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2019/3/6
いつの間にか眠ってしまったようだ。昨日ははしゃいだからな。疲れたんだろう。ちょっともったいなかったな。いっぱい話したかったのに。
ベッドの傍、棚の上には昨日もらった髪飾りが置いてあった。俺はこそばゆく感じながらも、幸せを胸いっぱいに詰め込みつつ、髪を結った。……が、うまく縛れない。マリーにまた結ってもらおう。俺は黒いリボンを手に持って、寝室を出た。
「おはよー」
「あら? おはよう」
「おはよう、レリア」
「おはようじゃ」
あれ? 三人共起きてた。少しくまがあるように見えるが、遅くまで起きていたのだろうか? 疲れているだろうし、なんだか、頼み事をするのは気がひけるな……。
「あら、レリアちゃん。こっちにいらっしゃい。髪を結んだあげるわ」
俺の様子を見て、マリーがそう言ってくれた。申し訳ない気もするが、マリーの顔が笑顔だったので、好意に甘えることにした。
テーブルには既に朝食が並んでいる。昨日のような豪勢な食事ではないものの、おいしそうなスープだ。こういういつもの食事も悪くない。
「レリアちゃん。お顔を洗ってきたらご飯にしましょうか」
「はーい」
急いで水瓶のある場所に行き、顔をパシャパシャと洗う。ゴワゴワしたタオルで顔を拭き、食卓についた。
「「「「いただきます」」」」
今日の献立は、イモに豆のスープだ。イモはホクホクでおいしいけれどけれど口の中の水分を持って行ってしまう。パサパサした口に豆のスープを流し込むと豆の旨味が乾いた口に沁みわたり、じわぁっと広がっていく。何とも言えない幸福感が味わえた。朝食をぺろりと平らげ、今日は何をしようかと、リボンを弄りながら考えていると、マリーが口を開いた。
「ねぇ、レリアちゃん。昨日、魔法を使いたいって言ってたじゃない?」
「え? あ、うん……」
不意打ちの内容に、俺は焦る。どうしようもない不安が、俺の心を満たしてくる。だけどそれは、続くマリーの言葉で杞憂だとわかった。
「今日は魔法の練習をしましょうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私の言葉を聞いて、レリアちゃんは目に見えて喜んでいた。それを見て、私も嬉しかったし、ランスも先生もそう感じているはず。だけど、その前に、言っておかなくちゃいけないことがある。とてもショックな事だけど、でも、絶対に知っておかなくちゃいけないことだから。先延ばしにしてしまった、レリアちゃんの魔力の事を。
「あのね、レリアちゃん。魔法を使う前に、知っておいて欲しいことがあるの」
「なぁに?」
「それは、儂から話そう。レリアや、魔法には何が必要かわかるかのう?」
「うーん、じゅもん」
「ほっほっほ、レリアは難しい言葉を知っておるな。じゃが、呪文はちと違うかのう。正解は魔力じゃ」
「なるほど~」
「魔法とは、魔力を使う行為を指すのじゃが、簡単に言うと、身体の中にある魔力を外に出すということじゃな」
「ふむふむ」
「そしてな? 魔力にはいくつか種類があるんじゃ。光、水、風、火、土、雷、闇、とまあ、こんなとこじゃな。人間は、生まれたときから持っている魔力の種類が決まっておってな、魔力の種類によって、できることとできないことがあるんじゃ。ほれ、ランスや」
「ああ」
先生が呼びかけると、ランスは掌を上にあげ、そこに魔力のオーラを集め始めた。黄色のオーラが球状に濃く、塊を作っていく。そして、光の珠になった。
「ランスは光の魔力を持っておるから、光の玉を出せる。一方、マリーは、レリアも見たことがあるじゃろう? 風の魔力で薪を切ったりするのが得意じゃ」
レリアちゃんは私を見ながら、うんうんと頷いた。その可愛さに緊張の糸が緩んでしまう。けど、今は、そういうことをしている場合じゃない。私は、再び気を引き締めた。
「さて、魔法には魔力が必要で、魔力の種類はたくさんあることがわかったかのう?」
「わかった!」
「よしよし、えらいぞい。では次に、これを使って見るかのう」
そう言って先生が取り出したのは、属性を判断するための魔道具だ。家に来るときはいつも持ってきている。レリアちゃんと、私の診察のためだ。その結果は既に分かっているけれど、どうしても期待してしまう。もしかしたら、と、そんな気持ちでいっぱいになる。
「それしってるー。よく、せんせいがつかってるやつだ」
