第40話 燃える炎
「でも、ホントに驚いたよ。これで旦那からたんまり報酬が貰えるからねー。レリアちゃんのおかげだよ」
しばらく俺の攻撃をギリギリで避けていた男だったが、休憩と言わんばかりに、俺との距離を取った。相変わらず口は動いているが……。
「レリアちゃんを旦那に渡せばたんまりお金がもらえるよ。こんな時化た仕事しなくて済むなんて、きひひ。レリアちゃん、だーいすき」
その言葉に虫唾が走る。大好き? お前が好きなのは金だろう? 俺じゃない。俺と引き換えに手に入るという金だ。お前は俺を愛せる器じゃないし、愛してもいない。そんな奴の、嘘っぱちな言葉なんて、クソくらえだ!
「赤い髪に、緑の瞳、やっぱり君はレリアちゃんだよね? そう、英雄殺しの娘、レリアちゃんだ」
男から発せられた言葉に俺の中の炎が勢いを増した。『英雄殺し』だと? その言葉、何処で知った? その言葉を知っていると言う事は、俺達の家を襲った奴らの中に、お前がいたと言う事か!
俺は気力を脚に溜め、一気に詰め寄る。先程のお遊びとは比較のもならないほどのスピードで男に近づき、男の腕を掴んだ。そして、一気に気力を流し込む。
「あああああああ」
男は我武者羅に腕を振り回し、俺の拘束をほどいた。その顔は怒りに歪み、先程の余裕はそこには無い。
「何なんだよそれ! 聞いてないぞ! 何なんだその気持ち悪いのは! クソッ! あーもー、少し傷付けても生きてればいいよね」
腰の剣を抜き、構える男。気力を流し込んだ右腕は破裂こそしなかったもののダメージは負ったらしく、庇う様にして、左腕で剣を構えた。
怒ってはいても、戦いに身を置くものとして無暗に突っ込んでは来ない様だ。俺の攻撃の正体を掴み切れていないからだろう。
様子見なのか剣を構えたままじっと動かない。そこには先程のお喋りな姿などなく、正しく戦士と言った感じだ。
そちらが動かないのなら、こちらが動くまで。再び気力を脚に溜め、男との距離を詰める。早さを意識した気力の使い方だ。
「さっきはびっくりしたけど、ね!」
完全に動きを見切られていた。俺の接近に合わせ、剣を振る男。俺はブレーキをかけ、胸を逸らしながら後ろに飛びのいて攻撃を回避した。
「あれ? 手応えはあったんだけどな?」
声の調子とは裏腹に、顔つきは真剣そのものだった。
俺の服は大きく切り裂かれてしまっていた。幸い、中までは届かなかったようで、俺の肌には傷一つない。だが、厄介だな。これでは近づけない。俺の攻撃はそのリーチの短さ故、近づかなければ発動できない。奴の右腕を奪ったとはいえ、これでは仕留めることができない。
それに、奪った右腕でさえ、何時復活するかわからないのだ。奴が両手を使える様になったら、ますます状況は悪くなる。早く決着を付けなければ。
俺は三度目の接近を試みた。
「んー、単調だねー」
そう言いつつも、先程と同じ軌道で剣を振る男。その角度が一番振りやすいのだろう。お前も十分単調だぞ?
さらにもう一歩近づき、剣の間合いに入る。このままならば俺は二つに切り裂かれるだろう。俺は左から来る剣の軌道上に左の掌を配置した。そう、ちょうどその掌の上を剣が通過する位置に。
そして、右手は男を掴もうと進み続ける。掴みさえすれば奴を仕留められるのだから。
「あは……え?」
壁に衝突し、カランカランと高い音を響かせながら転がる剣の先。サラサラと俺にぶつかる粉末は俺を斬ることなく散っていく。
男の手に握られている剣は真ん中から先が消えていた。折れた剣をいつまでも握り締めたままで、腕を完全に振り払っている。それでは胸ががら空きだ。
突然の事に対応できず、硬直してしまっているのだろう。俺を斬り、これで終わりだと思っていたのに、いきなり自分の剣が分裂してしまったのだ。
おそらく、この男がわかっているのは、斬ったはずの俺が目の前に無傷でたっていると言う事だけだろう。早く対応しないと、死ぬぞ?
ブシュ
右手を突き進めた先、そこにあった左脚を消し飛ばす。男はバランスを失い、尻餅をついた。
「うあああああああ」
悲鳴を上げる男。痛みなのか、現実逃避なのか、顔を歪め、叫んでいる。そうだ、笑っているよりもそういう顔の方が似合っているぞ?
さて、先程俺は何をしたか。それは掌の上を通り過ぎるその一瞬に気力を一気に流し込み、剣を破壊したのだ。時間がほとんどなかったため、ほんの一部しか壊すことはできなかったが、まぁ、問題はないだろう。
這いずりながら俺から逃げようとする男。前に見たような光景に、ちょっとだけ萎えてしまう。どうせ逃げられるわけはないのに、どうして皆逃げようとするのだろうか。
「やめろぉぉ、死にたくない」
男の背を踏みつけ、動けないようにする。お前はそう言う奴を助けてきたのか? 殺さなかったのか?
ブシュッ
動く左腕を破裂させ、身動きを取れないようにする。仰向けに転がし、顔が見えるようにした。
「何でもするから、だから殺さないでくれ」
弱々しくそう言う男。もう長くはないだろうな。だが、死ぬ前にちゃんと喋って貰わないと困る。お喋りなんだから、最期までそうでいてくれよ?
俺は懐から紙を取り出し、男に見せた。
[雇い主は何処にいる?]
「知らない、よ。時期が来たら、アイツら迎えに来るって言ってて、うあああああ」
俺は男の耳を掴み、引きちぎった。痛みを抑えることもできず、右脚だけでのた打ち回る男。俺は男の動きを抑え、再び紙を突きつけた。
「し、知らないよ」
もう一方の耳も引きちぎろうと俺は手を伸ばした。
「わかった、わかった、言う、言うから。アイツはあの街に泊まってる」
いや、そっちじゃない。俺が知りたいのは俺の家を襲えと指示した方だ。旦那と呼ばれていた奴だ。
[アルは何処にいる?]
「アルなんて知らないよ。俺に仕事を依頼してきたのはワルターだよ。あの男爵が街人を攫えって……、やめろ、やめてくれ、うあああああ」
残った耳を引きちぎる。しらばっくれるな。俺の家を襲えと言ったアルの居場所を吐けと言っているんだ。お前が旦那と呼んだアルという少年の事だ。
「やめろぉ、もう、やめてくれ、知らないよ、あぁぁ、うぅぅ」
[アルは何処にいる?]
「うぅうあぁぁ、知らない、誰、だよ、ああ、うぅうう」
[アルは何処にいる?]
「うぅううぅああぁぁ」
[アルは何処にいる?]
[ああああああ]
話にならないな。
ベチャ、ベチャ、ベチャ
男を粉々にし、その場を離れる。男との追いかけっこで街人が居た場所からは離れてしまっていたのだ。
「お嬢ちゃん……」
皆、大丈夫そうだな。セレスタンは何か言いたそうだったが、女性と女の子を優先させたようだ。二人を落ち着かせている。
俺は彼らを街へ返すため、格子に大きな穴を空けた。しかし、街人はその穴から出てこようとしなかった。遠巻きに俺を見つめるだけで、その場から動こうとしないのだ。
まぁ、後は勝手にやるだろう。俺は踵を返し来た道を引き返した。アリゼ達、心配してるかな……。




