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第18話 無力

 俺達は作業を終え、荷台に木を積んだ。そして、荷台を押し、家へと向かった。


 英雄殺し。その単語が頭から離れてくれない。こびり付いたそれは、やがて、その数を増やし、俺の頭を覆い尽くす。

 

 ランスに訊いてもいいのだろうか?――


 何度も過るその疑問。しかし、それを訊いてしまったら、何か大切なものが崩れてしまいそうで、それがどうしようもなく不安で、俺は訊くことができなかった。


 だからと言って、英雄殺しという単語は俺の頭の中から消えてはくれない。


 英雄殺しとは何なのだろうか。英雄、シルヴァンを殺した者。アルと呼ばれた少年。名前もわからない少年少女。皆、ランスを英雄殺しとして扱った。


 では、ランスは……? いや、違う。ランスは人殺しなんかじゃない。俺のお父様はそんな人じゃない。きっと勘違いだ。英雄殺しだなんて勘違いに決まっている。

 

 でも、ランスの過去を俺は知らない。英雄殺しについて知るには、ランスに訊くしかない。しかし、そうしたら、俺の大切なものが崩れてしまう。そんな気がするから、それはできない。


 では、どうしたら?――


 答えの出ない疑問が堂々巡りをする。そんな状態のまま、家に着いてしまった。


 マリーに訊けば良いのだろうか? いや、マリーにも訊けない。ランスに訊くのと何も変わらない。これは触れてはならない話なのだ。そう、触れてはならない。俺の心の奥底に眠らせるべき話題なのだ。


 辺りへの注意が散漫になった状態で家の扉を開ける。そのまま居間へと足を踏み入れた。


 何だろう? 違和感……。そうだ! マリーがいない。いつもなら、おかえりなさい、と温かく出迎えてくれるマリーがいないのだ。水でも汲みに行っているのか? それならいいのだが……。


 根拠のない不安に俺の心拍数は上昇する。あんなことを考えていたからかもしれない。何気ないことで直ぐに不安になる。これでは二人を心配させるだけだ。大丈夫、何も起きてない。いつもの日常に戻るのだ。


 ランスはかっこいいけどおちゃらけた父親で、マリーは可愛くて暖かい母親で、そんな二人の娘がここに居て……。


 ふと気付く。台所に見える足。透き通った肌をさらしている足が見えた。


 マリー!――


 俺は急いで駆け寄り、マリーの様子を窺う。床にうつ伏せに倒れ、動かないマリー。まさか、さっきの奴らにやられたのか?


「…………」


 よかった。息はある。たいした怪我もしてなさそうだ。倒れた時に床に打ち付けたのか、額が少し赤くなっている程度で、他に外傷は見当たらなかった。


「……?」


 再び違和感を感じる。大丈夫、マリーは怪我をしていない。ただ、眠っているだけだ。何があったのかは知らないが、直に目を覚ますはずだ。


 そして、俺は気付いてしまった。マリーの身体から薄緑色の魔力が放出されていないことに。


 俺は家を飛び出し、ランスを呼びに行く。マリーの身体がおかしい。早く、早く何とかしないと!

 

 俺は焦りと不安で縺れる脚をなんとか動かし、家の裏手で薪割りをしているランスを見つける。


「おい、どうした、レリア?」


 俺のただならぬ様子に、不安の表情を見せるランス。クソッ! 声が出せれば直ぐに状況を伝えられるのに!


 俺はランスの手を引き、家の中まで連れて行く。とにかく早く、早く状況を伝えなければ。


「マリー! おい! しっかりしろ!」


 居間まで駆けつけたランスは、マリーをすぐさま発見し、抱き起す。叫ぶようにしてマリーに呼びかけるが、マリーは返事をしなかった。


「息はある。心配するな。眠っているだけだ」


 自分に言い聞かせるようにランスはそう呟いた。違う。眠っているだけじゃないんだ。魔力が、マリーの魔力が!


 俺はランスに飛びつき、必死に伝えようとした。しかし、言葉がない今の状態では何も伝わらない。

 俺を落ち着かせる前に、先にマリーをベッドに寝かせることを選んだランスは寝室へと入って行った。


 そうだ。紙を。俺の机の上に、まだあったはずだ。


 俺は急いで自分の部屋に入り、紙に今の状況を書き殴った。書き終えると、寝室へ向かい、ランスへその紙を見せる。


[マリーの魔力がない]


 それを見たランスは、そうか、とだけ呟いて、その後、目を閉じたまま動かなくなってしまった。


 マリーは、マリーは無事なんだろうか。きっと大丈夫だ。さっきまで元気にしてたじゃないか。そうだ。大丈夫。直に目を覚まし、元気な姿を見せてくれる。


 ただ見ていることしかできない俺は、ランスの隣でマリーの手を握り続けた。早く起きてくれ、マリー……。




 夕方になり、マリーは目を覚ましたが、また、直ぐに眠ってしまった。焦点の合っていない瞳、力の入らないからだ、消えてしまった薄緑色のオーラ。


「私は大丈夫、大丈夫だから」


 眠ってしまう前、マリーと交わしたたった一つの言葉だ。本当に大丈夫なんだな? その言葉を信じてもいいんだな?


 俺はマリーに何もしてあげられなかった。ただ、手を握っていることしかできなかった。


 ランスもお手上げらしく、ただ、マリーを見つめているだけ。


 俺達は無力だった。大切な人を救うこともできず、ただ見ていることしかできない。

 エマニュエルが居たら、マリーを救えたのだろうか。カラム先生が居たら、もしかしたら、ヴァーノンでも良いかもしれない。俺達の他に、誰か居てくれたら、何かできたのだろうか。



 俺達はただ只管に助けが来るのを待つしかなかった。


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