「うむ。よく覚えておるのう。そうじゃ。レリアも触ったことがあるじゃろうて。これはな、魔力の種類を判断する道具なんじゃ。ここの部分がな、魔力の種類に応じて色を変えるんじゃよ」
そう言いながら、先生は無色透明な水晶の部分を指差した。
「ランスが触ると黄色、マリーが触ると緑色、儂が触ると橙色。そして、レリア、お主が触ると……」
「とうめいのまま?」
「そうじゃ。それが意味するところは、お主の魔力が殆どないということじゃ。道具が反応できんほどにな」
「えっと?」
レリアちゃんは言われた意味をあまり理解できなかったのか、キョトンとしていた。ちゃんと理解させなければと思う一方で、理解させるのが怖いと思う自分もいる。母親失格だと思う。私のせいなのに、それを伝えるのが怖いだなんて……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は魔力が少ないらしい。みんなと同じように白いオーラを纏っているのに。あの機械は属性を知るためのものらしいけど、魔力量だったら、別に、オーラを見ていればわかるんじゃないだろうか? すごい魔法使いのマリーが一番オーラが大きくて、あとはみんな同じくらいの量だ。とはいえ、こういう機械があるなら、オーラはみんなには見えていないらしい。オーラが見える、イコール、忌み子とかだったら嫌なので、その辺は黙っておこう。嫌われる要素は少しでも排除しておかないとな。
「わたしはまほうつかえないの?」
「正直言って、それはわからないんじゃ。お主が魔法を使えるか、それとも魔力が足りぬのか。試してみんことにはな」
つまり、それをこれから試すってわけだ。なるほどな。もし失敗しても、魔力量が少ないせいだから、気にするなと、そういうことらしい。
きっと保険だ。俺に気を使ってくれているんだろう。ただ、それにしては、みんなの表情がこわばっている。もっと、深刻な話をされるのかと思ったけど……。演技が上手いな。
「レリアよ。ここからが大事な話じゃ。魔力が足りなくなることは、とても身体に悪いことなんじゃ。じゃからのう? 魔力の少ないレリアが魔法を使うことは本当に、本当に危険なことなんじゃ」
先生の言葉に、俺は黙って頷いた。魔力があっても、ボカスカ使ったら危ないってことを子供の俺にわかりやすく説明してくれている。子供は言っても聞かないことが多いからな。こういう説明をしてくれるのはちゃんと俺のことを考えてくれている証拠だ。
「レリアはこれから、魔力の量に気を使って生活せねばならん。じゃから、魔力を操るすべを、これから学ぶんじゃ。レリアの身体に、悪いことが起きんようにのう。真剣に取り組むのじゃぞ?」
「はい!」
「うむ。いい返事じゃ。それでは、早速、訓練と行こうかのう」
こうして、俺の魔法の訓練が始まった。
みんなで家の外に出た。どうやらランスが魔法を教えてくれるらしい。すごい魔法使いのマリーが教えてくれるのかと思ったけど、魔力量が少ない俺には、すごい魔法じゃなくて、簡単な魔法を教えるってことなんだろう。或いは、単に子供には簡単な魔法だけでいい、とか?
「えっと、まほうのやりかた、おしえてください」
「そうだな、よし! パパがんばっちゃうぞー」
先程の空気感とは打って変わって、ランスの口調は軽かった。普段以上の軽さに少し違和感を覚えるが、娘にものを教えられるということで、すこしテンションが高まっているのかもしれない。生暖かい目で見てあげよう。
「先ずは観ていてくれ」
「はい」
家の外、少し開けた場所で俺とランスは向かい合っていた。マリーと先生は広場の隅で俺たちを見守っている。
ランスは片手を前に出し、掌を上に向けた。脚を肩幅に開き、腕はゆったりと構えられている。先程、光の珠を出した時と一緒だ。
「行くぞー」
その一言で、ランスの掌から黄色い魔力が放出され始め、その上方へと集まり出した。身体から出る魔力とは異なる色の魔力。白ではなく、黄色の魔力が球状に集まっていく。魔法を使うときは、魔力の色が魔道具と同じ色になるようだ。
魔力の球状の靄は次第に、濃く、大きくなっていった。はじめは微かなモヤだったものが、次第にしっかりと認識できるようになり、霧と空気の境目が明確になってくる。しっかりとした球形になったところで、魔力の塊からは淡い光が発せられ、靄の中に光の球が出来ているのが見えた。
「どうだ? これが魔法だ」
「すごい!」
何度見ても面白い。魔力を別のものに変換する技術は俺にとって、全くの新しい知識で、それだけ新鮮に感じられた。
「よーし、レリアもやってみるんだ」
「はい」
ランスに近づき、片手を前に出す。脚を肩幅に開き、深呼吸をした。
