第28話 救われる者、救われない者
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隣で少女の寝息が聞こえ始めたことを確認して、俺はベッドを抜けた。既に太陽は沈み、街は静寂に包まれている。
メイドは他の部屋で寝ており、今は、この少女と二人きりだ。初めは縮み上がっていたくせに……。まったく、彼女の適応能力には驚かされる。
俺はゆっくりと少女の部屋を出た。少女を起こさないよう、音を立てず、慎重に、慎重に……。
廊下に出て、目指すは屋敷の右奥の部屋だ。
部屋の前までたどり着き、中の様子を窺う。聴覚で何も音がしないことを確認し、次に扉を開けて、視覚での確認をする。二人があんなに怯えていたのだ。用心するに越した事は無いだろう。
部屋の中に入り、左の壁へと向かった。昼間に見た時と変わらず、そこには、黒とも緑とも言える、毒々しい色のオーラを纏う本棚が佇んでいた。いや、正確には本棚の奥、その壁の隙間からオーラが漏れ出しており、そのオーラが本棚を包み込んでいるのだ。
この奥に何かある。俺はそう確信していた。
俺にしか見えないこの、異常な状況。あのオーラ以外は何ら問題がない書斎だ。しかし、二人はここへ俺を案内したのだ。他に当てはないのだろう。この部屋にいないと分かっても、他の部屋には向かわなかったのだから。つまり、術者はこの部屋にいるはずなのだ。
俺は再び書斎を探索した。あの壁の向こうに行くための、何か仕掛けがあるはずだ。
左右の本棚、執務机、椅子、窓、思い当るところはすべて探した。
ない、ない、ない、ない!――
刻一刻と時間だけが過ぎていく。結構な時間が経っているはずなのに、俺はまだ、仕掛けを見つけられずにいた。
少女が目を覚ます前に、全てを追わらせなければいけない。彼女から証言を得られるまでは逃がしてはいけないのだ。だが、時間だけが過ぎていく。
「ハァ……」
焦っても見つからないものは見つからない。俺は捜索を諦め、オーラの出ている本棚の前へと戻ることにした。
動かせないのなら、次の手段だ。
本棚に入っている本を取り出す。上の方は届かないので仕方がないが、届く場所の本はすべて取り出した。
下の方だけ空っぽになった本棚。俺はそれに手を添える。何をやりたいか、もうわかっただろう。この本棚を壊すのである。まぁ、その、もっと簡単に壊せたらよかったんだが、そんな方法は思いつかなかったので、堅実に行きたいと思う。
少々デカいため、消費する魔力は多いだろうが、なるようになるだろう。この後の事も心配だが、今は俺一人、どうとでもなる。
俺は本棚の柱に魔力を流し込んだ。
ドサッ、ドサッ、ドサドサドサ
本棚が崩れ、上から本が降ってきた。何冊か頭に直撃したのだが、不思議と痛くはなかった。痛みを感じなくなるほど疲れているのだろうか。
いや、そんな事よりも、目の前に山積みになった本をどうにかする方が先だ。それなりに抜いたはずなのに、まだまだたくさんある。
俺は本をかき分け、壁へと進んだ。本の海をズンズンと。本の厚さは様々で、重いものは重いし、軽いものは軽い。しかし、道を阻むものは全て退かした。
本棚の次はこの壁をどうにかしなければならない。しかし、有り難いことに、壁はすんなりと動いてくれた。壁は回転式で、本の海を越えた先、壁に手をついたことで、壁が急に動き出したのである。まぁ、本に阻まれて、何とか俺が通れるくらいの隙間しか開かなかったが。
その、ギリギリの隙間に体を通すと、そこには広かったであろう空間があった。しかし、今は所狭しと物が置かれ、毒々しいオーラを放っている。このオーラが空間の外にまで漏れ出していたようだ。
部屋の中心はやや空間が広く開いており、そこに一人の男が跪いていた。男の下には魔法陣と思わしきものがあり、男の手には杭が握られている。その杭は黒っぽい液体に塗れ、魔法陣へとその液体が滴っていた。
ブツブツと呟くその男の目は虚ろで、部屋に俺が入ってきたというのに、気付くそぶりも見せない。
こいつが術者か? 何やら儀式をしている様だし、それっぽい。こいつを殺せばいいのだろうか。
男に近づくと、だんだん声がはっきり聞こえてくるようになる。
「――いでくれ、ファンティーヌ、私を一人に。あぁ、君だけが私の支えだったのだ。君だけが。一人にしないでくれ、ファンティーヌ、私を――」
ブツブツと繰り返す男は、一心不乱にそのセリフを呟いていた。
突然、言葉を止め、男は右手に持ったその杭を魔法陣の中心へと振り下ろした。しかし、振り下ろされた杭は、床に弾かれ、カラカラと音を立てながら転がっていく。
「ファンティーヌ、何時になったら帰ってきてくれるんだ。何時になったら。何がいけないんだ。また失敗だ。ファンティーヌ、君は何時だってそうだ。あぁ、ファンティーヌ、帰ってきてくれ」
また、ブツブツと呟き始めた男だったが、次第に焦点が俺に合っていくのがわかった。淀んだ瞳が、ハッキリと俺を見据えている。その顔には徐々に表情が戻っていった。
「お前か! お前のせいでファンティーヌは帰って来れないのか!」
叫び、顔を怒りに歪ませて俺の方に向かってくる。先程までの表情のない顔が嘘のようだった。
死に物狂いで俺の方へ走ってくる男。男はそのまま俺に掴み掛った。
「ぐああああ、死ね死ね死ね!」
俺の首を掴み、ギュウ、ギュウと絞めつけてくる。腕を曲げ、挟むようにして、力いっぱい。
俺は両手を伸ばし、男の頬に手を置いた。男の頭を挟むようにして置かれたその手から、男の救いを流し込んでやる。
やがて、男の頭は破裂した。他の奴らと同じように、グチャリと音を立て、大粒の涙を流して。
頭が破裂する直前、男は自らの死を悟ったのだろう。両目から涙を流し、微笑んでいた。
「ありがとう」
男がそう言った気がした。




