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2019/03/06 差し替え


 春の木洩れ日、と呼ぶには少々日差しの強い初夏の森の中、俺は歩いていた。いや、正確には俺自身は歩いていないんだけど……。

 まだ顔に幼さの残る金髪の少女が俺を背負って、森の中を歩いている。ゆっくりと、周りの景色を楽しむように。きっとこれは散歩なのだ。


『レリアちゃーん、あちゅくないでちゅかー』


 時折かけられる言葉は俺の知らない言語で、まったく理解はできないが、なんとなく悪意は感じられない。少し高めの声が耳に心地よいからかもしれない。

 これでもし、『お前を食ってやるぜ、へっへっへ』とか言っていたら、シャレにならない。まだ、この世界に生まれて数か月。最近ようやくちゃんと首を動かせるようになったというのに、俺の人生、はいおしまい、とかなったら、前回よりもひどい結果になる。いや、辛い思いをしない分、そっちの方がいいかもしれないが。そんなことを考えつつ、俺は周りの景色を楽しんだ。


 様々な方向に曲がった木々がてんでバラバラの方向に伸びている。その幹からは幾本もの枝葉が伸び、空を覆う様に、まるで俺達に空を見せまいとするかのように広がっている。遮られた日差しは、それでもその隙間をすり抜け、光の糸を垂らす。その光は湿った土を焦がすようにジリジリと照らしていた。


『あ、鳥さんが鳴いてまちゅよー。可愛いわねぇ』


 少女が右上の方を差し示しながら何か言っている。つられて俺もそちらを見ると青い小鳥が首を傾げながらこちらを見ていた。首は既に座っており、グリングリン動かせるのだ。いや、それは言いすぎか。

 ピョロロロロと、聞いたこともないような鳴き声で鳴く小鳥を見て、彼女は『わぁ、おいしそう』とでも喜んでいるのだろうか。若しくは、微笑みながら『うるせぇ、この薄汚い××が!』と、罵っているのだろうか。声色に似合わず恐ろしいことを口にするものだ。


 再び歩行を開始した少女の足音に交じって、コツコツと小気味良い音が聞こえる。少女の突く杖の音だ。

 少女は紐で俺を背中に固定し、左手で俺を支えている。右手には百五十センチくらいだろうか、大きな杖で地面を突きながら歩いている。地面とは逆側、空に向かって伸びている杖の先端には拳大ほどの緑の珠が嵌められており、その周りを取り囲むように不思議な文様が彫られている。紋様の意味はまったくもってわからないが、どうやらある一定の図形の繰り返しらしい。緑の珠が時折、日の光を反射し、輝いて見えた。


『よぉ、今日は散歩か?』


 森の中を歩いていると、声をかけて来たのは赤髪の男。額の汗をぬぐい、片手を上げてこちらに呼びかけてきた。


 この男も、俺達と一緒に住んでいる。年齢差的に少女と男は親子だろうと思うのだが、全然似ていない。それに、この二人が親子だとして、俺の立ち位置が気になるところだ。この男の子供なのか、それともこの少女の子供なのか。

 まぁ、答えは出ていると言えば出ている。俺の食事は少女の母乳。つまり、少女が子供を産んだことは間違いない。そして、それに該当するのは今のところ俺一人。つまり俺は少女の子供という事になる。俺のせいで母と妻を奪われた、なんてことにはなっていないようで一安心だ。


 さて、今目の前にはお爺ちゃんとお母さんがいるわけだが、それならお父さんは何処に行ったのだろう、と、それが最近の疑念だ。出稼ぎに外へ出ているのだろうか? 確かにこんな森の中で暮らしていると収入とかなさそうだもんな。とは言え、数か月、子供の顔も見ずに、何処をほっつき歩いているのだろうか。ああ、確かに、その子供が俺だもんな。見たくもないのかもしれない。という事はつまり、俺の父親は俺達を置いて逃げ出したわけだ。

 まったく、嫌になるな。向けられる笑顔が長く続くようにと祈っていたのに、努力しようと思っていたのに、俺のせいで父親がいないだなんて……。なかなかどうして、新しい人生もハードモードらしい。


 そんな憂鬱になる事実を噛み締めているとお爺ちゃんがニヤニヤとこちらを見ているのに気が付いた。怖い。常に目をギラつかせており、夜、暗い中、赤く鋭い眼光を見た時はチビってしまった。それも盛大に。まぁ、赤ん坊だし? その辺は仕方ないと思いつつも、その後男におしめを換えてもらっている時はなんだか申し訳なく思った。……なんかおしっこ止まらなかったし。


『ああ、わかったぞ。レリアを見せびらかしに来たんだろう? 昼間は独り占めできるからな』

『あら、失礼しちゃうわ。折角お弁当を持ってきてあげたのに』

『へ?』


 素っ頓狂な声を上げ、その後木の根元に置いてあった荷物を弄る男。いったい何をやっているんだろう。俺を捌くためのナイフがないとかか? それなら腰に刺さってるぞ?


