三十一日の日 4
「おう市野瀬、どこか行っていたのか?」
荷物を持って机に戻ってくると、またもパソコン画面に釘付けの上司大川が声をかけてきた。
「はい、今、担当作家の所へ」
そう俺が言うと、大川さんはご機嫌な様子で俺を手招きして、呼び寄せた。
「そう言えば、お前さんあの例の新人作家の話を聞いたことがあるか?」
大川さんは内緒話でもするかのように手を口の横にもっていき、話を進めた。別に彼にはあっち系の趣味はない。
「何の事でしょうか?」
「えっ?知らないのか?あの謎の連続新人賞受賞作家を」
「謎の?いや、知らないです」別にとぼけているつもりはなかった。
「本当に知らないのか?ライトノベルから、ミステリ、ラブコメ、青年文学賞を全て総受賞した新人作家がいるっていう話。編集者ならだれでも耳にする今話題のビッグニュースだぞ」
「本当にそんな人がいるんですか?」甚だ信じがたい。
「しかも驚くところはそこだけじゃない。そいつは応募の時に、住所、電話番号、その他の個人情報は一切記載しないで投稿しているんだ」
俺は一瞬考えた。
「でもそれでは…」
「ああ、そうだ。本当なら審査の対象にはならないはずなんだ。しかし、そいつは賞にしっかり入っている」
「どういうことですか?」
「俺は今それを調べているんだ。どうもうちの出版社の賞も取っちゃったらしくてな、俺が担当する事になっちまったんだ」
大川さんは少し苦笑いをした。それでも俺にはあながち嬉しそうにも見えた。それはそうだろうな。売れると分かっている作家の担当になれたのだから。その時に売れない作家、美夜空の事が思い浮かんだのは言うまでもない。
「作家名すらないんですか?」俺は何となく気になって、話を掘り下げる。
「いや、あるんだそれが。今そいつの事を調べていたんだ。ペンネームか本名かいまいち分かってはいないのだが、その作家の名前は『東條美月』というそうだ」
「えっ…」俺の頭が一瞬にして真っ白になった。
「どうした? そう言えば、今そいつの事を調べていたんだが、どうもおかしなことを発見しちまったようでな。関係のない別人だと思うのだが、静岡にいたという東條美月という人は…」
俺はゆっくりと生唾を飲んだ。
「十年前に死んでいるらしいな」