第48話 通行書を手に入れるために
門兵の男が言うには、通行書は中央の城で発行しているらしい。そのため、俺は今、街の中央へと向かっていた。
街の中央に聳え立つ城。鉄の街を束ねる街長が住んでいるというあの城。黒光りするその城は、石造りではなく、金属で出来ているだろうことがわかった。
外に晒されているのにも拘らず、錆びていない城壁。きっと、俺の知らない金属で出来ているのだろう。
冷たく光るその壁は近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
そう言えば男爵があの城に付いて何か言っていた気がするが、まぁ、アイツの事だ。たいした用事でもないのだろう。
「お嬢ちゃん、お困りかい?」
前方を塞ぐようにして二人の男が俺に話しかけてきた。お困り? 確かに困っているな、お前らが原因で。
顔を上げると、そこには目をニヤつかせた顔が二つあった。ナンパか? 鏡を見て出直して来いと言いたくなる。
だが、そんな言葉を言えるわけもなく、俺は二人を避ける様にして進路を変えた。
「通行書、だろ? いい話があるんだが」
男の言葉に、俺は立ち止まってしまう。先程まで考えていたシナリオにならないためにも、通行書の入手は確実に行われなければならないことだったからだ。
普通の手段で手に入らなかった場合は、別の手段を用いる。そういった手札があってもいいのではないだろうか。
話を聞くだけ、聞いてみるか――
俺は奴らに振り返り、話の続きを促した。
「ここじゃ、何だ、場所を変えようぜ?」
そう言いながら、路地裏へと進む男。もう一人の男は、俺に先に進むよう、手で促した。
危ない話か?――
そう考えはしたが、既に危ない橋を渡っている様なものだ。話を聞く分には然して問題はないだろうと、俺は男の指示に従ったのだった。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
先頭を歩く男の一言で俺達は立ち止まる。随分と奥まで来たようだ。そんなに聞かれたら不味い話なのだろうか。まぁ、通行書を裏ルートで手に入れる方法なわけだしな。聞かれたら不味いか。
「さて、通行書の話だったな」
先頭を歩いていた男がそう切り出した。後ろを歩いていた男は来た道を塞ぐようにして立っている。恐らく警戒のつもりだろう。だが、警戒するなら、俺の方ではなく、来た方を見るべきじゃないか?
俺は話を促すため、頷いた
「簡単な話、通行書は金さえ積めば手に入るんだ。だが、その金を何処から持ってくるかが重要だな」
話が急すぎて付いて行けない。という訳ではないが、いきなり過ぎるだろう。まぁ、俺も急いでるし、有り難いと言えば有り難い。
「そこでだ、俺達が金を用意してやろう」
これは驚いた。見た目的にはあまり金を持っていないように見えたのだが、実はたくさん持っているらしい。
男は言葉と共に、袋を取り出し、ジャラジャラと音を立てた。袋の大きさからは、俺の持っている硬貨よりも明らかに少ない気がするのだが、きっと、もっと上の硬貨なのだろう。それほどまでに通行書に金が掛かるとは、この街の冒険者はよっぽどかお金持ちらしい。
「もちろん、タダという訳にはいかねぇ」
それはそうだろう。俺だってタダで貰ったら、何か裏がありそうで素直に受け取れない。いや、まぁ、こんな路地裏に来ているんだから裏がないわけがないのだが。
「なに、ちょっとお兄さんたちのいうことを聞いてくれるだけでいいんだ」
そう言いつつ自らのズボンに手を掛ける男。……この世界は随分と変態が多い気がするが、成人の年齢が低いと、みんなそうなるのか?
見た目五歳の幼女に要求する内容とは思えないことを求めてくる男達。汚い物を見せやがって。俺は露出した男達の下半身に大盾を押し付けた。
黄色と青の魔力が大盾に吸われていく。発散できて満足か? 溜まっていたんだろう?
