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2019/03/06 差し替え


 目が覚めると知らない天井があった。焦げ茶色の……木目? 木の天井っぽいな。視界は少しぼやけているが、寝起きなら、まぁ、こんなものだろう。ここは何処かとあたりを見渡そうとするも首が動かない。首の骨でも折れているのだろうか?


 ヒヤリとしたものが背中を撫でた。冷汗が出る感覚。ジトッとした感覚が不安を煽った。


 俺は目が覚める前、何をしていた? そう、工場跡で、アイツらに殴られていたんだ。鉄パイプで。そして、最後の痛みは……、頭だ。俺は最後に頭を殴られたのだ。

 頭を殴られた跡に、首が動かないという現状。俺はパニックになった。俺は脳だけが生きている、そういう状態なのか? 俺はこれからどうすればいい? いや、何もできない。何をしたらいいとかそういう次元の話じゃないんだ。


 纏らない思考。しかし、止まらない思考。


 俺が絶望の淵にいると、突然視界に入ってきた顔。それは金髪翠眼の可愛らしい少女だった。ニコニコとした顔で、こちらを凝視してくるその顔に見覚えはない。看護婦さんだろうか? それにしては服装が違う気がする。中世西洋の田舎娘が来ているような服装。アニメやラノベで出てきそうな服を着ていた。


 ん? ラノベ?


 縋るような思いで、あたりを見渡す。今度は目だけを動かして。よかった、動いた。


 木造の天井に、木造の壁。近くには木窓があり、そこからは緑の葉が生い茂る木々が見えた。風に揺れる枝葉は清々しさを与えてくれる。

 そして、少女の隣には杖。……うん、杖。少女の瞳と同じ、緑色の珠が嵌めこまれた杖だ。日本で見かけるような、歩行補助の道具としての杖ではなく、魔法使いが敵に向けて、ピカーってやる様な、大層立派なやつだった。


 そして、知らない顔がもう一つ。赤髪紅眼の強面の男。目つきが尋常じゃないくらいにヤバい。ニヤニヤしているが、その笑みが逆に怖く、ちびりそうになった。……いや、ちびった。生暖かい感覚が股間を包み込む。


 うわぁ……この歳で、と一瞬思うも、まぁ、この歳なら仕方がないかと自分に言い聞かせた。でないと精神的に持たない。どうやら俺はラノベでよくある様な転生をしたらしい。状況から察するに、恐らく異世界。


 一瞬テンションが上がった。そう、一瞬だけ。


 何故俺は記憶を引き継いでしまったのだろうか。ラノベみたいに知識無双でチート生活? そんな知識持ち合わせていない。ただの、いじめられっこの高校生が、チートアイテムを作る? 無理だ! 俺は技術を生み出す側ではなく、浪費する側だったんだから。


 だったら、前の記憶なんてなかった方が、幸せだったじゃないか。世界は俺を愛してくれない。その事実を知らずに生きていけるなら、こんな首も座っていないような赤ん坊の頃から、生きて行く事に絶望を感じなかっただろうに。またあの日々が来るのかと思うと、気持ちは沈んだ。



 いつまでも俺の顔を覗き込んでくる少女を見る。目が合うと、一瞬キョトンとして、先程よりも深い笑みをこちらに向けた。今更、可愛い少女に見つめられているという状況に緊張した。案外絶望していないのかもしれない。いや、目を逸らしているだけか。


 見た目、十五、六歳だろうか? 西洋人は成長が早いって言うし、よくわからない。まぁ、でも、だいたいそのくらいだろう。姉だろうか? 少し年が離れすぎている気もするが、そういう事もあるだろう。


 さっき見た怖い男は、三、四十代か? うーん、年齢を見抜くのって難しいよな。少し若い気もするが、祖父だろうな。あー、いや。姉の事を考えると父親か。となると母親は……?


