第33話 寂れた街
久しぶりの更新です。
ようやく街が見えた。途中分かれ道があったが、こちらを選んで正解だったのだろうか。まぁ、直ぐに町が見えたことだし、よしとしよう。
しかし、俺は全身血まみれだ。乾いてはいるが、豚共の返り血を浴びている。街に入れてもらえるかが問題だ。まぁ、考えても仕方がないので、そのまま走っていく。
街は周りを城壁で囲まれていた。王都もそうだったように、おそらく、どの町でもそうなのだろう。猪人族や魔物などが存在しているこの世界。そのような危険から町を守るために、こういった壁が存在しているのではないだろうか。
空いている門を探し、街の中へと入った。案外すんなり行くものである。城壁の上の方に見張りの人が立っているだけで、特に止められるような事は無かった。どうやら杞憂だったようだ。
しかし、この街、何処かがおかしい。
まず、門が四方にあるのに空いているのは一か所だけだった。おかげで街の周りを一周してしまったぞ。
次に、通りを歩いている人が極端に少ない。王都を基準に置いているためだからだろうか。それにしても少なすぎる。街に入ってから暫く経つが、未だに人と擦れ違わない。
さらに、店が少ない。開いている店が見当たらないのだ。看板もなければ、それらしい家もない。随分と寂れている様だ。
とりあえず、宿を探そう。あいつらが居るとしたら、護衛対象の家、宿屋、酒場のどれかなはずだ。これだけ店がないのだ。護衛対象の家にでも居なければ、遭遇する確率は高いはずである。
「お嬢ちゃん、逸れちまったのかい?」
ようやく見つけた宿に入ると、親父がそう話しかけてきた。この宿の主人だろう。カウンターから出てきて、俺の前にしゃがみ込む。
「どうした? 街の外で襲われたのか?」
俺の様子に見て思ったのだろう。しかし、その目は何か不気味な物でも見るような、そんな感じだった。まぁ、確かに、血だらけの子供が大きな盾を背負っているのだ。そんな目になるのも無理はない。
「お、おいおい、どうした?」
俺は親父の横を抜け、カウンターを覗きこむ。盾を踏み台にして高さを確保すると、そこにあった帳簿とインクに文字を綴った。
[アルという少年を知りませんか?]
「おい! 落書きは止めてくれ! しかしなんだ? アル? 聞いた事は無いが……」
ここには泊まっていないのか。ふむ。この街には寄っていないのかもしれない。真っ直ぐ東に進んだはずだったのだが、分かれ道で選択を間違えたようだ。
宿屋はほとんど閉まっているし、歩き回ってやっと見つけたのだ。他に開いてそうにないしな。引き返してもう一つの道を行ったほうがいいだろう。
「お嬢ちゃん、泊まってくのかい?」
この街にはあいつらはいなさそうだし、泊まってくこともないだろう。
俺は首を横に振った。
「なんだ、冷やかしか? ハァ……。久しぶりの客だと思ったんだがなぁ。本当に泊まってかねぇのか?」
俺は頷く。なんとなくそんな気はしていたが、やはりこの街、ほとんど人が来ないらしいな。
「そうか。客じゃないなら用はねぇや。ほら、帰った! 帰った!」
締め出されるようにして、宿から出る。この街にはいなさそうだし、泊まる必要もない。宿の主人には悪いが、もう少し暇をもてあそんでくれ。
さて、早く引き返さないとな――
そう思い、駈け出そうとしたその時、ある言葉が視界に飛び込んできた。
[ベルニエ子爵家]
ベルニエ。それはマリーがランスに分けた名前であり、そして、俺の名前の一部でもある。
俺の名は『レリア・ベルニエ』。そう、ベルニエ家の一員なのだ。何故、こんなところに俺達の家名が?
思わず俺はその表札を凝視してしまう。早く行かなければならないのだが、どうしても気になってしまうのだ。
やがて、その屋敷の扉が開いた。
「マリー……?」
屋敷から出てきた金の髪を持つ女性は、俺を見ると、俺の大切なものの名を呟いた。金の髪を高く結い、一本の尾を垂らしているその女性。数日見ていないだけなのに、とても懐かしくて、でも、見ていると寂しくなって。
目を逸らしそうになるが、逸らせない。俺は彼女を見つめ返していた。
「そんなわけ、ないわよね……」
彼女は目を伏せ、ふぅ、とため息を吐き、再び俺を見た。真っ直ぐと俺を見つめ、観察している。俺の様子に不審な点が多いからだろう。しかし、怪訝な顔をせず、ただ真剣に俺を観察しているだけだった。
「こちらへいらっしゃい? 大丈夫、安心して、怖くないわ」
マリーによく似た女性は先程までの弱々しい声ではなく、優しい声で俺を屋敷へと招いた。顔は微笑んでおり、俺の中に複雑な感情が渦巻く。喜び、悲しみ、怒り。そんな様々な感情が犇めく中、一番強く表れた感情は疑念と確信だった。
ベルニエ、そしてマリーによく似た女性。この家には俺の大切なものに関する何かがある。
俺は今、あいつらを追わなければいけない。しかし、二人の事を知りたいという誘惑が屋敷の中へと俺を誘う。
屋敷の中には絶対に何かがあるはずなのだ。マリーの病気、英雄殺し、アルという少年。俺が知りたいことが何かあるはずなのだ。
俺はフラフラと女性の後について行った。




