第52話 孤独の選択
城から出た時、リザが入り口で待っていた。おかしいな。俺の方が先に出たはずなんだが……。
「随分遅かったわね」
そっちが速いんだよ――
リザの頬は紅潮しており、吐く息の頻度が高い。ここまで走ってきたのだろう。俺が迷っている間に追い抜かれたようだ。しかし、ギリギリ先回りできたというところか。先程の言葉は強がりなんだろうな。
「そうやって引き摺ってたら怪しまれるわ。こっちの方がまだマシでしょ?」
そう言ってリザはその手に持った大きな袋を俺に突き出してきた。確かに、大の大人を引き摺る少女よりは大きな袋を引き摺る少女の方がまだ怪しくない。どんぐりの背比べだろうがな。
俺は袋を受け取り、引き摺っていた荷物を仕舞い込んだ。
ありがとう――
「お礼はいらないわ。その代わり、私を連れて行って」
それはできないよ――
俺は力無く首を横に振った。俺の傍に居ていいのは、俺に殺される予定のあるやつだけだ。俺の傍に居ると、皆、不幸になるのだ。だから、直ぐに死ぬ奴以外は俺の傍に居てはいけない。
リザ、お前はさっき解放されたばかりなんだろう? やっと自由になれたんだろう? だったら、その自由を、生を、喜びを、しっかりと噛みしめるんだ。俺なんかの傍に居ないで、この街で、この世界で、人生を楽しむんだ。
俺は重たくなった袋を引っ張りながら門を潜った。来るときに合った門兵に軽く会釈をし、そのまま町の外を目指す。
「私はね、帰る場所がないの」
横に並んだリザがそう切り出した。見送ってくれるのだろうか。拒否したのに着いて来てくれる。そのことに幸せを感じたが、俺はそれを心の奥底に仕舞い込んだ。
その感情を表に出さないよう、俺の傍に居たくないと思うよう、俺はリザを無視するように、ただ黙々と街の外を目指した。
「六歳の頃にね、その男に目を付けられたの。私の記憶力を買ったらしいわ」
チラリと袋を見たリザ。そう言えば、私は見た物を忘れないとか言ってた気がするな。きっとそう言うことだろう。俺の物を破壊する能力より、よっぽどかいい能力じゃないか。だが、まぁ……。
「記憶力を買った。この意味が分かる? 評価されたっていう意味だけならよかったわ。でも、違うの。文字通り、私は買われたのよ」
便利な能力があるせいで、自由を奪われる。力があっても、そのせいで何かを失うのなら、その力は無い方が幸せなのかもしれない。
リザは俺とは逆だ。俺は何かを失って力を得た。だが、リザは力を得たから何かを失ったのだ。
俺とは真逆の存在。それはつまり、俺とは相容れないということを示すだろう。やはりリザは俺と一緒に居るべき存在ではないのだ。俺とは違う道を歩む人間なのだ。
「私は売られたの。そんな私に、帰る場所なんて何処にもないわ。だからお願い。私を連れてって」
俺は再び首を振った。
俺はリザを連れていくことはできない。少なくとも、リザの帰るべき場所は俺の隣ではないのだから。
しばらくの沈黙の中、とうとう街の門まで着いてしまった。リザ、ここでお別れだ。
「通行書を出せ」
不愛想な門兵に言われ、俺はリザを見た。リザは嬉しそうに飛び跳ね、意気揚々と門兵に言う。
「命令よ。私達を通しなさい」
「おいおいリザ。どういうつもりだ?」
「これは私の命令よ。この意味が分かる?」
ハッとしたような仕草を見せ、門兵は固まった。表情は見えないため、何を思ってるのかはわからない。
一瞬の間の後、門兵は敬礼と共に道を開けてくれた。
「どうぞお通り下さい!」
力のこもったその声は喜びに震えていたのだと思う。兜の隙間から覗く目はキラキラと夕日を反射していた。
俺はズルズルと音を立てながら門を出た。次に目指すは国境近くの城塞都市だ。その前にやらなければいけないこと、考えなければいけないことがあるが、道中で熟せばいいだろう。
振り返ると頬を緩めたリザが仁王立ちしている。
「さぁ、行きましょう?」
三度、俺は首を横に振った。それを見たリザの顔から一瞬にして笑顔が消える。俺は独りになると誓ったのだ。建前をいくら並べたところで、本質はこの一点だ。俺はもう、傷つきたくない。もう、あんな思いをするのは嫌なのだ。だから、大切なものは作らない。孤独に歩む。そう決めたのだ。
「どうして! 私のおかげで門を通れたのよ? 貴女には私が必要なのよ! だから、お願い。私を連れてってよ!」
叫ぶようにして懇願するリザ。それでも俺の心は揺るがない。揺るいではならない。俺の隣は孤独がいる。リザはその代りにはならない。だから俺は首を振った。
「お願いよ。行く当てがないの。お願い」
リザの叫び声で人が集まってきたようだ。ザワザワとした声が耳に聞こえる。リザの能力を買ってくれる人なんてごまんといるだろう。本当の意味で買ってくれる人が。もしかしたら、あの中にいるかもしれない。
リザの帰る場所を用意してくれる人はきっといる。それは俺以外の誰かで、リザの事を一番に考えてくれる誰かで。そんな人を見つけるのに、俺は障害でしかないだろう。だから、俺と一緒に行くのは駄目だ。
不意に、視界の隅で何かが蠢いた。それを正しく認識したとき、それはもう遅かった。
触手がレザの身体を貫き、光を奪っていく。そして、そのままその後ろの群衆へと突っ込もうとした。そこでようやく俺の手は盾から離れた。
失敗だ。判断が遅れた。クソッ!
リザは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。一瞬の出来事に沈黙する群衆。しかし、次第にざわめきが広がり、やがてそれは悲鳴へと変わっていく。
掌を見ると、手袋がボロボロになっており、穴が開いていた。俺の気力に耐えきれなかったのだろう。もう少し持ってくれると思ったのだが……。
俺は身長に盾を拾い、街に背を向けた。振り返ることなく、進む。遠くへ、遠くへ。この布切れが無くなってしまう前に、速く、速く。
この街の人々は俺に恐怖を抱くだろう。俺を憎むだろう。俺を殺そうと追って来る者が出てくるかもしれない。
だが、俺はそれを受け入れよう。それがこの力を持ってしまった俺の罪だ。力を制御できない俺への罰だ。俺の復讐が終わったら、その時、俺は皆の憎しみを受け入れよう。
耳に届く叫び声。少女の名を叫ぶ声は何処かで聞いたことがある気がした。
第5章終了です。




