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第56話 邪魔な男達

 ズルズルという音がザーという音に変わった。素早く地面を削る音が通路に響いている。歩いていては追いつけないと思ったのだ。

 

 俺は掴んでいる場所を襟首から腕へと変えた。時折、持つ場所を変えなければ人体への影響が出かねないからだ。

 長く物を掴んでいられないこの力は、人と触れ合うことを阻む。手を繋ぐ事さえ憚れるのだ。


 しかし、今の俺にはそんな相手はいない。誰とも触れ合わず、ただ孤独に歩む、それだけだ。


 幾度目かの曲がり角を曲がった時、微かに話し声が聞こえてきた。怒鳴るような、囁くような、どすを利かせた声に、怯えた声だ。


 近い――


 その気持ちが俺の足を速める。もちろんそれは引き摺る音も大きくするわけで……。


「それ以上近付くな!」


 片手に小さなナイフを持ち、少年を抱えた老人が立っていた。叫んだ声は掠れ、聴き取り辛い。それもそのはず。数日間何も話していなかったんだから。


 首筋にはナイフを当てられた少年は今にも泣きそうだった。口を真一門に結び、目に涙を溜めている。


 しかし、今まで寝たきりだった奴に何ができると言うのだろうか。何も食べず、動かず、ただただ寝ていただけなのだ。知ってるか? 筋肉はエネルギーとして消費されるんだぜ? 

 今だって立っているのがやっとのはずだ。それなのに子供を持ち上げるという負荷まである。手足がガクガク震えてるぞ? そんなお前に何ができるんだ?


 俺はズルズルと旦那に近づいた。そう言えばこいつ、もう使えないな。目を覚ましてしまったら、等価交換も難しい。

 俺は男から手を離し、旦那へとさらに近づいて行った。ドサリという音が後ろで響く。


「う、動くな! コイツがどうなってもいいのか!」


 酷く小物臭のするセリフに対し、俺は首を傾けて見せる。ソイツはどうなってもいいぞ? 俺には関係ない。俺はお前を苦しめられればそれで満足だ。その後、ちゃんと殺してやるよ。


 俺は歩みを止めず、ゆっくりと旦那に接近していく。ゆっくりと、ゆっくりと。恐怖心を煽る様、俺の存在をしっかりと実感させるのだ。


「ク、クソッ!」

 そう、自棄になるな――

「近づくなと言っているんだ!」


 ある程度近付いたところで、俺は立ち止まった。


「そう、それでいい。そのまま俯せになれ」


 勘違いをした旦那の言葉に俺は全く従わない。


 俺は触手に命令を下し、旦那の前にチラつかせた。気力を多めに流し込み、気配を大きくして。

 旦那は歴戦の戦士だ。見えはしなくとも、気配くらいは感じられるだろう。それに、何度も魔力を吸われているのだ。否が応でも体が反応してしまうはずだ。


「な、何だ。ち、近づくな!」

 俺は近づいていないぞ?――


 手足の震えが、肉体的限界によるものなのか、精神による影響なのか、どちらなのかわからなくなっている。

 

 既に少年は投げ捨てられ、旦那は見えない何かをどうにかしようと奮闘中だ。振り回す手に、触手が当たらないよう、避けながら、しかし、旦那の直ぐ側で触手を揺らめかせた。

 

 さぁ、恐怖しろ! こんなものじゃないぞ? まだまだこれからだ! 俺はこんなんじゃ満足しない!




 パチ、パチ、パチ


 突然聞こえてきた手を叩く音。それと共に声を掛けてくる男が居た。


「いやぁ、すばらしい。実にすばらしい」


 ドサッ


 俺の邪魔をするな。今、良い所なんだ――


 俺は触手を伸ばし、男を眠らせた。その光景を見た旦那からは微かに悲鳴が聞こえる。


 ふふふ、いいぞ。もっとだ。精神が壊れるギリギリのところで止めてやる。こんなので壊れてしまったら、この続きが無くなってしまうからな。


「待ってもらえませんか。我々は君と敵対する意思はないのですよ?」

 なんだ、まだ居たのか?――

「我々は君に力を貸してほしいのです」


 突然話し出した別の男。仲間を眠らせてやったというのにまだ喋るか。邪魔だ。手前の奴から順に奪っていくぞ? 


 ドサッ


 俺は再び一人の男から魔力を奪った。俺の行動の意味に早く気付いてほしいんだが?


「こ、こいつ!」


 さらに別の男が進み出る。自ら志願してくるとは……。いいだろう、その希望に答えてやる。


 ドサッ


「話だけでも聞いてもらえませんか?」

 嫌だ――

「お願いします」

 うるさい――


 俺は次々と男達の魔力を奪っていく。二度目に話し出したリーダー格と思わしき男まで、あと少し。そしたら静かになる。先程の続きができるのだ。

 

 ん?――


 楽しみな時間を想像し、その対象に目を向けると、寝転がっていた。やってしまったようだ。いつの間にか触手が触れてしまっていたらしい。


 興ざめだ。俺は触手を仕舞い込み、男達に対面した。このまま全員眠らせてもいいが、触手が調子に乗るからな。旦那が起きるまでお前らの相手をしてやろう。あぁ、面倒臭い。


 男は一つ溜め息を吐き、話を切り出した。安堵と言うより、呆れの籠った溜め息だ。なんだか嫌な奴だ。


「先程も申した通り、力を貸してほしいのです。とりあえず、どうぞこちらへ」


 そう言って、俺を奥へ導こうとする。他の男達は倒れた男達を回収するようだ。

 

 俺は旦那を拾って前を進む男に付いて行った。





 通路を進むと、広い空間と幾つもの別の通路に辿り着いた。そのうちの一つ、その先の扉の中へと俺は案内された。


 街の下にある巨大な空間。迷路のようなそれは意外と広いようで、どの様に作られたものなのか少しだけ不思議だった。

 要塞の下にこれほどの空間があって、要塞は大丈夫なのだろうか。崩れそうなものである。


 俺は、天井を確かめるように眺めた。土がむき出しのそれは、土と言うよりも岩石のようだ。ひび割れた様子もなく、一枚の岩の様にゴツゴツとした表面を何処までも伸ばしている。

 壁まで辿り着いた天井は、そこで途切れる事は無く、壁と繋がっている。その様子から、壁や天井が岩ではなく、土であることがわかった。

 壁や天井は木の柱で支えてあり、さらに頑丈になっているのだろう。上に要塞があるのだ。崩れたら一溜まりもない。強度を増し過ぎるという事は無いはずだ。


 俺は視線を下し、眼の前の男を見据えた。深い青色の髪に色白の肌。そう言えばさっきの集団は同じような髪の色の奴が多かったな。まぁ、きっと偶然だろう。この世界に青い髪なんて珍しくないのだし。


「先ずは自己紹介をさせてください」


 俺を案内してきた男が話を切り出した。


2015.7.9 加筆

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