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第60話 お風呂大作戦

 で、ここは一体何処なんだ? 辺りを見渡せば、樹、樹、樹。どうして風呂場に向かうのに森の中に居るんだよ!


 あれか? 温泉か? 温泉があるのか? 


 しかし、そう言うわけでもなさそうだ。そんなもの、リュリュ達の顔を見れば直ぐにわかる。顔をニヤつかせ、思案し、ワクワクしている、そんな顔だ。それは正に、悪餓鬼そのもの。こいつらは今、風呂場に向かっていない。それだけは確かだ。




「着いたぜ」


 俺は自分の耳を疑った。なぜなら、この目の前の少年があり得ないことを言ったからだ。

 目の前には川が流れ、それに対してリュリュは着いたと言ったのだ。無謀だ、無謀すぎる。


 確かに、目下を流れるこの川は流れが速いという訳ではなく、深さだってそこまでなさそうだ。だが、季節を考えてほしい。

 今は冬。辺りには雪が積もっているし、吐く息だって白い。露天風呂であれば趣のある、素晴らしいサプライズだと俺も喜んだことだろう。

 しかし、どう見みても普通の川だ。今、この川で水浴びをしたら風邪を引くどころか、下手したら死んでしまうだろう?


「さぁ、入ろうぜ」

 ムリムリムリムリ――

「あんた達はあっち行ってなさいよ」

「そうだな。リュリュ、行くぞ?」

「あ、あぁ。そうだな」


 入らない、と勢いよく首を振ったのだが、何を勘違いしたのか、男が居たら入れないという解釈になってしまったようだ。


 男共が去り、着々と入る準備が進められている。


「きゃー、寒い、寒い!」


 それはそうだろう。ジルダは服を脱ぎ、雪の中にその肌を晒していた。身に着けているものと言えば片手に持った赤い石だ。寒い寒いと燥ぐジルダを見て、本当にやるのかと鬱になる。


 ヴェラの方はといえば木の後ろに隠れて俺とジルダを交互に見ている。もちろん服は着ており、ちょこんと飛び出た鼻が赤くなっているだけだ。その方が賢明だと、俺は思うぞ?


「いっちばん乗りー!」


 そう叫びながら川の中へと駆けていくジルダ。止めることはできないと判断した俺はこの後の展開を予想し、あらかじめタオルを広げておいた。


 ポチャン


 ジルダの投げた赤い石が小さく音をたて、川に沈んでいった。煌めく光が水の中へと吸い込まれていく。どんよりとした空の色を反射し、くすんだ灰色をしていた川はその石によって一瞬だけピンク色に染まった。しかし、石が沈んでしまえば、再びくすんだ灰色へと戻ってしまう。


 バシャーン


 ジルダが飛び込む音が森に響き渡った。そしてその直後、叫び声とも言えない訳のわからない何かが発せられる。


「あああが、うぅ、あ、おぉぉ」


 だんだんと小さくなるその声。ジルダはゆっくりと向き直り、どうにかして川から出ようとこちらへ向かってくる。しかし、その動きは酷く遅い。肩を上げ、腕を前にし、のそのそと歩くその姿はまるでゾンビの様だった。


「お、おい! 大丈――うわぁっ! 何だ!」


 ジルダの声を聞いて駆けつけてきたのだろう。走ってきたリュリュの顔面にタオルを巻き付け、寝かせる。ヴェラを手招きして呼び、タオルを抑えているよう、指示を出した。


「わかった」


 俺の指示を正しく理解したヴェラは、リュリュのタオルをしっかりと押さえつけ、リュリュを宥めていた。


「だめ、だよ? のぞいちゃ、め」


 ヴェラとリュリュの様子を確認した後、俺は着替えを持って川岸へと走った。


 両手を前に突き出し、しかし、逸る気持ちとは裏腹にゆっくりとしか進めないジルダ。ガチガチと歯を鳴らし、ヒュウヒュウとか細い音で息を吸っている。何とか大丈夫そうだな。


