第46話 消耗品
馬車に戻り、着替えを済ます。何度も血だらけになっているのだ。流石に学習するというもの。荷物の中に着替えの服を用意しておいたのだ。
しかし、問題がないという訳ではない。
先ずは、服以外の部分だ。
ある程度の血は、まだ汚れていない部分や奴らの服で拭い取ったのだが、完全には拭いきれない。特に髪には多くの血が残っていた。
俺の髪は赤で、あまり目立たないとは言え、臭いの問題もある。井戸でも見つけて、早急に髪を洗わなければならないだろう。魔法の使えない俺では、これが限界なのだ。
次に服である。
着替えは用意した。だから、パッと見、血だらけの少女という存在はいない。
それに、先程まで着ていた血だらけの服の処理は気力でどうにかなる。俺の気力で崩壊させれば、後には何も残らないのだ。
しかし問題は、次の着替えを用意してないという点だ。着替えを一着しか持ってこなかったのだから、それを使い切ったらそうなる。
もっと着替えを用意すればよかったのだが、あまりマリーの服を無駄使いしたくなかったのだ。
服は消耗品とは言え、そこには思い出が詰まっている。どういう時に買ったのか。どういう時に着たのか。着た時にあった出来事。いろいろな思い出が物には詰まっている。
それが、マリーの思い出だとしたら、俺はそれを出来るだけ残しておきたい。
そのため、次の服を何処かで調達しなくてはならないのだ。
ここは鉄の街。やはり布の服は売っていないか、もしくはとんでもなく高いのではないだろうか。旅の資金で足りればいいが……。
とにかく、悩んでいても仕方がない。俺はアル達の行方と自分の服を探すため、街を探索することにした。
街を探索し始めて、やはりこの盾は酷く目に付くことがわかった。鉄の街とはいえ、少女が、自分の身の丈ほどもある盾を担いでいるのだ。目立たない方がおかしいというものだ。ただ、俺としては目立たない方がよかったりするのだが……。
好奇の目に晒されながら街を徘徊する事数刻、ようやく布の服を売っている店を見つけた。
まぁ、流石は鉄の街と言ったところか。武器屋や防具屋ばかりで、服屋がなかなか見つからない。その代わり、冒険者が集まると言う事で、宿屋はたくさんあった。
いくつかの宿屋を巡り、アル達の情報を訊いたが、これといったものはなく、収穫はゼロだった。
だが、やはりここでも冒険者の影響か、多くの宿屋では俺の筆談に対して普通に受け答えをしてくれたし、少女一人だからと言って泊めてくれないなどと言う事は無かった。
俺は、あまり目立ちたくなかったため、その中から、あまり人の泊まっていない、ボロボロの宿を選んだのだった。
宿屋でバケツを借り、近くの井戸で水を汲んだ俺は、それを持って、路地裏へと入った。物陰で髪を洗うためだ。念のため、往来で血を洗うようなことは避けた。ただでさえ視線が気になるのだ。あまり変な所は見せたくなかったのだ。
さて、ようやく服屋を見つけたわけだが、中を見渡す限り、そこにあるのは男物の大きなシャツやズボンばかりだ。女性物、子供用の服はないのだろうか? そう言えば、街を歩いていた時、見かけたのは男ばかりだった気がするが、まさかここには女がいないのか?
とりあえず、店員に訊いてみようと辺りを見渡す。口ひげを生やした優しそうなお爺さんを見つけ、その人物に訊ねることにした。
「おやおや、これは珍しいお客さんじゃな」
ペコリとお辞儀をし、あいさつを済ませた俺は、早速、本題に入った。
[私に合う服はありませんか?]
「そうじゃなぁ。この街は子供が少ないからのう、お前さんに合う服は……。おおぅ、そうじゃ、そうじゃ。直ぐに用意できそうじゃ」
思い出したように一人納得し、店の奥へと消えていったおじいさんは、暫くして、三着の服を持って来た。どれも俺のサイズにピッタリの大きさだ。ただ、難点と言えば、少し古いというか、伸びているというか、つまり、お古という感じがした。
「儂の孫のものなんじゃが、それでよければお前さんにあげよう。なに、お代はよいぞ? 古着を売ったとなると儂の店の信用にかかわるからのう」
おちゃめにウィンクするおじいさん。年齢を感じさせないその行動は、何故かとても似合っていた。
しかし、孫の服か。貰ってしまってもいいのだろうか。その孫のお気に入りとかだったら申し訳ないのだが……。
[お孫さんはもうこの服を着ないのでしょうか?]
「うむ、心配しなくとも良い。孫が小さかった頃の服じゃ。もう着られないじゃろう。安心してよいぞ?」
そういう事なら、有りがたく頂くとしよう。俺はお礼を書き記し、それらの服を鞄の中へ仕舞い込んだ。
それから、街中の宿屋を回ったが、特に収穫はなかった。おそらく収穫はないだろうが、酒場の方も回ってみようと思う。
とりあえず荷物を置くため、泊まる予定の宿屋へと戻ることにした。
盾さえ置いておけば、この視線からもきっと解放されるだろう。こういう視線は苦手なのだ。早く解放されたい。
最初の時に盾を置いてくればよかったと後悔しながら、俺は足早に宿へと向かった。




