第27話 二人だけの絆
4月7日 誤字修正
少女の部屋に戻り、ベッドに腰を掛ける。やたらと大きいベッドは三人が腰を掛けてもまだ、余裕があった。
俺はメイドに身振りで飲み物を要求する。喉が渇いているのもそうだが、とにかく何か書ける物が欲しい。水でも出てくれば、それで文字を書けるのだ。
メイドは俺の指示を理解して部屋から出ていった。
少女の方も十分落ち着いたようで、メイドが出ていっても、怯えた様子を見せなかった。いや、少し震えているか? まぁ、二人になってもパニックに陥らなければ問題ないか。
「貴女、強いんですのね」
唐突に少女が切り出す。しかし、それに対し俺は首を横に振った。
俺は強くない。二人に救われたこの命を復讐に使っているのだ。そんなことで、二人が喜ぶわけもないのに……。きっと二人は俺に、普通に生活してほしいと思っているのだろう。でもそれは無理だ。
俺は人を殺すのに便利な能力を発見してしまった。だから、俺は止められない。俺は弱い人間だ。
「あんなに簡単に……」
言いかけ、口を噤む少女。路地裏でのことを思いだしているのだろう。目をぎゅっと閉じ、自らを抱くようにして震えていた。
「見て欲しいものがありますわ」
意を決したように、立ち上がり、俺に向き直る少女。口を真っ直ぐに結び、自分の服に手をかけた。露わになった彼女の胸には黒い十字架が刻まれていた。
マリーにも、ランスにもあったそれは、二人の物よりやや小さく見える。二人の絆、お揃いの印を、この少女も持っていた。家族であるはずの俺はないのに……。
胸を抉る様な淋しさが俺を襲う。俺には無い二人の絆が、どうして見ず知らずの少女の胸に刻まれているのか。俺は、お揃いの印を結ぶほどの存在じゃなかったのか。二人にとって俺はなんだったのか。
ポロポロと涙が落ちる。なんだか、泣いてばかりだな。マリーの前では泣かなかったのに。いや、ランスの前でも泣いていないか? 二人がいないと、俺はこんなにも泣き虫なのか。あぁ、俺はなんて弱いんだろうな。
「泣いて、くれますのね」
何を言っているんだ? これはお前のための涙じゃない。俺の、俺自身のための涙だ。勘違いするな。
少女を睨んでは見るものの、彼女は儚い笑みを浮かべるだけで、効果はなかった。
怒る気力もない。俺はただ、ポロポロと涙を落とし続けた。
「私の頼みというのは、この印を消す事ですわ」
少女の宣言に、俺は強く頷く。あぁ、そうだ。それはお前が持っていていいものじゃない。二人の、二人だけの印だ。直ぐにでもそれを消してしまいたい。消してしまえるなら、何だってしよう。
「ありがとうございますわ」
礼なんていらない。俺は、俺のためにやるのだから。
しかし、少女の口ぶりから、この印が簡単に消えることはないのだろうとわかる。いったいどうやって消すんだ?
丁度その時、部屋の扉が開き、メイドが戻ってきた。手には盆があり、その上にはコップが三つに水の入ったボトル、それと、俺の声が乗っていた。
メイドは俺達の様子を見て察しがついたのだろう。俺に一礼し、ありがとうございます、と言った。
俺は自分の声を受け取り、言葉を綴る。
[礼はいい。それより、どうやったらそれは消えるんだ?]
「そんなことも知りませんの?」
俺は少女を睨みながら、言葉を付け加える。
[早く答えろ]
「あ、えっと、その、術者に呪いを解かせればいいのですわ」
その印を刻んだ者を脅せばいいのか? 面倒臭いな。殺すんじゃだめなのか?
[殺したらいけないのか?]
「え、いや、それでも解けると思いますけど……」
そうか、それならそっちの方が早いな。
[で、その術者の場所は?]
「……この家に居ますわ」
それは好都合。さっさと殺して、印を剥がそうか。俺は扉に手をかけた。
「「…………」」
なんだ? 行かないのか?
俺は振り返り、二人の様子を見た。
ゴクリ。そう聞こえるほどに、二人は大きく唾を飲み込む。何を緊張してるんだ? さっさと終わらそうぜ? 俺は二人をリラックスさせるため、にっこりと微笑んで見せた。
「さ、さぁ、案内します」
メイドが先に動き、その服の裾を掴みながらついて行く少女。二人ともまだ緊張が解けないのか、表情が硬く、ガタガタと震えている。そんなに危険な奴なのか? まぁ、あれだけ慎重に行動していたんだし、そいつを倒しに行くんだから緊張もするか。
俺は二人の後を追った。
二階の右奥にあるその部屋の前で俺達は立ち止まる。どうやらここが目的地らしい。
ここか?――
確認のため、目で俺はそう訊ねた。
「はい、そうです」
俺はその答えを聞き、目の前の部屋の扉を慎重に開ける。少しだけ隙間を作り、中を覗きこんだ。
部屋の中は、中心やや奥に鎮座している執務机。更にその奥には窓が見え、左右両方の壁には本棚がズラリと並んでいた。
中には誰もいないようなので、大きく扉を開け放ち、中へ侵入する。二人も後に付いて来た。
俺は左側の本棚を中心に、何か仕掛けがないか探したのだが、特に何も見つからなかった。
「も、もう、いいですわ。今日はいないようですし、また明日にしましょう。それよりもお昼にしますわ」
震える声で少女はそう提案する。その顔は青く、辛そうだった。歯をカチカチと鳴らせ、そのくせ、汗はビッシリだ。
絶対何かあるはずなんだが、少女に加え、メイドも戻ろうとしているし、二人が何処かに行ってしまってはこちらが困る。アルの件があるからな。
仕方がないので俺は二人について部屋を出た。
昼食。期待はしてなかったが、やはり没落貴族。出てきたのは小さなパンの欠片と水のようなスープだった。俺達は黙ってそれを食べ、少し落ち着く。少女はもうあそこに行きたくないのか、その話をしようとすると話をそらされてしまった。
少女は俺の目の届くところに置いておきたいし、かと言って術者と戦闘になった時にこんな状態で少女を守れるかどうか……。
あー、クソッ。いっそ一人で行くか?




