみようか。数日だけ、そう数日だけだ。それで結果が出なければ出ていけばいい。


「それはそれは、よかったです。では、引き続き、この部屋をお使いください」


 俺が頷いたのを見た後、エリックはそう言って去って行った。




 そんなことがあり、一週間だけここに留まることになったわけだが、特にすることがなかった俺はフィリッポと話したり、ブラブラと歩きまわったりして時間を潰した。

 フィリッポも忙しいだろうに、毎回、俺の話に付き合ってくれた。相変わらず、抑揚のない話し方だったが、よく見れば表情に変化があった。

 言葉を聞いているだけでは何を考えているのかわからない奴だが、表情は案外わかりやすい。そんなことにも気付かないなんて、何時から俺は人の顔を見なくなったのだろうか。いや、顔を見ないのは初めからか。見るようになったのが割と最近だったかな。


 そんな日々も、明日で終わりだ。明日で約束の一週間、そうしたら俺はまた旅を始める。孤独な復讐の旅だ。


 トントン


 気のせいだろうか。扉を叩く音が微かに聞こえた。


 トントン


 今度はハッキリと聞こえた。確かにこの部屋の扉を叩く音だ。俺に用事か? 確か今は夜のはずだが……。こんな時間に?


「おい、レリア、起きてるか?」


 囁く懐かしい声に、胸がドキリとする。どうして? こんな時間に? いや、時間なんて関係ない。どうしてリュリュがここに? 


「入るわよ?」


 ギギギと言う音と共に、声の主の顔が見えた。暗くて表情は見えないが、確かにそれはジルダだ。もう、ここには来ないと思っていたのに。


「そのー、悪かったな。来れなくて」

「私もゴメン」

 ううん、何とも思ってないよ――

「なんか気まずくてな。でも駄目だって思った」

「うん、これじゃダメなんだよ。さぁ、行こう? みんな待ってる」

 みんな?――


 俺の手を引くジルダ。一週間前と同じようにしっかりと俺の手を握り、力強く、それでも優しく俺を導いてくれる小さな手。その小さな手が少しだけ大きく感じた。


「今日はね、おじいさんがいないの」

「あぁ、だから安心して教会に泊まろうぜ?」

「本当は説得したかったんだけどね、おじいさんも頑固だから……」

「まぁ、じいさんはいないんだし、いいんじゃないか?」

「今日は、ね。さ、この話はおしまい! ほら、みんな居るわよ」


 ジルダが示す先、教会の前にはミロとヴェラが待っていた。大きく手を振り、俺を迎えてくれる。


「ごめんな、何もできなくて。でも、絶対じいさんを説得するから」


 そうやって意気込むミロ。その後、わしゃわしゃと俺の頭を撫でた。頭はくしゃくしゃになったが、不思議と悪い気はしなかった。ただ、懐かしいと、そう思った。


「ごめんなさい」


 いつものか細い声ではなく、ハッキリとそう告げたヴェラは俺に抱きつくとわんわんと泣いてしまった。そうだよな、辛かったよな。俺もゴメン。


 

 ヴェラが落ち着くのを待ち、俺達は教会の中へと入った。皆、この前の続きだとそう意気込んで。


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