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2019/03/06 差し替え


「先生、どうだ?」


 レリアの状態を定期的に診てもらっているのだが、毎度のことながら、この時間は緊張する。俺達が見ている限りでは何も問題はないように見えるが、本職の先生が診たら何かわかってしまうかもしれないという一抹の不安が心をよぎる。しかし、俺の心配をよそに先生は俺とマリーを交互に見つめた後、穏やかな口調で言った。


「うむ。すこぶる健康じゃな。すくすくと育っておる様じゃ。何も心配はいるまいて」


 その言葉に、二人してほっと息をついた。そんな俺たちを見て、先生も顔を綻ばせる。だが、先生の目配せに俺は気付いている。魔力欠乏の症状が現れればすぐに対処するようにと。


「じゃが、油断は禁物じゃ。身体を冷やさぬよう注意してやるのじゃぞ?」

「「はい」」


 二人して同意の言葉を述べた。


「とは言え、この子は寝相もいいらしいのう。まったく、手間のかからん子じゃて。しっかりと愛情を注いでやればよい子に育つじゃろう。子供は愛情を注ぐのが一番じゃからな。ほーれほーれ、レリアや~。いい子じゃの~」


 そう言って先生はマリーに抱かれたレリアを覗き込みつつ、好々爺と化した。確かに、先生の言う通りだ。子供はそういうのに敏感だからな。あまり怖い顔をしているとレリアが怯えてしまう。俺も先生に習い、レリアを甘やかすことにした。


「レリア~。ベロベロバァアアアア」


 レリアの瞳が潤み、一筋の雫が……、あれ? めったに泣かない子なのに、どうした?


「お、おい! どうした!? レリア!?」


 俺が戸惑っていると、すっとレリアの顔が視界から消えた。


「よちよーち。怖かったでちゅね~。パパが変なことしてゴメンなちゃいね~」


 オレノココロハヒドクキズツイタ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 お爺ちゃんに襲われそうになっていたら、お母さんが助けてくれた。もちろん怖くてちびった。上からは少し、下からは盛大に。うーん、あんまり泣かないようにしてたんだけどなぁ。泣き声は五月蝿いし、人を不安にさせる。皆に迷惑をかけて愛想尽かされたくはない。でも、今のはお爺ちゃんが悪いと思う。あ、赤い髪の方のお爺ちゃんね。


 たまに家に来るもう一人のお爺ちゃんは怖くない。白髪に白髭を蓄えた凛とした獣人のお爺ちゃんだ。もう、結構な歳なのか、毛はパサパサでなんか、こう、あんまり耳と尻尾が似合っていないけど。時々家に来ては変な道具を俺に押し当てて、真剣な顔をして唸っている。白衣を着ているし、研究者だろうか? マッドな人だったら嫌だなぁ。そんな雰囲気は感じないけど。


 側では赤のお爺ちゃんが項垂れている。その後ろ姿はちょっとかわいい。クスッと来てしまった。……笑ったのなんて、何年振りだろうなぁ。この人たちは悪い人じゃない。この半年余りを生きてきて、なんとなくそう思った。もしかしたら、俺を愛してくれるのかもしれないと、そう思った。

 愛ってなんだろうか? 具体的にはわからないけれど、なんとなく、その言葉を思い浮かべる度に心の内が温かくなって、でも、なんだか歯がゆくて。そんな感じになる。きっと、俺にも――


『レ、レリアちゃんが笑ったわ……』


 おしめを換えていたお母さんの手が止まり、何かを呟いた。見ると手だけでなく、全てが固まっていた。人間、こんな風に静止できるんだなってくらいに微動だにしない。もしかしたらお母さんは人間じゃないのかもしれない。


『なん、だ、って……』


 項垂れていたお爺ちゃんの方からも何か聞こえた。そちらを向くと、ツカツカと無言に足早で近づいてくる鋭い眼光。怖い怖い怖い。


『ランスのせいでレリアちゃんがまたこわがっちゃったじゃない!』

『お、俺のせいか!? クソッ! マリーだけズルいぞ!』

『だったら、もう少しにこやかにしたらどう? レリアちゃんが怖がらない様に』

『こ、こうか?』

『なんか違うわね……。もっと、こう、目じりを下げて』

『え、えっと?』

『眉根を寄せない』

『うーむ』

『口も怖いわ』

『くっ』


 何やらお爺ちゃんの百面相が始まった。コロコロと表情を変え、そのくせ、どの表情もどんな感情なのかさっぱりだ。

 そんな様子をもう一人のお爺ちゃんが微笑ましそうに見ている。まるで、いつか見たことのある、お爺ちゃんが孫を見る時のような目だ。もしかすると、獣人のお爺ちゃんは曾お爺ちゃんなのかもしれない。俺には尻尾も耳も生えてないけど、そんな気がした。


