第42話 捕捉
街が見えてきた。入り口には街中の人が居るのではないかという程の人だかりができており、見張りの兵士が街人の帰還を発見したのだろう、表情こそ確認できないものの、皆喜びにあふれていた。
再会を喜び合う声、ただいま、おかえり、という挨拶が飛び交う中、俺は物陰に隠れていた。折角の再開だ。三年ぶりになる人もいるのだろう。それを邪魔するのもなんだか悪い気がするため、姿を現せないでいるのだ。
「ここに居たのか。アリゼさん達が探していたぞ?」
セレスタンの声に顔を上げる。そこにはランスの様な微笑みを浮かべたセレスタンが居た。父親という、強く、厳しく、でも優しい、そんな存在だった。
「さあ、行って安心させてあげような?」
俺の手を取り、群衆へと向かおうとしたセレスタンを俺は拒絶した。
手を振りほどき、力なく首を振る。
確かに、アリゼを心配させるのはよくない。だが、俺が今出ていったら、この空気を壊してしまうことになる。それに、アリゼ達もあの目をするかもしれない。今では俺の力の証人がたくさんいるのだから。
「どうした?」
振り返り、俺の目を覗きこむセレスタン。しかし、反応を見せない俺に痺れを切らしたのか、彼は俺から離れていった。そう、結局誰も俺には近づかないのだ。皆、俺から離れていく。手の届かない、遠い場所へと。
「やっと見つけた。おかえりなさい、レリアちゃん」
セレスタンがアリゼを連れて戻ってきた。俺の姿を見ても恐怖を浮かべない。いつもの優しい表情のままで俺を迎えてくれた。
「ありがとう。レリアちゃんは強くて優しい子ね」
アリゼはそう言った。
確かに俺は強いのかもしれない。すべてを破壊し得る力を持っているのだから。だが、アリゼの言う強さとはそう言ったものの事じゃない。心の強さのことだ。
俺は弱い人間だ。初めてアリゼにあった時、俺は血だらけで、それにもかかわらず、アリゼは俺を屋敷に入れてくれた。負の感情を感じさせずに。
それなのに俺は、この人が今の俺を見て、恐怖を、嫌悪を、そう言った負の感情を浮かべると思ってしまったのだ。そんな人じゃないのに。
俺は弱い人間だ。そして、そんな人間が優しいはずがない。何事も自分本位で、他人の事なんかどうでもよくて、俺はそんな奴なんだよ……。
不意に、温もりが俺を包んだ。ぎゅっと抱きしめるその温もりが俺の心に浸透していく。頭を撫でる感触はとても懐かしい。俺が本当に求めていたのはこれなのだろうか。
再び水分を得た返り血で服が汚れることも気にせず、アリゼは俺を抱きしめ、撫でてくれた。おかえりなさい、ありがとう、大丈夫よ、そう繰り返し俺に言い聞かせるアリゼの声に俺は癒され、満たされていく。
やっぱり、家族って――――
「おーーーい! 大変だーー!」
突然の叫び声に辺りは静まり返る。静寂の中聞こえるのは、遠くから走ってくる兵士の足音、それと、その息遣いだけだった。
「どうしたのですか?」
兵士を落ち着かせたアリゼが事情を尋ねた。いつの間にか団長と自衛団の数人がアリゼの後ろに待機していた。
「ひ、東の方から、何やら、突っ込んできます!」
「何かはわからないのですか?」
「はい、恐らく地竜の類だと思われますが、詳細は不明です」
「わかりました。団長!」
「はっ!」
「戻って早々で悪いのだけれど、指揮を頼めるかしら?」
「もちろんです!」
「ありがとう。装備は屋敷に保管してあるわ。着いて来て」
「はっ! セレスタン、避難誘導を頼めるか? 今はお前が一番落ち着いていそうだ」
「あぁ、任せてくれ」
「恩にきる」
「それなら、リオネル!」
「はい、ここに」
「貴方も避難誘導を手伝ってちょうだい」
「畏まりました」
「では団長、行きましょう?」
「はっ!」
団長を含む自警団がアリゼについて屋敷へと向かった。道中、知らせに来た兵士に詳しい状況とこちらの戦力などを訊く。
地竜? 竜がこの街に突っ込んでくるのか? マリーの生まれ故郷であるここを破壊しに来るのか? そんなこと、させるわけにはいかない。そんなこと、絶対に許さない。
竜がどうした? ただのでっかいトカゲだろう? そんな奴俺の力で破壊してやる!
