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第61話 観光

 露天風呂を満喫した俺達は、ジルダの提案で街を見て回ることになった。もちろん、その前に、リュリュはコッテリと絞られたわけだが……。あれだけの精度だ。俺の目が無くとも直ぐに見破られるのは道理だ。リュリュよ、これを糧に、さらなる精進を積むといい。


 街への道中は地下通路を使った。出る時に地下通路を使っておきながら、入る時は正規のルートという訳にもいかないだろう。幸い、リュリュ達は地下通路を熟知しているようで、街へ到着するのにそう時間は掛からなかった。


「何処に行こっか?」


 ジルダの質問に対し、俺は自らの服を摘まんで見せた。服のストックがあまり残っていないのだ。先ずは服屋に行きたい。


「うん? レリアは暑いのか?」

「え? そうなの?」


 違う、服だ、服! こんな真冬に暑いわけがないだろう! 俺は何度も服を引っ張り服屋に行きたいと、そう示した。


「そ、そんなに暑いのか」

「だったら、その辺の雪でも被ればいいんじゃないか?」

「確かに、ここまで結構歩いたもんねー」

「ちょっと、つかれた」


 あぁ、もうそれでいいよ。何? 雪を被ればいいのか? 俺は促されるままに雪に手を突っ込み、軽く持ち上げ、頭の上に乗っけた。うぅ、冷たい……。


「どう? 少しは冷えた?」


 皆は、俺を挟むようにして地べたに座っている。しばらく休憩という事だろう。ぼんやりと道行く人を見つめたり、寒空を眺めたり、積もった雪に絵を書いたり、各々が好きなことをして時間を潰した。


「何処か行きたい場所ある?」


 どうせまた、『暑いの?』とか聞かれるに決まっている。そう思い、俺は首を振って特に行きたい場所は無いと伝えた。


「そっか。じゃあ適当に回りましょ?」


 そう言って俺の手を引くジルダ。他の皆も俺を囲むようにしてついてくる。その顔には笑顔があり、俺にはそれが眩しかった。



 この街は要塞都市だ。分厚い城壁が何層もあり、居住スペースは広いとは言えない。そのため、観光スポットとなるような場所もなく、出入りする者と言えば、西から来る武器を売りつけに来た商人か、南東から来る食料を売りつけに来た商人くらいだ。あとは警備のための兵士だろう。

 街は特に活気があるわけではない。しかし、兵士が常に見回りをしているため、殺伐としているわけでもない。少し特殊な空気感だった。

 とはいえ、子供たちにそんなものは関係ない。彼らの手に掛かれば、何の変哲もない街並みは迷路と化し、店先に並ぶものは全て玩具になる。鍛冶屋が一度金槌を叩けば、その音に自らの英雄伝を膨らませ、干し肉があれば、誰が食べるかの勝負が始まる。

 そんな風に彼らと共に街を回るのは、正直楽しい。

何もないはずのところから、魅力的な何かを作り出す、それは俺がこの世界に来てよくやっていたことだ。

 しかし、俺はそれを振り払わなければならない。また、壊れてしまう前に、この手で壊してしまう前に、俺はその手を離さなければならないのだ。




「あれはね、この街のシンボル」


 街の中心へとやって来た俺達は、そこにある城塞を眺めていた。先程までの楽しい空気はそこには無く、重々しい空気が漂っていた。

 城塞の持つ独特の雰囲気にのまれたのだろうと思ったが、どうやら違うようだ。リュリュは敵意を剥き出しにした目で睨み、ジルダは歯が砕けるような勢いで食い縛っている。ミロは手を強く握り締め、その手は白くなってしまっている。そして、そんな三人の様子に怯え、オロオロとするばかりのヴェラ。

 ここで俺ははたと気づいた。この子らはレジスタンスなのだと。国に恨みを持ち、国の在り方に疑問を持ち、国を変えたいと思う者の集まりに属しているのだと。

 皆、想う所があるのだろう。不幸なのは俺だけじゃない。何かを恨むのは俺だけではない。生きていればそんな機会がやってくるのだ。


 俺のよく知っている感情に晒され、ありえない感情が俺を支配し始めた。


 何故だろう。俺はいつもそう思っているのに、他人がそう思っているのを見ると、どうしようもなく悲しくなる。しかもそれがこんな子供たちであれば尚更だ。

 だが、俺にそれを止める権利なんてない。俺だって同じようなことをしているのだ。産道は出来ても否定はできないのだ。

 それに、例えその権利があった所で、それを行使する事は無いだろう。なぜなら、それを止められるのがどんなに苦しい事か、俺は知っているのだから。



 ここに居てはいけない。俺のためにも、皆のためにも。


「ん? ……そうね、行きましょうか」


 袖を引っ張り、ここを離れようと来た道を指差す。その合図を受け、皆、それに同意してくれた。しかし、ジルダの一言の後に続く言葉はなく、重い空気のまま時間だけが過ぎていった。

 辺りは暗くなり始め、皆の心を表しているようだった。




 グゥゥウウ


 沈黙を破ったのは何処からともなく聞こえた虫の音。腹の中に住む空腹と言う名の虫の音だった。


「あはははは、ヴェラ、腹が減ったのか」

「まったく、食いしん坊だな」

「あんた達! デリカシーってもんがないのよ!」

「うぅぅ」

「大丈夫よヴェラ、今日はいっぱい歩いたもんね、私もおなか空いちゃった。そろそろ戻りましょう」

「そうだな、今夜はレリアもいるんだ。うるさくなるぞー」

「あはは、確かに」

「よし、教会まで競争だ!」

「負けないわよー」

「リュリュ、後で泣くなよ?」

「まけない」


 行き成りの展開に、俺の思考が付いて行かない。先程までの空気は何処へ行ったのか。まぁ、いいことなのだが……。それに、教会? それは何処にあるんだ? 腹が減ったら教会に行くと言うのも可笑しい話しだし。


「負けたら明日の掃除当番な! よーいドン!」


 え? え? え? 掃除当番とか聞いてないぞ! 何か知らないが、負けるのは嫌だ。そんな気がする。この勝負、本気を出させてもらう。



 完全に出遅れた俺は大通りを掛ける皆を尻目に路地裏へと駆けた。


 人目につかない場所へと入り込んだ俺は、人が周りにいないことを確認し、思いっきり地面を蹴った。

 

 トンッ


 込めた力とは裏腹に、静かな音しか聞こえない。しかし、俺に掛かる衝撃は込めた力にふさわしい物だった。

 いつも感じているものの何倍もあると思われる重力を全身で受ける。しかし、それも一瞬のことで、目の前が開けた次の瞬間には内臓が支えを失うような感覚が襲ってくる。視界が一瞬だけ止まり、上へと流れ始めた。


 落下と共に俺は近くの屋根に飛び乗り体勢を整えながらリュリュ達が駈けていった方向を見た。きっとそちらに教会らしき建物があるはずだ。

 俺は視野を広く保ちつつ、駈け出す。なるべく背の高い建物の上を選びながら、教会らしき建物を探すのだ。


 この世界は精霊を神として崇めている。そして、この国では光、水、風の精霊を信仰し、とりわけ光の精霊を崇拝しているのだ。

 光、それをシンボルとした何かがあるはずだ。それに教会とは皆の拠り所でもある。目立たないはずがない。


 あった。街の中心からは外れた場所、そこには八星を円で囲んだような図形を掲げた建物があった。八星は光、円は水と風を表しているのだろう。

 建物の周りにリュリュ達はいない。俺が一番乗りだな。掃除当番は俺じゃない!


2015.7.20 誤字修正

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