『もっと、こう、ニコッてできないの?』

『ニコッ』

『それじゃあ、ギョロッて感じよ~』

『ギョ、ギョロ!?』

『ああ、もう、また恐くなってる。ちゃんと笑ってよ』

『笑っているつもりなんだがなぁ』


 お母さんが赤のお爺ちゃんの顔をこねくり回し始めた。痛くないのか? お爺ちゃんの目に涙が浮かんでいる様に見えるけど、それは……。まぁ、気のせいだよな。二人とも楽しそうだし。あ、今のはなんとなく、赤のお爺ちゃんの顔が笑っている様に見える。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 レリアちゃんが初めて笑った。声を上げて笑ったわけではなかったけれど、優しい笑みを見せてくれた。将来は笑顔がかわいい女の子になると思う。普段はクールで感情を表に出さないけれど、ふとした拍子に見せる笑顔がかわいい、そんな女の子に。世界中の男の子が放っておかないわね。


「ねぇ、ランス?」

「ん? どうした?」

「レリアちゃんはどんな人と結婚するかしら?」

「け、結婚か!? まだ早いんじゃないか? ほら、まだ生まれてから一年も経っていないんだぞ? 成人までは十年以上あるし、それにいったい誰と結婚するんだってんだ。そんな知り合いもいないだろう?」

「ええ、だから、どんな人とするのかなって」

「ん? ああ、そうか。そうだよな。うーん。あれだな。根性のない奴はダメだ。それに優柔不断なやつも。弱いやつもダメだな。金はー、あった方がいいが、金に物を言わせる奴はダメだな。あとは――」


 まったく、ダメな人ばっかり。先生だってあきれ顔だわ。

 私だって、レリアちゃんが嫁いでいくのは寂しいし、可笑しな人の所には行ってほしくない。でも、いつかは嫁いで欲しいと思っている。ランスみたいな優しい人の所へ。私達みたいな、素敵な出会いが待っているって思うから。そして、世界の広さを知ってほしい。いつかこの森を出て、世界はこんなにも広いんだって、知らないことがいっぱいあるんだって、感動してほしい。


「狡賢いやつもダメだな。とは言え、力任せの脳筋野郎もダメだ。ええと、他には――」


 ダメな人を探すので頭がいっぱいみたい。既に周りが見えなくなってるみたいね。ちょっと呆れてしまうけど、レリアちゃんのことを思ってのことだもの、仕方ないわよね。


「レリアちゃーん。あなたの旦那さんは大変でちゅね~」


 そう言いながら、私はレリアちゃんの頭をやさしく撫でた。少し伸びてきた髪の毛はサラサラで掌を擽ってくる。この感触が私は好きだ。

 レリアちゃんは既にいつもの無表情に戻っており、こちらをジッと凝視していた。まるで、私を観察するように。いいえ、観察しているのね。レリアちゃんはいつもこうやって私たちを観察している。私たちが何をしているのか、私たちが何をしたいのかを知るために。そうしてレリアちゃんは私たちに気をつかっているのだ。

 例えば、おしめを換える時は自分から足を開くし、抱っこするときは脇を少し広げる。おんぶの時は肩にしっかりと捕まって紐が結びやすいようにジッとしていてくれる。そうやって私たちがやりやすいように動いてくれるのだ。

 レリアちゃんを生む前は子育ては大変だって聞いていた。子供はいつでも、どこでも、すぐ泣くし、泣いてる理由だってわからない。おしめが濡れているのか、お腹が空いているのか、寝心地が悪いのか、全然わからないって聞いていた。

 でも、レリアちゃんは違う。おしめが濡れていたら目配せをしてくるし、お腹が空いていたら口をパクパクする。寝心地が悪くて泣くなんてことも絶対にない。そもそも、声を上げて泣いたりしたところを見たことがない。

 聞いていた話と随分と違うことに最初は戸惑いもしたけれど、今ではレリアちゃんはそういう子なのだと納得することにした。でも、あまり手がかからないって言うのもちょっと寂しい。贅沢な悩みよね。元気にすくすくと育ってくれている。こんな私から生まれて来たのに、ちゃんと、生きている。それだけでいいじゃない。


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