共に屋敷へと向かい、俺は自分の部屋へと飛び込む。不思議な大盾を手に、東の門へと向かった。団長たちの装備が整うのを待っている余裕はない。猛スピードで突っ込んでくる竜が門を突き破ってからでは遅いのだ。街に侵入されたら被害は必ず出る。その前に止めなければ……。
東の門へ辿り着くと、数人の兵士が集まっていた。数は両手で数えられるくらいだ。門は閉じており、向こう側の様子がわからない。竜は後どれくらいでここに突っ込んでくるんだ?
「な、なんだ?」
「あの子は確か、レリアじゃないか?」
「おーい、止まれー!」
嫌だ! 地竜が突っ込んできてからじゃ遅いんだよ!――
大盾を斜め上へ構え、そのまま突っ込む。その姿はまるでラッセル車の様だろう。前方は確認できないが、全速力で突っ込む俺を止めようとは思わないだろう。弾かれないよう、道を開けてくれるはずだ。もし退かなかったら、自分の力を見誤ったそいつが悪いのだ。
兵士の姿を横目に見ながら、門の前と思わしきところでブレーキを掛けた。
閉じられた木の門が目の前に聳え立っている。頑丈そうに見えるそれは、しかし、相手が竜だと言う事を考えると頼りない。
俺は門に取り付けられている出入り用の扉の前に行き、鍵を壊して街の外へ出た。
広がる平原、門から延びる一本の道。方角から、この先に王都があるのだろうと予想できる。
草原というよりは荒野に近い、乾いた土の剥き出した平原に、もうもうと砂煙が立ち上っていた。目測、百メートルくらいだろうか。こちらに迫ってくる何かが居た。
二本の強靭な脚で地を蹴り、それとは対照的な小さな手は前に構えている。大きさはサラブレッドよりも少し大きいくらいで薄紫色の鱗に覆われたそいつは正に竜だった。
俺は大盾を地面に突き差し、構える。気力を腕力と防御力に割り振った。奴はここで止める。奴のエネルギーを相殺するだけの力とそれに耐えうる守りが必要だ。
残り五十メートル。奴は後五、六秒で俺と衝突するだろう。怖くないといったら嘘になる。俺に向かってその巨体を揺らしながら突っ込んでくるのだ。大きさはさほど大きくはなかったが、それでも俺の二倍はある。だが、俺は奴を止めてみせる。
俺の後ろにはマリーの育った街がある。それを壊させるわけにはいかないのだ。俺の第二の故郷を失うわけにはいかないのだ!
「止まれと言っているのですわーーー!」
叫び声と同時に地竜の上に緑の魔力が渦巻き、ズンという音と共に地竜が地面にめり込んだ。その衝撃で周囲の地面浮かび上がる。一体何が起こったんだ?
地竜も予想していなかったのだろう。めり込んだ足が引っかかり、頭から地面に突っ込んだ。
先程よりも大きな砂煙をまき散らせながら、地竜は地面を文字通り滑って行く。
その速度は段々と減速していき、ちょうど俺の目の前で止まった。よく見ると、地竜の後ろには馬車が繋がれており、その扉が開いた。
「やっと追いつきましたわ」
「お久しぶりです、レリア様」
呆然とする俺の前に一人の少女と一人のメイドが降り立った。
第四章終了です。たぶん……。ちょっとキレが悪いので続くかもしれません。




