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第31話 捜索

 王都に付いてから、一週間。俺は収穫のないまま、街をぶらついていた。


 王都の宿屋は全て回ったはずだ。それなのにもかかわらず、何処にもアルという少年について知る者はいなかった。もちろん、俺が訊いたのではなく、イネスが訊いたのだが、それならば、文字が読めないとか誤読とかそんな心配はない。

 まぁ、宿屋の方もいちいち客の名前を把握しているわけではないため、知らないだけかもしれないのだが……。


 酒場の方は、店に入った途端追い出されたので、店の前で人の会話を注意深く聴いていた。中は未成年進入禁止区域らしく、俺達は入れなかった。そのため、また、イネスに任せるしかなかったのだ。

 中がダメなら、外で。俺達は店の前で話している奴から、情報を得ようとしているのだが、それらしいものは未だに聴けていない。



「今日も収穫ゼロですわね」


 外套を羽織ったエリザベートがそうぼやいた。呪われた品々は思いのほか高く売れたため、いらない分を二人に渡したのだ。それを使って外套や毛布など、暖を取れるものを買ったようだ。


「申し訳ありません」


 イネスが謝ったところで、何も変わりはしない。むしろ、イネスはよくやってくれていると思う。閉店まで酒場で粘り、客共の話を聴いているのだから。




 屋敷に戻り、今後の事を考える。


 このまま王都に居ても、時間を無駄にするだけかもしれない。それならば、一旦王都から出て、適当な街を巡った方がいいのかもしれない。あと一週間ほど何も収穫が無ければ、それで行こう。


 俺はそう決定し、目蓋を閉じた。



 翌朝、朝食、風呂を済ませる。もちろん、朝食はちゃんとしたものが出てくるようになったし、風呂の水はお湯だ。


 それらを済ました後、各自、やりたいことをやる。朝っぱらから酒場は開いていないので、そこへ行くのは夕方ごろ。それまで俺は、屋敷を探索することにしている。と言っても、探索するのは書斎。それと、その奥の部屋だけだが。



 書斎の奥の部屋には呪われた品々だけでなく、本も山積みにされていた。まぁ、それらの本には『禁じられた』だの、『死者の』だの、そんな単語ばかりが書いてあるため、呪われた品々とさほど変わりはない。


 しかし、そんな中、俺はある本を見つけた。部屋にある多くの本とは違い、そう言った単語が含まれておらず、表紙も、黒ではなく、青だった。

 俺はその本に魅かれた。周りとは違う、そこに違和感を感じる本だった。

 そのタイトルは『力』。たった一単語のその本は、俺の拳ほどの厚さがあり、中にはこの世界のある力について書かれていた。



 この世界には大きく、二つの力がある。『魔力』と『気力』である。

 『魔力』とは、魔を操る力、即ち、魔法や魔術を使うのに必要な力である。この力を俺は持っていない。

 一方、『気力』とは、生命の力、即ち、生命力の事で、腕力、瞬発力、防御力の三タイプに分けられるらしい。

 俺が使っている白い魔力とは、この気力の事で、個々人でその性質が異なる様だった。しかし、流し込んで爆発するという記述はどこにもなく、俺の気力のタイプは不明だ。

 ただ、気力は三タイプが独立しているわけではなく、意識することで、その能力を向上させることが可能らしい。

 あまり、しっかり読んでいないため、理解しきれていないのだが、三つのパラメーターがあって、そのパラメーターは意識することである程度変化させることが可能、と、そう言う事だろう。

 白い魔力改め、気力の今後の使い方も考えていかなければいけないな……。


 

 書斎の奥の部屋を眺める。もう直ぐここの捜索も終わりだな。死体の臭いもひどくなってきたし、今日、すべてを終わらせてしまおう。


 俺は、部屋の奥の方へと進んだ。死体を迂回し、さらに奥へと進む。あと、捜索していないのは左奥の区画だけだ。

 蝋燭に火を付け、視界を確保する。特に、オーラの出ているものは見当たらない。いくつか本を手に取ってみるが、どれも同じような内容だった。こんなことで大切なものが戻ってくるのなら、苦労はしないのにな。

 俺は死体の方を振り向き、虚しくなる。

 こんな簡単なことで戻ってくるのなら、誰も苦労はしないのに。だが、そんな眉唾なものにまで手を出したくなる気持ちは痛いほどわかる。それほどまでに大切なのだ。

 その、大切なものを失った悲しみは、心の何かを破壊してしまう。破壊される箇所は人それぞれだが、それでも、破壊はされるのだ。きっと、この男もそうだったのだろう……。



 再び、捜索を開始する。ふと、壁の方を見ると、壁と同じ色の布を発見した。今まで気づかなかったが、その布は、何かを隠すように覆っている。オーラこそ出ていないものの、これは何かあると、俺の勘が告げていた。