俺は伸びた男達に手を伸ばし、その懐にあるはずのものに手を掛けた。
「……」
中身はほとんど入っていなかった。入っていたのは銅貨が数枚。俺の財布の中身の一割にも満たないほどのはした金だ。
俺相手にやり逃げか。度胸あるな。ははは、その度胸を買ってお前らの願いを叶えてやろう。
少し血が飛び散ってしまったが、頭から被ったわけではない。これくらいなら大丈夫だろう。
軽く返り血を拭い、俺は路地裏から出た。男としての最期の思い出を俺と過ごせたんだ、有り難く思えよ? まぁ、あのまま放置されれば人生最後になるのかもしれないがな。
路地から出ると、見知った顔があった。確かアレは昨日酒場であった冒険者のおじさんだ。四十代後半くらいだろう。皺の目立ち始めた顔は貫禄が滲んでいる。
冒険者としては既に衰退期だろうに、まだまだ現役でがんばっている彼には、昨日お世話になったのだ。挨拶した方がいいのだろうか。
そんなことを思っていると向こうがこちらに気付いたようで、手を振りながら、俺の方へ近寄ってきた。
「おぉう、嬢ちゃん。昨日ぶりだな」
そうですね――
ペコリと頭を下げ、挨拶をする。
彼の名はオノレ・バーティン。先程も言った通り、冒険者だ。鉱山に潜ってはモンスターを倒し、そいつ等から得られる素材を売って生計を立てているらしい。肩に担いだ大きなハンマーがオノレの力を示していた。
鉱山ということで、中に生息するモンスターも鉱物チックなものが多いらしく、刃物はあまり有効ではないそうだ。そのため、ハンマーを振り回すのだとか。
壁にぶつけて落盤事故とか気を付けてほしい、と昨日酔っぱらったオノレを見ながら思ったものである。
「えーと、確か、レリア、だったか? どうだ? 想い人は見つかったか?」
何やら勘違いしているオノレ。訂正するのも面倒なのでこのままにしておくが、想い人か。強ち間違いじゃないかもな。炎に焼かれ、焦がれる俺の心。その原因は確かにアル達なのだから。
「そうか、見つかるといいな。で、こんな所でどうしたんだ?」
首を振った俺の返答を理解し、残念そうに溜め息を吐きながら俺を励ますオノレ。俺は感謝の意を示しつつ、質問に答えた。
[ありがとうございます。これから、通行書を発行してもらおうと思ってまして]
「通行書か。大丈夫か? アレ、結構高いぞ?」
やはり高いのか。というか、それって結構有名な話だったりするのか? ハァ、ちゃんと情報収集しないとだめだな。
俺の目的を知ったオノレは歩きながら話すことにしたようだ。目的地へとゆっくりと歩きだし、俺を先へと促す。
「しかし、大変だな。そのー、アル? って少年を探すために旅をしてるんだろ? その盾はレリアの武器か? そんなものまで用意して。年頃の女の子がするもんじゃないぜ?」
まぁ、確かにな。その意見には同意だ。年頃の女の子が危ない盾を振り回しながら復讐の旅をするなんて、正気の沙汰じゃないよな。
「しかし、随分大きいようだが、自分に合った武器を使った方がいいぞ? 大きけりゃいいってもんでもないしな」
アンタに言われたくない。俺はオノレの肩に乗るハンマーを見ながらそう思った。
「ははは、確かにな。だが、自分に合った武器って言うのは大事だぞ? 見たところレリアはその大盾を難なく扱っている様だが、そんなに軽いのか?」
そう言って手を伸ばしてくるオノレ。オノレの手に手袋が嵌められているのを確認して、俺は盾を手渡した。
「うーむ、それほど軽いわけではないのか……。レリアは見た目によらず力持ちなんだな」
せっかく相棒を貸したというのに、たいした感想もなく、俺に盾を返してくる。少し不満を抱いたが、俺の方もオノレを試したので、どっこいだと勝手に納得した。
「おう、悪い悪い。女の子に対する回答じゃなかったな」
俺の不満げな顔からそう推測したのだろう。だが、力持ちと言われたことに対しては不満はない。むしろうれしいくらいだ。だって、俺の力が認められたってことなんだからな。
オノレは所謂ベテラン冒険者だ。そんな彼に認められたのだから、素直に喜んでいいだろう。
文字通り力を認められただけだったが、褒められたような気がして頬が緩んだ。頬を緩ませながら不満げな顔をするとは、我ながら器用な事をするものである
「それで、レリア。お金はありそうか?」
どうやら、最初の話に戻った様だ。お金、つまり通行書の発行に必要なお金のことだ。
[いくらくらいなんです?]
「ん? あぁ、そりゃそうだよな。うっかりしてたぜ。そんだなぁ、金貨十枚くらいか。俺が出してもいいが――」
[いえ、大丈夫です。ありがとうございます]
「そうか、それはよかった」
オノレの申し出はありがたいが、ここで彼を頼ってしまったら、俺はずっと誰かを頼り続けることになると思った。
頼ることと利用することは似ているようで、全然違う。うまく言葉にできないが、それらは明らかに違うのだ。
立場による違いだろうか。好意によるものだろうか。どちらにせよ、独りで生きなければいけない俺に、『頼る』という二文字は有ってはならないことは確かだ。
それに、金貨十枚なら払えない事は無い。俺の財布には後、四十枚ほどの金貨が入っているのだ。オノレを利用しなくても払えるのだがら、申し出を受ける必要は初めから無いのだ。
少し寂しそうな眼をしたオノレと別れ、俺は城の中へと入った。