 無事川岸まで辿り着いたジルダを引っ張り上げ、手早く体を拭くと、服を着せた。冷えた身体から体温がこれ以上奪われないよう、俺のコートも貸してやった。


「あ、あ、あ、あり、ありが、と」


 真っ青に染めた唇を震わせながらお礼を言うジルダ。こうなる前に教えてやれれば良かったんだがな……。悪かったな。




 いくらか落ち着いたところで、皆で話し合うことになった。何故、あんな奇行を犯したのか、という事に関してだ。


「ちゃんと石は入れたのか?」


 紳士にも、離れた所で待機していたミロがジルダにそう訊ねた。石と言うのはあの赤く輝く石のことだろう。


「ちゃんと入れたわよ……」

「いれてた」


 俺も頷き、ちゃんと石を投げ入れていたことを肯定した。


「偽物だったのかな?」


 リュリュの発言を俺は否定した。あの石は確かに輝いていた。俺の目で輝いて見える、つまり魔力を纏っているという事だ。偽物なわけがない。


「そうよ、リュリュ。エリック様が偽物なんか渡すわけないじゃない」

「だよなぁ」

「私が使い方を間違えたのよ……」

「なら、どう使うのが正しいんだよ」

「そんなの……、知らないわよ」


 俺はあの石をよく知っている。風呂に入る時、使っていたからだ。火の魔力石、物を暖める機能がある魔力石だ。ジルダはこれを使って人工の露天風呂を作ろうとしたのだろう。しかし、結果は……。

 別に、石自体の使い方が間違っているという訳ではない。ただ、ちょっと工夫が足りなかったというだけだ。


 俺は徐に立ち上がり、川岸へと向かった。


 ジルダが何故失敗したのか。そんなのは簡単だ。川に石を投げ入れたからだ。


 川と言うのは通常、上流から下流へと水が流れているものである。つまり、常に水が入れ替わっているのだ。その入れ替わりの激しい水を局所的に温めたところで、直ぐに冷たい水になってしまう。あんな小さな石に川全体を暖めるほどの力はないのだから。


 川岸まで着た俺は近くに落ちている岩を持ち上げた。


「うへぇ」

「すごいすごい!」

「おぉ」

「ちから、もち?」


 後ろをついて来た各々の口から様々な言葉が飛び出す。それは感嘆ばかりだったが、疑問も聞こえた。自分よりも小さな女の子が自分よりも遥かに大きな岩を持ち上げるのだから、疑問に思うのも不思議ではない。

 まぁ、こんな岩程度なら、鍛えれば誰だって持ち上げられるようになるぞ? あの本にもそう書いてあったし。ヴェラだって、がんばれば、きっと、な。


 俺は持ち上げた岩を川へと投げ入れた。巨大な水柱が立ち、やがて消える。それを何度か繰り返し、大枠を完成させる。


「なるほど、そういう事か」


 ミロはいち早く俺の行動の意味を察し、大きめの石を集めてくれた。他の皆も頭の上にハテナマークを浮かべながらも、同じように石を集めてくれた。


 俺は岩の上へ登り、集められた石を岩と岩の間に敷き詰めていく。


 作業を終えた頃、川の水からは湯気が立ち込めていた。


「え? 何で何で?」


 湯気の昇る露天風呂を見つめ、ジルダが頻りに質問してくる。流石に水の温度を確かめる勇気はないようだが、それでも風呂ができたというのは理解している様だ。


 俺はミロに視線を送り、説明を任せた。俺が説明してもいいのだが、文字が読めないんじゃなぁ……。


「温かい水を留めたんだ」

「え? どういうこと?」

「そうだなぁ、つまり――」


 三名の生徒に懇切丁寧に原理を教えるミロ先生。その教え方は丁寧で、まだ若いのに教育のノウハウを知っているようだった。きっと、こういう状況に慣れているからだろう。


 授業で分からなかったところを友達に訊く生徒。それに対して、理解したばかりの内容を自分なりに説明する生徒。そう言った光景は前の世界でもよく見かけた。


 さて、折角風呂ができたんだ。さっさと入ってしまおう。


「ちょちょちょちょっと! レリア! 待って!」


 なんだよ。そっちはそっちで勝ってにやってくれ。俺は風呂に入って待ってるから。別に同時に入らなくてもいいだろ?


「ほ、ほら、リュリュ! ミロ! 速く行って!」

「あ、あぁ」

「そうだな」


 俺は気にしないのに。こんなつるぺた幼女だぞ? それに中身は男。気にする必要はないと思うのだが。




「あったかいね」

「ふぅー、生き返るぅ」


 男達を追いやった二人が風呂に入ってきた。何故か俺の両隣に陣取る。こんなに広いんだから、もう少し広々と使えばいいのに。



 じんわりと広がる温かさと皮膚を刺す様な冷たさを同時に味わう。冷えた顔面にお湯をぶつければ、寒さで引き締まった肌が緩み、再び引き締まる。



 露天風呂から見える風景にはチラチラと黄色い光が見えていた。


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