第19話 受け入れる事、諦める事
マリーの容態が悪いまま、一週間が過ぎてしまった。相変わらず、マリーは目を覚ますものの、直ぐに眠ってしまう。二、三言言葉を交わしただけで疲れてしまうのだ。
一応、食事も食べられるときには食べているが、やはり、その量は少ない。そんな生活を続けていたせいで、マリーの身体は痩せこけてしまっていた。綺麗だった髪も痛み、その瞳にも生気がない。
何とかしたいのに、何もできない。そんなもどかしい日々を俺達は送っていた。
カラム先生を呼びに街に行くにしても、マリーを一人残して行く訳にもいかない。なので、ただ待つしかできなかった。
そんな俺たちの元に、ようやく待望の人物が訪れた。
俺はすぐさまカラム先生にマリーの様子を診て貰った。しかし、何故だかランスの足取りが重い。せっかく先生が来てくれたのだ。これでマリーが元気になるのだ。早く診て貰わないと。
しかし、マリーを診終った後の先生の表情は暗かった。おい! 冗談は止してくれ! マリーは治るんだよな?
両手を合わせ、祈るようにして先生の言葉を待つ俺。頼む、頼むからそんな顔をしないでくれ……。
「レリアや、こっちにおいで」
先生に連れられ、寝室から出た。居間にはランスが一人、座って待っていた。
「ランスよ、レリアには言ってあるのか?」
「…………」
「そうか」
何を伝えるというんだ? 二人で話を進めないでくれ。マリーについての事なんだろ? 大事なことなんだろ?
「……だめだ。レリアには言うな」
「レリアには聞く権利があると思わんのか?」
「……レリアはまだ幼すぎる」
「いや、レリアももうすぐ成人じゃ。それに聡い子じゃ。十分、聞く権利、いや、義務があると思うのじゃがのう」
「だが!」
「お主はマリーのところへ行くがよい。レリアにはわしから話す」
「……勝手にしてくれ」
静かにそう言い、寝室へと立ち去るランス。その背中は酷く寂しそうで、悲しそうで、とても見ていられなかった。
「ふぅ。レリアよ、ランスも辛いのじゃ。今は一人にしてやってくれ?」
俺は自然と頷いていた。
俺は、これから言われることがわかっていた。そして、それを聞きたくないとも思っていた。だって、聞いてしまったら、もう……。
しかし、先生は俺にそれを聞く義務があると、そう言ったのだ。ならば聞かねばなるまい。それに立ち向かわねばなるまい。マリーの娘として、それに向き合わねばなるまい。だから俺は尋ねた。
[お母様は助かるのですか?]
カラム先生からの答えは悲しくも、俺の想像通りだった。
「いや、マリーを助ける術はないじゃろう」
マリーは助からない。なんとなくわかっていた。マリーやランス、先生の様子を見ていればわかる。マリーは助からないのだ。それでも、一分の願いを込めて、『助かるのか』とカラム先生に訊ねたのだが、願いは叶わなかったようだ。
カラム先生は言葉を続けた。
「わしは医者として、家族に真実を告げなければならん。これは医者の大事な仕事じゃ。病人のその家族は真実を知る必要があるのじゃ。じゃから、わしはお主に真実を伝えよう。二人が今まで必死に隠してきたことじゃ。それを今、お主に伝えるぞい?」
わかりました――
あぁ、そうだな。俺にはその権利、いや、義務がある。俺はそれを受け入れなければならないのだ。
俺はカラム先生の言葉を待った。
「マリーはのう、魔力が徐々に失われていく体質なのじゃ。稀にそのような体質を持った子供が生まれるのじゃが、未だに原因も治療法も見つかっておらん。ただ、わかっておるのは魔力が常に体の外へ放出されておる、と言う事だけじゃ」
マリーの魔力は薄緑色だった。今は白色に変わっているが、元気な頃は薄緑色だったのだ。その放出されていた魔力が無くなったと言う事は、魔力が尽きたと言う事だろう。つまり、今の俺のように魔力の塊が消えたと言う事だ。なら、マリーは助かるんじゃないか? 今、俺はピンピンしている。なら、マリーも直ぐに元気になるんじゃないか?
[私も魔力がありません。なら、マリーも――]
「いや、それはないじゃろうて」
無慈悲なカラム先生の言葉が頭の中に木霊する。微かに見えた希望は一瞬で打ち砕かれてしまった。
「レリアよ、お主は特別じゃ。お主の様な存在はわしも初めて聞くのじゃ。マリーのような体質を持つ人々を、わしは数人知っておる。じゃが、助かった人は誰も知らんのじゃ。確かに可能性はあるじゃろうが、限りなく低いのじゃ」
やはり、マリーは助からない。このまま死んでしまうのだ。
『死』という重く、冷たい一文字が俺に強く圧し掛かった。
マリーとの楽しかった思い出が次々と浮かび上がっては消えてゆく。
俺の歩行練習を見ていたマリー。一緒に料理をしたマリー。溺れるようにして泳いだマリー。俺を膝に抱えてうれしそうにしたマリー。恋の話を恥ずかしそうにしたマリー。いろんなマリーが走馬灯のように駆け巡った。
「ランスが戻ってきたら、マリーとお別れの言葉を交わしなさい。今はまだ、ランスがマリーと話をしておるじゃろう。お主も直ぐにマリーと話したいじゃろうが、待ってあげてほしいのじゃ。すまんな、お主ならわかってくれるじゃろう?」
ランスは今、マリーに思い出話をしているところだろう。俺の知らない、二人だけの秘密の話。きっと、俺が居たら話せないことだってある。わかってる。だから今はランスの番だ。大丈夫、今すぐマリーが逝ってしまうなんて事は無いだろう。きっと、そうだ。もう少しだけ、家族で過ごす時間が……。




