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第41話 逃走

日曜日に更新できなくてすいませんでした。

「うわぁ……」


 誰が言ったのだろうか。洞窟を出た時、その一言をきっかけに歓喜の声が次々と上がった。久しぶりの太陽、その光に驚き、喜び、咽ぶ声。しかし、その声は次第に別のものへと変わっていった。不安や恐怖である。

 世界の変化、今後の生活、そして、俺に対するもの。日の光の下に出たことで、洞窟では見えにくかった俺の姿が明らかになったのだ。返り血を浴びた幼い少女の姿。それは歪で恐怖を掻きたてたことだろう。

 喜びの声が恐怖の悲鳴へと変わっていく。だが、恐怖はしていても逃げ出す事は無い。こんな、何処ともわからない場所で一人逃走する勇気は彼等には無いようだ。

 怖いながらも、離れるよりは安全だろうと皆考えているのだろう。俺から一定の距離を保ったところに群衆ができた。


 さて、街へ帰らないとな。街はどの方角にあるのだろうか……。


「お嬢ちゃん、ありがとうな!」


 キョロキョロする俺へ近づき、お礼を言ってくる男。人々の群から抜け出し、俺の傍へと進み出たその男はざわつく群衆へと振り返り声を張り上げた。


「おい! 俺達は皆、このお嬢ちゃんに助けられた。違うか? それなら、何をそんなに怯える必要がある? この子は俺達を助けてくれた。そう、俺達の命の恩人なんだぞ? 命の恩人に対して、そんな目を向けるのは筋違いじゃないのか?」


 群衆に向け、訴えかけるセレスタンは、まるで選挙の演説のように、力を込めて俺を庇う言葉を述べてくれた。しかし、群衆の目は未だ変わることなく、同じ色を浮かべている。


 一人の男が自らの正当性を主張しようと進み出た。自分が間違っていると心の何処かで思ってしまっているのに、それを認めることができない、そんな様子だ。

 彼は自分に言い聞かせるようにして、言葉を紡いだ。


「だが、その子の格好はなんだ? それに、お前も聞いただろ? あの男の叫び声を……。その子があの男を殺したんだ。こんな子供が、あの男を殺したんだぞ?」

「確かにそうだ。お嬢ちゃんがあの男を殺し、俺達を救ってくれたんだ」

「ただ殺しただけじゃない。そんなに返り血を浴びるまで、あの男を痛めつけたんだ。その矛先が俺達に向かないとも限らねぇだろ?」

「……あぁ、俺もお嬢ちゃんと初めて会った時は気味が悪いと思っちまったよ。その時もお嬢ちゃんは血だらけだった。心配より先に、面倒だと、そう思っちまったんだ。俺という人間の醜さがそこに現れていると思う」


 確かに、セレスタンの宿に初めて行った時、セレスタンは不機嫌で、直ぐに俺を追い出していたな。まぁ、その後は俺の後ろをついて歩くようになったわけだが……。


「だが、お嬢ちゃんはそんな俺に優しく接してくれた。俺の話を黙って聞いてくれて、俺の気が済むまで一緒に居てくれて。それに、不本意とはいえ、毒を盛ってしまった俺を助けてくれもした」


 ふむ。三つとも誤解なのだが、まぁ、結果としては間違っていないか。悪い評価ではないし、黙っておこう。


「それにな、数日お嬢ちゃんと過ごしてみてわかったことがある。お嬢ちゃんは寂しいんだ。ふとした拍子にそんな表情になるんだ。毎日、毎日、そんな表情をするんだ」


 そうか。俺はそんな表情を……。


「お嬢ちゃんは強い。きっとそのせいで周りから人が居なくなってしまったんじゃないか? そんなお嬢ちゃんの前から俺達もいなくなってしまうのか? そんなのあんまりじゃないか……」

「……」


 皆俯き、考え込むそぶりを見せている。だが、そんなものは場の雰囲気に流されているだけだ。セレスタンの演説を一理あると感じる人もいるだろうが、結局は自分の最初の考えを曲げようとはしないだろう。

 自分の考えを変えることができるほど柔軟な人はそういない。だって、人は、常に自分が正しいと考えているのだから。


 意を決したように群衆から前に出てくる人影。一人の女性とその後ろには同じ髪の色をした女の子がいた。背丈は俺と同じくらいで、女性の服をぎゅっと掴んでいる。しかし、その目には恐怖は宿っていないようだった。


「助けてくれて、ありがとう。主人がお世話になったみたいね……」


 どうやらセレスタンの奥さんとその娘らしい。洞窟の中でもそんなやり取りをしていたような気がするな。


「主人はこう見えて気難しい人でね、貴女にも多くの迷惑をかけたと思うわ。それなのに、主人の相手をしてくれてありがとう」


 いや、まぁ、セレスタンが勝手について来て勝手に喋ってただけなんだけどな。それって相手をしたことになるのか?


「私もね、この人と結婚して、何度後悔したことか。貴女の苦労は身に沁みてわかるわ。でもね、こんな人だけど、根はしっかりしてるのよ? 最初にあの洞窟で目を覚ました時、『あの子は無事なのか?』って言ってたわ。もちろん私たちの心配もしてくれたんだけどね? ずっと貴女の事を心配してたのよ。あの男に食ってかかったときは肝が冷えたけど、でも、そんな所に私は魅かれたの。貴女もきっとそうだと思うわ」


 いや、こんな所でのろけ話を聞かされても……。周りの人達も、何と言うか、その、呆れ顔だ。


「あ、ありがとう、ございました!」


 女の子はそう叫んで女性の後ろに隠れてしまった。俺もそんな様な事してたな……。


 うまく毒気が抜かれた群衆だが、かと言って、俺を信用することもなければ、近づく気配もない。


 何時までも洞窟の前でこんなことをしていたって仕方がない。俺はポケットから紙とペンを取り出し、まだ乾ききっていない血で文字を書いた。


「ん? 何だ嬢ちゃん、手紙か? えーと、アルは――」


 違う、それじゃない。俺は新しく書いた文字を指差し、読ませた。


「ここが何処だかわかりますか? 街はどっちにありますか? あー、わるい、俺もわからないんだ。てっきり嬢ちゃんは知ってるものかと……」

「それなら問題はない。俺が知っている」


 野太い声が聞こえ、初老の男性が群衆から出てきた。歳の割に筋肉がついており、如何にも強そうだ。


「団長! それはよかった。案内してもらえるかい?」

「あぁ、もちろんだ。何人か自警団員もいる。我々が案内しよう。君もいいな?」


 もちろんだ。俺は頷き、それを確認した団長は団員と思わしき数人を纏め、彼らによって街人達は街への旅路を誘導された。

 俺はその人の群れから少し離れた後ろを付いて行くことにした。


 追ってくるものはいない逃走ともいえない洞窟からの帰還。しかし、彼らは逃げるようにその足を進めていくのだった。


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