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第29話 複数の選択

 頭のない死体が床に転がっている。おそらくこれで少女の印も消えていることだろう。


 俺は隙間に身を通し、書斎へと戻った。



「皆を救っていただき、ありがとうございました」


 隙間を抜けた先、その書斎にはメイドの女が立っていた。そこに表情はなく、ただ、淡々と、俺に感謝の言葉を述べただけだ。


[どうしてここに?]


 濡れた指で床に文字を書く。


「……そうですね。それよりもお風呂に入りませんか? お嬢様が怯えてしまいます」


 確かに、今の俺は血だらけだ。この恰好でベッドに戻るわけにもいかないだろう。


「お風呂を用意しますので、ついて来てください」


 俺はメイドの指示に従った。心身共に疲れており、今すぐにでも寝たいが、この恰好で寝るのもアレだし、風呂を用意してくれると言うのなら、それに従うまでだ。


 


 夜の静寂の中、俺達は屋敷の中を歩いている。カツ、カツ、と足音だけが廊下に響いていた。



 風呂場に付き、服を脱ぎ捨てる。張られた水に熱はなく、ヒンヤリと冷たい感覚が俺を包んだ。何度か透明な水を赤く濁らせ、血を洗い流していく。


 綺麗な水に浸かっていると、メイドは唐突に話し始めた。


「お嬢様を、それに、旦那様、ファンティーヌ様を救っていただき、ありがとうございました」


 お嬢様はわかる。だが、後の二人は? ファンティーヌは先ほどの術者が言っていた人だな。と言う事は術者が旦那様なのだろう。


「昔話をしてもよろしいですか? 三十年前になります。このカリエール家に女の子が生まれました。それがファンティーヌ様です。私はこの方に救っていただき、仕えることになりました」

[どうしてそんな話を?]

「いえ、ほんの暇つぶしでございます。続きを話しても?」


 俺は話の続きを促した。あの術者が旦那様なら、きっと……。


「では。ファンティーヌ様は明るく、優しく、頭脳明晰で、美しい。そんな、素晴らしいお方でした。そんなお方を世の男性が放っておくはずもありません。そして、ファンティーヌ様はある男性と恋に落ちたのです。それが旦那様です。先程、貴女様が救っていただいたお方の一人です」


 救った、ね。確かに男にとって死とは救いの一つであっただろう。しかし、それは結果であり、目的は男のためでも、少女のためでもない。俺自身のためだ。感謝される謂れはない。

 それに、俺は男を救ったと同時に、絶望もさせているはずなのだ。俺は男の目的を破壊したことになるのだから。


「ファンティーヌ様と旦那様がご結婚なさり、二人の間にお嬢様が生まれました。しかし、ファンティーヌ様はその際、亡くなられてしまったのです」


 感情を見せまいとするメイドの声は僅かに震えていた。その時の事を思い出しているのだろう。お前も大切なものを失った側の人間なんだな。

 しかし、俺とも、男とも違う道を選んでいるのだろう。彼女は強い人間だと思う。少女よ、強いとはこういう事を言うのだ。


「ファンティーヌ様によく似たお嬢様に、私は仕えることになりました。お嬢さまの成長を見ていると、昔を思い出すようでした。しかし、旦那様は変わってしまわれました。ファンティーヌ様を失った悲しみがそれを奪ったお嬢様への怒りとなったのです」


 悲しみを怒りへか。あの男も、このメイドも、俺と同じ様な経験をしている。だが、選んだ道はそれぞれ違う。


「旦那様はファンティーヌ様を蘇らせるため、禁術に手を出すようになりました。そして、数年が経ち、お嬢様に印が刻まれたのです。旦那様はお嬢さまを憑代に、ファンティーヌ様を呼び戻そうとしました。しかし、結果は失敗。お嬢様をこの地へと縛る不完全な印が刻まれただけでした」


 あの印には地へ縛る効果があるのか? なら、二人は? どうしてそんな呪いを刻まれていたんだ? しかし、直ぐにそんな考えは意味のない物だという答えに辿り着いた。

 あの印は二人のお揃いの印。それ以上でもそれ以下でもない。二人の絆なのだから。


「あの印は不完全で、その力はさほど強くはなく、この屋敷を中心に、王都を出たあたりまでの範囲を自由に行き来できる程度の物でしたが、それでもお嬢様の心は大きく傷付いてしまったのだと思います。その呪いも、今は解けている事でしょう。本当にありがとうございました」



 メイドは満足したのか、それ以上語る事は無かった。救い、悲しみ、怒り、呪い。人生には様々な分かれ道がある。


 メイドは大切なものの代わりを見つけ、それで悲しみを埋めた。

 男は悲しみを怒りに替えたが、その怒りを大切なものを取り戻すために使った。

 俺は悲しみを怒りに替え、その怒りをぶつける相手を探している。


 人生には様々な分かれ道がある。俺達はその選択が異なったと言うだけだ。

 みな、大切なものを失っている。しかし、その目的も過程も結果も違うのだ。いうなれば、そう、背景が一緒というだけである。


 結局、皆、救われるのだろうか? そんな事は無い。選択を誤れば、それは救いに繋がっていないのだから。正解は一つではない。しかし、不正解もまた一つではないのだ。




 部屋に戻り、ベッドへ入る。桃色の髪の少女は気持ちよさそうに寝ていた。それはもう、起こしてしまうのが申し訳ないくらいに。



 今日は酷く疲れた。魔力をいきなりたくさん使ったからだろう。明日、起きてからアルに付いて少女に訊こう。だが、先ずはこの柔らかいベッドで――。


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