 母親を探そうとしてみるも、特にそれらしい人物は見当たらない。普通なら一番近くに居てもいいはずなのに。俺の見える範囲が狭いからだろうか。そうあってほしいと思いながらも嫌な想像をしてしまう。母親は既にいないのではと。

 出産は結構な体力を消耗するらしい。昔テレビで野生動物の特集かなんかで見た。出産はリスクが大きいと。つまり、俺を出産したことで、母親が他界したのかもしれないのだ。もしそうだとすれば、俺は今目の前にいる二人に恨まれる存在になる。少女からは母親を、男からは妻を奪ったのだから。


 今のところは二人とも笑いながら俺を見ている。片や眩しいほどの、片や悍ましいほどの。だが不思議と悪意を感じない、優しい笑みだ。こんな顔を向けられたのは何年ぶりだろうか。いや、そもそもこんな顔を向けられたことがあっただろうか。

 今はふたりとも、俺を嫌ってはいないらしい。この笑顔が、どれくらい続くかはわからないが、長く続くことを願って、俺は眠りについた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつまでもレリアの顔を見ているマリーの横顔を見ながら、俺は先生の診察結果を思い出していた。



――生まれたばかりのレリアに、魔道具が当てられる。無色透明なガラス玉のようなそれは握れば魔力の属性に応じた色を示す。出産の前から二人で相談して決め、先生に頼んでもってきてもらったものだ。

 俺はベッドで横になっているマリーに目をやった。出産の疲れからだろう。すぅすぅと寝息をたてながらマリーは眠っている。無理もない。男の俺にはわからないが、出産なら何度か立ち会ったことがある。屈強な戦士だって悶絶するほどの痛みだ。


 さて、と一息入れ、気持ちを落ち着ける。想定していたこととは言え、実際に目にするとやはり違う。嫌な汗が背中を伝って行くのがわかった。


 レリアに当てられた魔道具を再び見るも、何も反応がない。魔道具は無色透明なまま、レリアの手に当てられている。ただのガラス球にしか見えない。もういっそ、ただのガラス玉であってほしいと、そう思った。


「故障じゃないのか?」

「ふむ……」


 俺の疑問に、先生も頷き、魔道具を握りしめた。すると魔道具は橙色に染まり、輝いた。


「くっ……そ。貸してくれ」


 叫びかけ、慌てて声を小さくする。二人を起こしてはいけない。奪い取るように先生から魔道具を借りると、今度は自分の手で握りしめた。すると魔道具は、また、正常に、黄色の光を放った。残念ながらただのガラス玉というわけではないらしい。


「…………」


 今度は、恐る恐るマリーの腕に当てる。起こさない様に、そうっと。


「故障ではないようじゃな」


 先生の言う通り、魔道具は緑色に染まった。


「ランス」

「わかってる。……こっちで、頼む」


 先生の話を聞くため、一旦部屋を出た。今のマリーに聞かせるのは不味い。ただでさえ出産直後で、精神が不安定なのだ。これからの話の内容を考えると、万が一でも聞かれてはいけない。寝ていてくれて本当によかったと思う。


 部屋を移り、席に着く。机を挟んで向かいに先生も座った。


「レリアはどうなんだ?」


 わかってはいることだが、それでも聞かずにはいられない。俺の勘違いであってほしいと、そう願って。だが、無情にも、先生の顔は悲しみを湛えていた。


「そうじゃ、な。レリアは魔力が極端に少ない様じゃ。魔道具が反応せんくらいにな」


 先生のその後の言葉を聞くのが怖い。叫んで、その言葉を遮りたくなる。だが、聞かなければ。我が子の一生に関わることだ。そう、一生に……。


「あまり長くは持たんじゃろう。今は何とか息をしておるが、生まれてきたこと自体が奇跡じゃ。徐々に衰弱しはじめて、息も出来んくなる。持って数週間といった所じゃの」


 先生は自分の信念にしたがって、診断結果に隠し事はしない。真実を伝えるのが医者の仕事だと、そう思っている。俺だってそうだ。先生のもとで育ったから、その理由はよく知っている。だけど、いざ、自分がそれを告げられる立場になると、どうしても、なんで、俺に、それを! とそう思ってしまう。

 先生は悪くない。誰も悪くない。子供が生まれた。喜ばしいことじゃないか! なのに、なんで、なんで!