「スー……ハー……」
精神を集中させていき、身体の流れを感じる。血液が全身を流れるような、そんな感覚を得る。きっと、これが魔力なのだろう。前の世界ではこんな流れを感じたことはなかった。そんな力が魔力ではなくなんだと言うのだ。
俺はその流れを一か所に集めるようなイメージをした。突き出した掌、さらにその上方へと、先程見た光景を再現するように、俺は魔力を集めた。しかし、掌に集めた俺の魔力は皮膚を境にそれ以上は進まなかった。
「……っ」
「いいか、レリア。魔力を感じるんだ。体の中心、胸よりもちょっと下の方に塊があるのがわかるか?」
塊? 俺は示された場所へと意識を落としていった。……あった。今まで気づかなかったが、全身を流れていない、力の塊が確かに存在していた。場所は鳩尾のあたり、その大きな塊は正しく力の結晶だった。俺はゆっくりと頷いた。
「よし、それが魔力だ。魔法を使うときはそこから力を引き出すんだ」
そうか、今まで俺は流れる魔力を外へ出そうとしていたからうまくいかなかったんだな。この塊を使えばきっと俺も魔法を使えるようになる。魔力が少ない? 力の結晶は十分すぎるほど大きく感じる。俺はすごい魔法使いのマリーの子供だぞ? 大丈夫だ。俺だって魔法を使える。みんなと同じように、魔法を使えるんだ。
「深く考えなくていい。ただ、掌から魔力を出すイメージをするだけでいいんだ。そうしたら、お前に合った属性の魔法が使えるようになるから」
属性。俺のはなんだろうな? 白だから、ランスと同じ光か? でも、先生も同じ白色のオーラを纏っているのに違う属性みたいだし……。それに、あの機械だって、黄色にはならなかった。うーん、無色となると……無属性か? そもそも無属性なんてあるんだろうか? 聞いとけばよかったなぁ。まぁ、いいか。魔法を使えば、自分の属性がわかるだろうし。
普通じゃないっていうことは、それだけで、嫌われる原因になる。俺の魔力が少ないと思われることも、普通じゃないことの一つだろう。魔力が見えることも、そして、転生者だってことも。俺は普通じゃないことを抱え過ぎている。だから、今、ここで、俺が普通なところを見せなくちゃいけない。俺の魔力は少なくないってことを示さなくちゃいけないんだ。
マリーの方を見た。マリーは胸の前に両手を合わせ、今にも泣きだしそうな顔で懇願していた。その隣で先生は腕を組み、真っ直ぐと俺を見ていた。目が合うと、しっかりと頷いてくれた。ランスは微笑み、俺の頭をくしゃくしゃとなでた。
「大丈夫だ。お前ならできる」
俺にはみんながついている。大丈夫だ。俺は魔法を使える。俺は魔力の塊を解き放つ。ただ、魔力を放出するイメージだけを持って。
―― ド ク ン ――
内側から強くたたかれるような衝撃の後、全身が引き裂かれるような痛みが俺を襲った。張り裂けんばかりの痛みにのた打ち回るが、一向に良くなる気配はない。そればかりか、痛みはどんどんと増していく。
内側から何かが外へ出ようと身体を圧迫してくる。しかしそれは、俺から出ていくことはなく、俺を内側から押し続けた。自身の境目がぼやけるような感覚に俺の存在が不確かになる。
「――――っ!――っ!――っ!」
誰かの叫び声。視界に映る太く歪な手。パンパンに膨れたそれは赤黒く斑に染まり、その不気味さを増していた。
息ができなくなった。必死に喉を抑えようともがいた。喉を抑えれば息ができるようになると、そう信じて。しかし、俺は自分の手が何処にあるのかもわからない状態だ。それどころか、足も体も喉だって、俺を構成するもののはずなのに、それが何処にあるのかわからなかった。自分が今喉を押さえているのか、抑えていないのか、まったくわからなかった。
わからない。……わからない。……わからない。
次第にわからないという事もわからなくなり、思考があいまいになる。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい……
次第に暗くなる世界。こんなこと、前にもあったな……。俺は死ぬのか? せっかくの幸せを、俺は手放してしまうのか?
俺は何のために生まれてきたのか。前の世界の失敗を繰り返さないため、この世界でやり直すために生まれてきたんじゃないのか? 前には得られなかった幸せを、俺は今感じている。そのはずだ。
幸せを得られたから、だから目的は達成されたのか? だから俺にはもう生きている価値はないのか? 嫌だ! 俺はまだ、この幸せを感じていたい! この幸せの中で生きていたい! 生きていたいんだ、生きて――