 布を掴み、一気に剥ぎ取った。そして、その下には光沢のある大きな塊。俺は、この形状を知っていた。俺の背丈以上もある縦長の板。おそらく鉄でできているのであろう、鈍い光沢を放つそれは、タワーシールドだ。ランスがエマニュエルに渡されたものとは違うが、それでもタワーシールドだった。


 俺は知らず知らずの内、その大盾に手を伸ばしていた。


 俺の手が大盾に触れた瞬間、その接触した部分から、何かが俺の中に入ってくる。人の手の様な、それでいて触手の様な、その何かは俺の中を弄り、どんどんと奥へ侵入してくる。

 俺は気力の流れを変え、その何かを押し出そうとした。しかし、その何かに変化はなく、俺の気力などまるでない物のように、その行動を止めなかった。


 そして、その何かは俺の中心、鳩尾あたりを暫く探った後、大盾へと戻って行った。


 いったい何がしたかったんだ? 俺の身体に侵入し、特に何もせずに出ていくとは……、


 俺の体に異常はない。もう一度触れてみても、再び侵入してくる事は無かった。俺を認めたと言う事だろうか。


 俺はこの大盾を持ちだすことにした。見た目通り、非常に重いが、気力を駆使することで、何とか背負うことはできる。これは、いい訓練になりそうだ。

 それに、ランスが使っていたものと同じ種類の盾だ。これも何かの縁。ランスが俺にプレゼントをしてくれたのかもしれない。ランスと繋がっている気がして、俺は少しうれしくなった。




 夕方になり、屋敷を出る。今日は東側の門の近くにある酒場だ。毎回違う酒場に顔を出しているが、何処も俺達を入れてはくれなかった。

 やはり、今日来たところも同じだったため、例の如く、イネスだけが酒場に入って行った。


 俺とエリザベートは道の端により、腰を下ろす。酒場の入り口を眺めながら、周りの会話を聞いた。




「なぁ、知ってるか? あの、三人組」

「んぁ? あー、街の外で野宿してるって言うアレか?」

「そうそれ。しかし、傑作だよな。王都に来たはいいが、金が無くて宿に泊まれねぇなんてよ」

「ははは、確かにな」


 日が沈んで暫くたった頃、そうは話しながら、酒場に入ろうとする男たちに出会った。


 三人組だと? しかも宿屋に泊っていない……。


「しかし、どうした? その三人がどうかしたのか?」

「ん? あぁ、それがな――。おいおい、どうした餓鬼ども。こんな夜遅くに出歩くもんじゃねぇぜ? さっさと帰りな」


 近づいた俺に気付いた男は、話を中断し、後ろにいるエリザベートも含め、俺達に注意を投げかけた。


「先程の話が気になりますのね?」


 コソコソと耳打ちしてきたエリザベートの言葉に、俺は頷いて返事をした。


「あの、先程の三人組について訊きたいのですけど?」

「ん? あぁ、いいぞ。でもな、情報って言うのもタダじゃないんだぜ?」

「おいおい、餓鬼相手にそれはないだろ……」

「いやいや、社会の厳しさってものを教えてやるのも大人の義務だろ?」

「おまえなぁ……」


 俺は財布にを突っ込み、適当に硬貨を握ると、男の手に握らせた。情報を知っているならさっさと言えよ。金が必要って言うんなら、こんなものくれてやる。


「えっ? あっ、いや、いいだろう。……それで、三人組の事だったな。えーと、なんでも、仕事が見つかったらしくてな。護衛だとよ。一昨日くらいに出発したよ。行先までは知らねぇが、東に行ったぜ。知り合いか?」

「え、えぇ。まぁ……」


 出発した後か。しかし、三人組という情報だけでは何とも言えない。名前さえ聞き出せれば……。

 俺はエリザベートを横目で見て、意志を伝える。ちょっと悩みはしたものの、通じたようだ。エリザベートは俺のしたい質問をしてくれた。


「その三人組の中に、アルという少年は?」

「ん? あー、確か、そんな風に呼ばれてた気がするな」

「そうで――、あ、ちょっ、ちょっと、レリア!?」


 ビンゴだ! 俺は伸ばされたエリザベートの手を躱し、屋敷へと戻る。急いで荷物を背負い、王都を飛び出した。


 出発したのは一昨日。護衛だと言っていたし、進むスピードはそこまで早くないはずだ。街道を走って行けば追いつけるはずだ。




 ザザザザザザ


 盾を引きずる様にして走っているため、地面を擦る音が響く。地面に傷を付けながら、俺は東を目指した。


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