出会い 2
ようやく彼女の家に着いた。距離的にはあまり遠くないように思えたが、美月さんの身長がやはりあまりにも小さく、歩幅が狭いので、その分歩くのに時間がかかってしまった様だ。
美月さんの家の屋根の方を見上げると、ここら辺では珍しい二階建ての一軒家だった。
二階建てなんて普通だろ、と思うかもしれないけど、俺の家は一階建てだったので、少しうらやましかった。
「ただいま」
美月さんが玄関の扉を開けて、とても小さな声を出すと、二階から何やら物音がして、そのあと誰かが階段を降りる音が聞こえた。
「おかえりぃ」
階段は垂直に折り畳められた形で、階段の降りる音が聞こえていても、誰が来ているかは見えなかった。
ただ、今階段の方から聞こえた声は女の人のものだった。
階段を降りる音が少しずつ近づいて、そしてその声の持ち主の顔が現れた。
「あれ?美月、入学式そうそうに彼氏、できたんだ?」
一人の少し背の高い女性がこっちに歩み寄り、急にそんな事を言った。
「「えっ!?」」俺と美月さんは同じタイミングで驚きを口にした。
俺はその場で口を開けたまま驚いていたが、美月さんはとても慌てた様子で、反論した。
「ち、違うよ、お母さん!」
俺はそう聞いて驚いてしまった。何に驚いたのかというと、美月さんの反論した内容だった。
お母さん?お母さんって言った?
どういう事かというと、俺にはどう見ても、その女性が高校生の親と言うほどの歳には見えなかったのだ。姉でも通りそうな程若々しく、髪も茶髪のロングを無造作にしていて、まだ二十代の大人の女性のような印象を受けていた。
けれどまたそれとは対照的に、なぜか少しだけ美月さんのお母さんは、普通の人よりも肌の色が白っぽくて、病気なのかと思わせるような顔色をしていた。口には出さなかったけど。
「いやぁ、あんなに人見知りだった美月が大胆に家まで連れて来ちゃうとはね」
ははん。といった目つきで俺達、主に俺を見ていた。
「だから違うんだって!」
俺はその大きな声に少しびくりと反応してしまい、そして美月さんの方を見た。こんな大きな声出せるんだ。
顔は真っ赤で、とてもあたふたしていた。
「どう君、夕飯は何がいいかな?もちろん食べてくよね?」
美月さんのお母さんは俺を見てにやにやしていた。もう美月さんをからかいたくてしょうがないようだ。
当の俺はというと、早く美月さんのお母さんに名前くらいは名乗りたいのだけれど、完全に彼女のペースに乗られて言い出すタイミングがなかった。
「もう、お母さんいやだ…」
「ごめんね美月、だって美月にそんな度胸ないもんねー」彼女は優しい目をして美月さんを見ていた。
俺はそれだけで、穏やかな気持ちになれた。
本当に仲のいい親子だな、と思った。
そのあと、俺は美月さんのお母さんに自己紹介して、そして先程の事情を説明した。
わかってくたようで、もちろん夕飯は戴かず、美月さんのお母さんに車に乗せられて家へ帰った。
乗ってきた車は何故か女性に似合わない軽トラで、二人しか乗ることのできないものだった。だから自然と美月さんのお母さんと二人でその軽トラに乗ることになったのだ。
えっ、どういう事?
美月さんは些か不満を持った表情で俺を見送っていた。たぶん自分の母親が俺と二人きりになった時、また変な事を言うのではないかと心配しているのだと俺は察した。
車に乗っている時、やはり緊張を隠せず、借りてきた猫のように揺れる車の助手席で黙りこくっていた。その中で美月さんのお母さんは、陽気に鼻歌を歌ったりしていた。
車は山奥にある家へ目指していて、車がギリギリで二台通れるくらいの山道を走っていた。
辺りは暗く、外灯も何十メートルに一つある位で、頼りになるのは、頼りない軽トラのライトだけ。
すると、隣で鼻歌を歌っていた彼女が、黙りこくって前をずっと見つめていた俺に話しかけてきた。
「一矢君だっけ?」
「はっ、はい」俺は急な受け答えに声が少し裏返ってしまった。
「美月と仲良くしてあげてね」
「あ、はい」
そのあとは自分でも不思議と思える程平常心だった。
「あの子ね、あんな内気な性格だから、昔から友達が少なくてね、いつも姉の美星としか遊んでいなかったのよ」
俺は彼女の方を見つめていたが、彼女は喋りながらも、くねくねの山道に眼を放さず運転する。
「は、はぁ」
「あんな普通に他人と話しているあの子を見たのは初めてだわ」
「あれが、普通ですか…」
まあ、内気な性格だったと言っていたから、あれが良い方なんだろう、と思ってしまう。
「そうよ、とっても楽しそうだったわ。もっとも、君はもう他人じゃないけれどね」
やはり嬉しいのだろうか、入学式そうそうに友達ができている娘を見て。
「で、どっちが先に告白するのかしらね」
「は、はぁっ!?」俺は小さなスペースの軽トラの中ではち切れる位の大きな声を出してしまった。
俺は当然の如く困惑した。暗かったからよかったものの、昼間だったら、この陽気に彼女に、すぐ顔が赤くなっているのが露呈されてしまう。
「あれ?君、もう彼女いるの?」
「いませんよ!けど…」
「うふふ、冗談よ。でも、本当にあの子とは仲良くしてあげてね」
俺は彼女の元気そうな笑顔を見た。本当に嬉しくて仕方がないようだった。
「はい!」
自分でもなぜか分からなかったけれど、とても嬉しかった。
いや、本当は分かっていたんだ、たぶん。