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第55話 行方不明の荷物

 ない。ない、ない、ない、ない! 


 いくら辺りを見渡してみても、それはなかった。

 一人でに動き出したか? ありえない話ではない。中のものは生きているのだ。覚醒ももうじきだった。なら、一人でその場を離れようとしてもおかしくはないだろう。

 だが、それなら外の袋は? それに縄もだ。逃げるのなら、それも一緒に持っていくなんておかしいだろう。そんなもの、ただ荷物になるだけだ。

 食べられるわけでもない。何の役にも立たないものを担いで逃げたって、スピードが落ちるだけなのだ。辻褄が合わない気がする。


 俺はもう一度辺りを見渡した。俺が蹴り飛ばしたあの袋を見つけるために。


 アレは――


 薄らと積もった雪、そこに、一か所だけ窪みがあった。それは丁度俺が探している物にピッタリ合う様な、そんな大きさだ。

 しかし、その周りには足跡はおろか、引き摺った後すらない。蹴飛ばした時の勢いで削れたであろう跡があるだけだった。


 ふと、盾の触手が何かに反応しているのに気付いた。盾の中にしまっているよう命令しているのに外へ出ようとするのだ。そわそわと落ち着かない感覚が流れてくる。いったい、どうしたというのだろうか。


 俺は触手を一本だけ自由にした。様子を見るため、俺の束縛を解き、好きなようにさせるのだ。

 すると、触手は窪みの周りの空を何度も斬り始めた。狂ったように、しかし、何かを探す様にしなっている。

 

 俺は眼を凝らし、触手の動きを見た。決して同じ場所を通る事は無く、ただ、一定の空間を行ったり来たりしている。いったい何が……。


「――――!」


 触手から焦点が外れ、空間がぼんやりと見えた時、そこには煌めく何かがあった。俺だけにしか見えないそれは、俺が昔渇望したものだ。そう、それは魔力の残滓だった。


 霧散していく魔力、その残滓がそこにはあった。雪の輝きに隠れて見え難かったのだろう。だが、確かにそこには魔法を使った形跡が残っている。


 魔力がそこにあると分かった途端、その色までもがはっきりとわかってくる。その色は薄い緑で、風属性の魔力だ。

 つまり、何者かが魔法で袋を浮かせ、運んだのだろう。だから跡が付いていないのだ。これならば辻褄があう。

 袋の中身は光属性で、風属性ではないのだ。だから、男が自らを浮かせることは不可能だ。ここから、何者かが荷物を盗んだとわかる。

 どうせ、中身を確認せずに持っていったのだろう。だから袋ごとなくなったのだ。


 さて、荷物を取り戻さなければ……。だが、そう難しい事でもない。魔力の残滓を追いかけていけば、袋を持ち出した犯人がわかるはずだからだ。

 残滓が消える前に辿り着かなければならないが、人一人を運ぶのなんてそう簡単なことじゃない。走れば間に合うだろう。

 

 俺は触手へと神経を集中させ、感度を上げた。匂いを追いかける警察犬の様に、魔力の残滓を触手で追いかけるのだ。

 

 魔力を餌にしているだけあって、触手は魔力に敏感だ。その感覚を俺も感じることができる様になれば、残滓を追いかけることも難しくない。

 目だけでは困難かもしれないが、今はこいつもあるんだ。ここまで粘ったんだ。逃げられてたまるか!


 俺は魔力の残滓を追いかけ、堀の中へと飛び込んだ。




 橋の下にこんなところがあるなんて……。


 堀を下りた先、街の入り口の真下に位置するそこには人一人が屈んでようやく入れる程度の小さな穴があった。

 魔力の残滓はこの穴の手前で切れている。恐らく、ここで魔法を使うのをやめたのだろう。ぎりぎり袋が通れる穴だ。魔法で浮かせたところで意味はない。


 俺は注意深くその穴の中へ侵入した。


 入り口が狭いだけで、中は意外と広い。とは言え、大人が三人も並べば窮屈に感じるだろうが……。天井もものすごく高いという訳ではなく、大体二メートルと言ったところだ。上には街があるのだから当たり前か。

 穴の中、その通路は下へ向かう様に斜めに伸びており、その先は一般的に見ると暗くなっていた。だが、それも一般的に、だ。俺の目には明るく見える。それはもう、眩しいくらいに。

 そう、黄色の魔力が通路を塞いでいるのだ。この先に何かがある、しかしそれを隠したい。そういう連中が魔法を使って光を遮断しているのだろう。案外、洞窟の中は光で満たされているのかもしれない。


 細工がわかった所でどうしようもない事もある。魔法を使っているということはわかっても、その先に何が待ち受けているのかはわからないのだ。俺の目は魔力を見ることはできるが、魔力を無効化することはできないのだから。


 俺は触手を伸ばした。目では無理でも今の俺にはこれがある。我慢させていた分、勢いよく触手は光の壁へ突っ込んでいった。


「「…………」」


 手にサーベルを持った男が二人、目を点にさせ、ポカンとしていた。更にそのやや後方、仰向けに伸びている男がいる。合計三人の男が俺を待ち伏せしていたわけだ。

 しかし、相手に見えないからってちょいと油断しすぎじゃないか? 壁の真後ろにいるなんて……。


 伸びている男は無手だったことから、魔法はこの男が使っていたのだろう。ようやく我に返った男達は何かを叫ぼうと大きく息を吸った。


「て――」


 ドサリと響く二つの音。そんなこと、させる訳がないだろう? 満足げに蠢く触手を横目に、俺は少し考える事にした。


 この男達は待ち伏せをしていた。それは俺を待っていたのか、それとも別の何かなのか。恐らく前者だろう。俺の袋がここへ持ち込まれたのは確実だし、そうなれば持ち主を警戒するのも当然だ。

 また、男達は先程叫ぼうとした。その動機は俺の存在を仲間に知らせるためだ。つまり、この中にはこいつらの仲間がいるということになる。まぁ、意味もなくただ叫ぼうとしたという可能性もなくはないが、ここに袋がない以上、奥へと運んだ者が居るはずだ。

 それに、三人の内、緑の魔力を持った者はいなかった。なので、少なくともあと一人、この奥にいるのだろう。


 さて、こいつらをどうするか……。俺の荷物を盗んだとなると、甚だ許し難いが、かと言って、荷物を放置していた俺にも非がないわけではない。ふむ、人質にでも使えるか? それか、等価交換だな。

 

 俺は一人の男の襟首を掴み、引き摺って行くことにした。残りの二人は放置だ。こいつらの仲間がいる以上、それが組織化されたものならば、ここでこいつらを殺すのは不味い。

 なぜなら、仲間の仇を取ろうと、組織全体が動きかねないからだ。仲間を殺された時の気持ちは俺自身がよくわかっている。今後の活動に支障が出るのはなるべく避けておきたいのだ。

 もし、四人程度の集団だったなら、全員始末すればいいだけなんだけどな。それが明らかでない以上、むやみやたらと殺すべきではない。


 俺はズルズルと音を立てながら先へと進んだ。


 ここ数日、同じような音を立てていたが、やはり、引き摺る物が違うと音も微妙に異なるようだ。あまり役に立たない知識が身に付いてしまった。


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