『弁当が、無い……』

『折角、丹精込めて作ったお弁当を忘れていっちゃうなんて酷いじゃない』

『いやー、すまん。だけど、それで二人が会いに来てくれるっていうんだから、これからは毎日にでも忘れ物をするのもいいかもな』

 

 こちらを見ながら微笑む男。目がちょっと怖い。あれは獲物を狩る前の獣の目だ。狩る対象を選別する飢えた猛獣の目だ。『まだ肥えねぇか。もういい、待てねぇ。さっさと食っちまおう』とか言ってるんじゃないだろうか。

 となると、二人は人食いの親子で、俺の親は既に食われてて、目の前の二人はさながら人間の子供を肥育する人間牧場の管理人って所か? さっきよりもハードモードになった。なんで母乳が? とか知らない。気にしない。


『あら、私だって暇じゃないのよ? まったく、もう……』

『はっはっは、すまんすまん。でも、本当にありがとうな?』

『いいわよ、もう……』


 ため息交じりに呟く少女。仲がよさそうに話している二人を見ていると俺も話に混ざりたくなる。俺もあの中に入れたら、幸せを感じられるんじゃないかって勘違いしてしまう。

 きっと、俺が話に混ざったら、あんな風に話せない。たどたどしく、うっとおしく、空気を悪くするだけに違いない。


『レリアの顔をもっとよく見せてくれ?』

『レリアちゃーん、パパが会いたいんでちゅってー』

『おぉー、レリアー。パパでちゅよー。おちごとがんばってまちゅからねー』


 猫なで声を出しちゃって。『おいしくなぁれ、おいしくなぁれ』ってか? ああ、怖い怖い。若い方が臭みがなくて柔らかいらしいし、おいしいかもな。でも、食べるとこ、あんまりないぜ? 小さいし。


 言葉を理解できないのをいいことに、好き勝手に妄想を膨らませることができるのも、俺の心に余裕ができたからかもしれない。幸せを感じられるような、そんな気がする。


 きっと、勘違いなのに……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「大丈夫か? 無理するなよ?」

「まだ大丈夫よ!」


 俺の心配する声を余所に、マリーは風の刃で次々と丸太を切断していく。手に持った杖の先端、深緑の球は淡く光を持ち、自らが働いていることを示していた。


「まったく……」


 少しテンションの高いマリーの様子にため息が出た。マリーのテンションが高いのは我が子をその背に負っているからだろう。赤い髪に、緑の瞳。何を考えているのかわからない、何とも言えない表情をした子供。

 俺は子供を作るべきではないと思っていた。マリーの身体の事もある。俺だって常に側に居られるわけじゃない。だから俺達は、森の中で、二人っきりで一生を終えるものだと、そうあるべきだと思っていた。

 だが、今は、過去の自分を罵ってやりたい。そして自慢してやりたい。こんな愛おしい存在を否定するなんて、クソ喰らえだ! 一生そうやって、閉じこもってろ! 俺はレリアと、マリーと、楽しく、愉快に暮らすんだ! いいだろっ! ってな。レリアが成人を迎えて、この森を出ていくまでは。


「ふぃぃいー」


 力の抜けるような奇声を上げながら、マリーは次々と風の刃を作り出していた。明日はたぶん動けなくなるだろう。まぁ、それでも、マリーが楽しいなら……。


 マリーの背には襷で固定されたレリアがいる。背と、尻と、肩とに紐を通され、余程の事がない限り振り落とされることはないだろう。とはいえ、マリーが体を動かす度に固定されていない足がプラプラと揺れる。……可愛い。


 子供がいらない? 作るべきではない? 知るか! こんなにも可愛い存在を、この世に誕生させないなんて、それこそ罪だ!確かにマリーの身体は心配だった。だが、レリアはちゃんと生まれた。生まれて来てくれた。マリーも無事だ。今、目の前で魔法をぶっ放している。

 レリアが生まれて来た当初こそ、問題はあったが、衰弱するどころか、すくすくと元気に育っている。何も問題はない。相変わらず魔道具は反応していないが、もしかすると赤子には反応しないのかもしれない。先生も首を捻りつつ、問題はないだろうと言っていた。マリーにはまだ伝えられていないが、問題がないなら、余計な心配をかけなくてもいいだろう。


「なぁ、マリー。俺にも抱かせてくれないか?」

「嫌よ」

「なぁ、いいだろう? 俺だって抱きたいんだ」

「だーめ」

「なんでだ? 俺だって可愛い我が子の温もりをこの手で感じたいんだが?」

「今は、私の時間でしょ?」


 マリーの奴め。やっぱり、弁当を出汁に、自慢しに来たんだな! 弁当を忘れた身としては反論できないのが痛い。 だが、まぁ、そう言う事なら俺にだって考えがあるぞ。俺の時間になったら、たっぷりと自慢してやる。俺とレリアの二人だけの時間を見せびらかしてやる!ああ、何をしようか。


 クソッ! うまい考えが浮かばない自分が恨めしい! 精霊様、どうかワタクシメに、素晴らしいお考えをお授けください……! なんて、信者共が聞いたら卒倒するか? いや、カスパールなら笑って共感してくれるだろう。他の奴らは知らないが。

 そういえば、あいつらにレリアの事を連絡してないな。今度ヴァーノンが来た時に言伝でも頼むか。いや、手紙が一番だな。文字に残しておきたい。レリアの可愛さを、尊さを、慈悲深さを!

 さて、どんなことを書こうか……。って紙なんて家にあったか? クソッ。先生に頼むか……。



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