 赤く染まる視界。深呼吸をして、何とか落ち着こうと試みる。涙が止まらない。とうに枯れ果てたと思っていた涙が、止まらない――



 あの後先生は、レリアをどうにかするための方法を探しに、自宅へ戻っていった。

 俺はと言うと、未だにレリアの事をマリーに言えずにいた。いつかは言わなければと、思いながら、言えずにいる日々を過ごしているのだ。だからこそ、こうやって、マリーは笑いながらレリアを見ていられるのだろう。


 レリアを見ると、穏やかに眠っている。その顔を見ると、このまま目を覚まさないんじゃないかと思ってしまう。だけど、レリアは何度も目を覚ました。目を覚ます度、心から安堵する。そして、我が子の愛おしさに笑みがこぼれる。今度もきっと目を覚ましてくれるはずだ。


 先生が宣告した余命は数週間。まだ猶予はあるが、打開策は見つかっていない。でも、きっと、何とかなるだろう。レリアは何度も目を覚ました。衰弱なんてしていない。ほら、今だってマリーの指をぎゅっと握っている。大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。


「あ!」

「どうした!」


 マリーが突然叫んだ。思わず俺も叫んでしまい、レリアも目を覚ましたようだ。


「あ、レリアちゃんが起きちゃった。ごめんなさい」

「ああ、すまん。俺が叫んだからだ。レリア、ごめんな」


 レリアが目を覚ましたことに安堵しつつも、謝罪を口にした。


「それで、どうした、マリー?」

「あ、うん。おしめが濡れてるから変えなきゃって思って」

「そうか。やり方はわかるな?」

「もっちろん! これでもお母さんなんですからね!」


 小ぶりな胸を張り、エッヘンと息を吐いたマリー。レリアが生まれる前から先生に色々と教わっていたのだ。その成果を見せてくれるのだろう。

 こんな些細なやり取りに喜びを感じる。心の底にある感情さえなければ、俺はもっと、この幸せに浸れたのにと、そう思う。だが今は、この、長くない幸せを噛み締めようと、そう思った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 レリアちゃんが無事に生まれて来てくれた。ランスは私を気遣って何かを隠しているみたいだけど、なんとなく予想はついている。でも、ランスが隠すべきだと判断したのなら、私はそれを知らない方がいいのだと思う。それに、レリアちゃんは元気だ。お乳もいっぱい飲むし、良く寝る。夜泣きだってしない。問題はないのだ。

 私は眠っているレリアちゃんの頭に触れた。ほんのりと伝わるレリアちゃんの熱。頭を撫でればふわふわの柔らかな赤毛が掌をくすぐる感触が心地いい。ランスと同じ赤い髪の毛だ。

 ランスは自分の事を返り血を浴びた様だと卑下して言うけど、誰かを守るために浴びてきた血は誇りだと思う。だからこそ、私は今ランスの側に居るし、レリアちゃんも生まれてこれたのだ。

 レリアちゃんも誰かを守る人になるのかな? あまり危ない事はして欲しくないけど、レリアちゃんが自分で決めたことなら、私は応援しよう。でも、しばらくは私とランスに守らせてね?

 レリアちゃんの瞳は深緑色だ。私と同じ。ふふふ。ちゃんと二人の血を受け継いでいる。そのせいで苦労を掛けてしまうこともあるかもしれないけれど、その時は私たちが何とかするんだ。それが親の定めのはずだから。

 顔付きはどっちに似ているかしら。そうね、女の子だし、私に似ているのかしら? あ、でも、目元はランスに似ているわね。将来は凛々しいクールな女の子に育つかも。やっぱり誰かを守る様な子になりそうね。



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