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第57話 玩具発見

「先ずは自己紹介をさせてください」


 男はそう切り出した。


[お腹が空きました]


 それに対し、俺は懐から取り出して言葉を突きつけた。先ずはこっちの要件を聞いてもらおう。


 ここに来るまで、俺は何も食べていないのだ。旅の途中で食料が尽き、ようやく町に着いたと思ったら中に入れず、そんなところへお前らだ。食事くらい強請っても罰は当たらないだろう?


「すいません、気が付きませんで」


 再び溜め息を吐いた男はそう言って、食事を準備させた。いけ好かない野郎である。


 持ち運ばれてきたのは乾いたパンと干し肉、旅で散々お世話になった物だった。もう少し豪華なものを期待していたのだが、まぁいい。無いよりはマシだ。俺は小さくなってしまった胃袋に物を満たしていった。


「こんなものしか用意できず、すいません。夕食はもう少しましなものを用意しますので」


 俺の表情を読み取ったのか、男は謝ってきたが、感情が感じられない棒読みだった。もう少し演技とかしろよと思う。これだと夕食は期待できないだろうな。


 俺は次々と目の前のものを口の中に放り込んでいった。怪しい奴らではあるが、要件を言わぬまま、俺に危害を加えるような事は無いだろう。

 先程こいつは俺に力を貸してほしいと言っていた。そんな相手に毒を盛ったところで百害あって一利なしだ。だから俺は安心して目の前のものを頬張ることができるという訳だ。


「改めまして、私はフィリッポと申します」


 相変わらず抑揚のない話し方だ。気味が悪くも感じられるその喋り方に、胸の奥がすうっと冷たくなるのを感じる。だが、今の俺はご満悦だ。満腹は人を寛大にさせる。今は大目に見てやろう。


 俺は視線を動かすことで続きを話すように指示をした。


「我々はレジスタンスです」


 うん? ま、まぁ、続きを聞いてやろう。それで?


「あなたの力を貸してほしいのです。考えて貰えますか?」


 お前たちは何をしていて、俺に何をして欲しいのか。全く話にならない。いきなり過ぎて話に付いて行けないのだ。俺は考えるふりをして相手の出方を窺うことにした。正直、どう動いていいのかわからないのだ。

 俺が子供だからと舐めているからなのか、それとも素でこんなことをやっているのか。どちらにせよ交渉どころではない。もう少し情報を……。


「少しの間、ここに留まってくれるだけでもいいのです。その間の食事と寝床は保障します」


 考える振りをする俺を見て、条件を緩くしてきた。何だろう、この交渉とも言えない交渉は……。


 しかし、食事と寝床の保障か。俺は隣で寝ている男に目をやる。頬の肉はこけ、元々あった皺はさらに濃く、深くなって見える旦那。骨と皮だけのように感じられるその体型に、先程の哀れな姿が思い出され、少しだけ笑みがこぼれた。


 どうせこいつが目を覚ますまでは街には入れないしなぁ……。

 

[ロープを用意してください。しばらくここに留まります]

「あ、ありがとうございます」

「それと、食事。期待してますよ?」

「もちろんです。ではこちらにどうぞ」


 そう言ってフィリッポは席を立った。扉を開け、振り返り、俺について来いと手招きをする。俺は旦那の襟首を掴んでその後について行った。




 連れてこられた場所は、広間の隅の方、その通路の奥にある部屋だった。しかし、場所に反して中は綺麗に片付けられており、木のベッドには真っ白なシーツが被せてある。明かりは魔法で確保してあるようで、黄色い魔力を発する石が天井からぶら下がっていた。


 さて、お腹も膨れたことだし、目の前にはフカフカのベッドもある。旦那の魔力を吸ったのだって先程の事だ。目を覚ますのに最低でも一日は掛かるだろう。


「これがロープになります」


 タイミングよく、フィリッポはロープを持って来た。これはもう、寝るしかないな。きっとそう言うことだろう。


 俺は万が一に備え、しっかりと旦那を縄で縛りあげ、ベッドへと飛び込んだ。




「おはようございます」


 目を覚ました俺は、とりあえず部屋から出てみたのだが、入り口にはフィリッポが立っていた。見張り何て下っ端にやらせればいいのに、それとも偶々ここを通りかかっただけか? 

 俺は首を傾げつつ、よく眠れたという意思を示した。地下にあると言うのに、あんなにフカフカなんてな。地下と言えば地下牢のイメージがあったのだが、少し偏見を持っていたみたいだ。

 

[夕食までどれくらいですか?]

「まだしばらくかかります」

[探索してもいいですか?]

「はい、大丈夫です」


 ベッドの感触を思い出しながら、俺はフィリッポに疑問を投げかけた。夕食までの時間つぶしに、この不思議地下空間を探索してみることにしたのだ。不思議と言っても、存在が不思議なだけで、見た目は特別何かを感じるという訳ではないが。


 俺はフィリッポの許しを得て、広間から適当な通路へと足を運んだ。しかし、その後ろをフィリッポがついてくる。


 こいつそんなに暇なのだろうか。リーダー格じゃないのか? まさか、アレか? 俺を言い訳に仕事をサボってるとか、そういうやつか? ちゃんと仕事しろよ、まったく……。組織が回らなくなっても知らないぞ?


 後ろをウロチョロしている奴の事は気にしまい、そう心に決め、俺は黙々と探索を続けた。


 しかし、遭遇するのは生活空間ばかり。面白みに欠ける。一番楽しかったのが食糧庫だったのだから、救えない。本当にただ時間を潰しているだけになってしまった。


 これで最後にしようかと思い、幾度目かの扉に手を掛け、ゆっくりと扉を押す。


 ギギギ


 錆びついているというよりも、何かが詰まっている様な扉の音と共に俺は中を覗きこんだ。何度もやっている動作だけに手慣れたものだ。こんなことの熟練度が上がった所で何の役に立つんだか。


 扉の向こうは、俺が見てきた部屋とは違い、薄暗い。初めての光景に少しだけワクワクした。

 暗闇に目が慣れてくると、部屋中に散らばる器具が目に入った。手錠や足枷、木馬に梨のような形をしたもの。棺桶の様な物は隙間から大量の針が見えた。


 これは面白い。


[後でこれ、使ってもいい?]

「は、はい。もちろんです。そろそろ夕食かと思います」


 ん? もうそんな時間か。夕食が終わったら後でもう一度ここへ来よう。楽しみが増えたな。ここに残って正解だったかもしれない。


 足早に歩くフィリッポの後を追いながら、俺は夕食後の探索に心を馳せたのだった。


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