第32話 豚のドーナツ
街道を全力で走っていると前方に人影が見えた。道を遮るようにして陣取るその集団は皆一応にして斧を担ぎ、俺を見据えているようだった。
邪魔だな。――
俺は、速度を落とすようなことをせず、そのままのスピードで突っ込んでいく。
「オーイ、トマレー」
片言の言葉は酷く聴き取り辛い。それもそのはず、相手は俺の見たことのない種族だったのだから。
垂れた耳、潰れた鼻、口から飛び出た牙。それは豚の頭に、人の身体の猪人族だった。
あいつらの話は聞いたことがある。昔、カラム先生が話してくれた。猪人族は知能が低く、集落を作らない。しかし、繁殖能力が高く、多種族の女子供を襲うのだとか。それに、食料調達のために旅人を襲う事もあるため、容姿も相まって多種族から嫌われているらしい。
俺は無言でそのまま突き進んだ。王都を出発してから三日、俺は夜通し走っており、疲労も、イライラもピークに達している。
「トマレッテイッテイル!」
そう叫んだ豚の一匹が手に持った斧を投げてきた。回転しながらまっすぐ飛んでくるそれを、俺は難なく躱す。
「ヨケルナ!」
「クラエ!」
「ナマイキダ!」
次々と投げられる斧の弾幕。俺は避けるのを諦め、担いでいた盾を地面に振り下ろすようにして突き立てた。
カン、カンカンカン、カン
金属同士がぶつかる音が甲高く響く。俺とこの盾は相性が良いようだった。盾が俺を認めてくれたのか、ランスの血によるものなのか、とにかく俺の気力との相性がいい。
ずっと担いできたため、大盾には俺の気力が流れている。しかし、引き摺ってここまで来たというのに、傷一つ付いていないのだ。俺の気力で脆くならないこの盾は、俺との相性が抜群にいいと言えるだろう。
再び盾を担ぎなおし、疾走を始める俺。自らの身体と同じ大きさの大盾を振り回す俺の異常性にやっと気づいたのか、猪人族共は慌てだした。しかし、そこを退くつもりはないようだ。口々に何かを叫んでいるが、決してその脚を動かそうとしない。
「ナンダ!?」
「バケモノメ!」
「カマウモノカ!」
「ヤッチマエ!」
猪人族共の中から、両手を前に突き出した奴がいた。マズイ、魔法だ!
そいつは赤い魔力を放出し、巨大な火の玉を放ってきた。あんなの食らったら丸焦げだぞ! しかし、距離が近すぎて躱している暇はない。一か八か、俺は盾を突き立てた。
「…………?」
しかし、一向に魔法が当たる衝撃が来ない。だが、顔を覗かせるわけにもいかないため、待つしかない。
そうこうしているうちに、猪人族の姿が見えてしまった。どうやら囲まれたようだ。
面倒臭い!――
既に武器を拾った奴らもチラホラと見える。また、武器を持っていないやつは後方に陣取っているため、おそらく魔法支援もあるのだろう。バカの癖に連携だけはしっかりしてやがる。
「フンッ」
振り回される斧。俺は盾を軸にして飛び上がり、それを避けた。
カンッ
甲高い音が響き、衝撃で飛びかかってきた豚が一瞬硬直する。俺は落下の勢いを利用して、踵落としを奴に食らわせた。
グキャッ……ドサッ
嫌な音と共に、奴の首がありえない角度まで落ちる。着地後、飛んで来た火球を横に転がることで回避した。
火球は盾に当たる瞬間、音もなく盾に飲み込まれてしまった。それは即座に魔力の光に戻り、大盾の中へと消えていったのである。
あの盾、魔力も吸収できるのか?――
「マタダ!」
「ドウシテキカナイ!」
「ガキノクセニナマイキダ!」
先程の大きな火球も、大盾が吸収したのだろう。豚の叫びでそれは理解したが……。おっと、戦闘中に考え事はよくないな。
足元に集まってきた橙色の魔力から離れるため、そびえ立つ盾の方へと駆ける。その魔力は俺を追尾するように動き、そして、大盾に吸い込まれた。
こいつはすごい。盾の周りにいるだけで、範囲型の魔法を回避できるんだからな。それに、普通の投射型魔法も盾を壁にすれば問題ない。
俺は盾の近くにいた豚に走り寄った。俺の接近にタイミングを合わせ、豚は斧を振り下ろしてきたが、俺はそれをギリギリの半身で躱し、勢いそのままに、さらに回転して裏拳を振り回す。咄嗟に豚は斧から手を離し、身体を反るようにしてそれを避けた。
避けたのを見届けながら、空いた手で斧を掴み、魔力を流し込む。
「ナ、ナンダ!? オレノブキガ!」
崩れ去る斧を見て驚愕する豚。止めを刺そうと思ったのだが、火球が飛んで来たため、それを避ける。
その後は魔法の嵐だった。後方から放たれる火球や、地面を這う橙色の魔力。火球は盾を壁にすることで防ぎ、橙色の魔力は何もせずとも盾に吸われていった。
魔法が通じないと分かると、豚共は武器を手に、一斉に俺に飛びかかってきた。しかし、ここからは一方的な殺戮となった。
首を折り、頭を破裂させ、胸を貫く。瞬く間に、盾を中心として、死体のドーナツができていた。まったく……、素材は豚なのに、美味しくなさそうである。
俺は再び、大盾を担いで東へと走り出した。生暖かかった液体は寒空の下、直ぐにその温度を失い、俺を冷やしていく。あとどれくらいで街に着くのだろうか……。あぁ、気持ち悪い。
魔力をたくさん吸って興奮したのだろうか。俺の中に再び手の様な、触手の様なアレが侵入してきたが、構わず走り続けていると、大人しく盾の中へと戻っていった。
良くわからないアレだが、まぁ、危険はなさそうだし、放っておいても問題ないだろう。はぁ、血も吸い取ってくれないかなぁ。




