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第26話 流される血液

 無事部屋に辿り着いた俺達は、ほっと一息吐く。いったい何から隠れているんだか知らないが、とりあえず安心らしい。


 部屋を見渡すと、そこにはベッドと箪笥、化粧台があり、他には何にもなかった。だだっ広い部屋に、たった三つの家具。家具の一つ一つは装飾が凝っており、高級なものだと分かるのだが、如何せん、部屋の様子と相性が悪い。ただ広いだけの部屋は殺風景で、ボロボロに見える。しかし、家具だけが高級で、異彩を放っていた。



 まぁ、それはさておき、風呂はどこだ? それらしい扉は見当たらないが……。

 紙もないし、水もない。言葉を伝える術がない俺は辺りをキョロキョロ見渡すことで、自分の意志を示した。


「ここは私の部屋ですわ」


 あぁ、うん。そうだね。そんなことだろうと思ったよ? でも、俺はそんなものに興味はないんだ。アルの情報と風呂、それについて教えてくれるか?


「貴女、強いのよね。……それで、頼みというのは――」


 おいおい、こいつ、風呂の事忘れてないか? いい加減張りつく髪が気持ち悪いのだが? 


 俺は少女をキッと睨み、服を脱ぎ始める。覚えてないなら思い出させるまでだ。


「ひっ! えっ、あの、ちょっと、え?」


 怯えた驚きから、一瞬で戸惑いの驚きへと表情を変える少女。お前も忙しい奴だな。


「お嬢様、彼女は風呂に入りたいのではないかと……」


 そうそう、それだよ。なんだ、メイドの方は覚えていたんじゃないか。だったら先に言ってくれよ。もう、服脱いじゃったじゃないか。もう一度これ着るの嫌だぞ? 乾いているとは言え、ゴワゴワしてて着心地が悪いのだ。


「えっ? あっ、そうですわね。お風呂ですわね」


 こいつ、完全に忘れていたな。まぁ、確かに、いろいろあった。頭が混乱していたのだろう。でも、自分で言いだしたことだぞ? ちゃんと責任を持ってほしい。


「い、今、案内しようと思っていたところですわ。ここへは、……そう! 着替えを取りに来たのですわ」


 あー、そうですか。それなら早く着替えを用意してくれ。どうせまた、コソコソしながら移動するんだろ? ったく、時間が掛かってしょうがない。


 イソイソと箪笥から服を取り出す少女。これが素の姿なのか、それとも動揺で頭がおかしくなっているのか。路地裏で見た彼女とは違う印象に少女の将来が心配になる。


 将来? 何故コイツのそんなことを気にしているのだろうか。どうせ情報を聞き出したら殺してしまうのに。こいつに将来なんて来ないのに。


 自分の考えが気に入らず、イライラしてくる。歯をギリギリと鳴らし、無性に暴れたくなった。


「スーーーー、ハーーーー」


 冷静になれ。意味もなく怒ったってしょうがないじゃないか。怒りは復讐のその時まで蓄えておく。その方がいいだろう? 


 俺は自分に言い聞かせ、深呼吸をして心を落ち着かせた。


「あ、あの。お待たせしましたわ……」


 また怖くなったのか……。落ち着いたと思ったらすぐこれだ。怯えた表情の少女は、それでも俺に準備ができたことを告げた。さぁ、さっさと行こうぜ。



 扉に耳を付け、外の様子を窺う。よし、何も物音は聞こえない。少女とメイドは何か言いたそうに俺を見ていたが、諦めたのか、溜め息を吐いただけで何も言わなかった。


 扉を開け、足音を立てないよう、抜き足差し足で階段へと向かう。階段を下りる前に、もう一度耳を傾け、誰もいないことを確認した。

 階段を下り、右手の通路を抜ける。その突き当りにある扉を開ければ、そこに湯船とわかる物があった。


 それは石でできているのか、白く、光沢があった。大人一人が寝転がれるくらいの大きさで、部屋の真ん中にぽつんとそれだけが置いてある。湯船の中には何も入っておらず、小さな穴だけが開いていた。おそらく排水溝だろう。部屋の床には、穴に見合う程度の大きさの栓も落ちていた。


 さて、風呂だ、風呂。久しぶりだな。入ったのは……二か月くらい前か? 露天風呂、マリーやアニエス達と作ったな。みんな、元気だろうか? ポタポタと赤い雫が真っ白な石を染めていく。こんなことでどうする? まだまだ先は長いんだぞ?


 俺は頬を両手でパシンと叩くと、蛇口を探した。しかし、それらしいものはどこにも見当たらない。ん? どういうことだ?

 幸い、ここには先程出来た赤いインクと、書く場所がある。俺はその赤いインクで文字を綴った。


[水は?]

「水は今用意しますわ。イネス!」

「畏まりました」


 そう言い、メイドは両手を前に出し、青色の魔力を湯船の中へ溜めていく。……ん?


「あっ」


 小さくそう呟いた少女。メイドの方も気付いたようだ。


 俺は二人に目を向ける。少女の方は眼を泳がしているし、メイドの方はスーッと目を逸らす。お前ら……。


 呆れてものも言えなくなるとはこのことだ。確かに、俺も気付かなかった。そこは俺も悪かった。認めよう。だが、今日会ったばかりの俺にそれを気付けと言うのも厳しいのではないだろうか。お前らの属性なんて俺は知らないし、お前らからその提案がないなら、そう言う事だと俺も思ってしまう。


「……水が張れました」


 あぁ、そうだな。報告御苦労。だが、そんな事は見ればわかる。湯船いっぱいに水が張られてるな。でも、そんな事より、魔法で水が用意できるんなら、その場で身体を洗えたじゃないか!


 はぁ、もういいよ。済んだことだし。有り難くここで身体を洗わせていただきますよ……。


 手を湯船に浸け、ふと気付く。……お湯は?


 ジトーッと二人を見るが、少女の方はそっぽを向いているし、メイドの方は気まずそうに笑っていた。


「お湯は魔石を切らしてまして……」


 へー、お湯って魔石で作るんだ。知らなかった。怒りや呆れは疾うに何処かへ吹き飛んでしまい、知らない知識への関心が俺の心に浮かんだ。

 魔石か。水を温めるんだから、火属性の魔石なんだろうな。


 俺は湯船、もとい、水船に浸かり、血を落としていく。透明だった水は紅く濁り、底が見えなくなってしまった。

 何度か水を交換してもらい、血をある程度洗い流した俺は、少女の用意した服装に着替える。フリフリのついた動きにくい服装だったが、血のこびり付いたあれを着るよりはマシだ。俺はそれで我慢した。



 さっぱりした俺は少し上機嫌で風呂場を出る。さて、そろそろアルについて話してもらいたいんだが……。


 チラリと少女を見るとキョトンとした表情でこちらを見ていた。だいぶ落ち着いたようだ。これなら話してくれるかな。まぁ、とりあえずは安全な場所への移動だな。この屋敷にはなんか居るらしいし、少女の部屋で話を訊くとしよう。



 俺達はまた、ソロリソロリと部屋へと戻るのであった。


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