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なにもない六日の日  作者: 水無月旬
一日の日
12/31

一日の日 2



「ただいま」

玄関の引き戸を開ける。

「おかえり」

母さんは、玄関の真ん前にある畳の部屋にいて、置いてある椅子に座ってテレビを見ていた。

「急にごめんな、はいお土産」

俺は適当に東京駅で買ってきた、甘味のお菓子を渡した。最近母さんが糖尿病を心配しているのは知っていたが、これ以外母さんが喜ぶものを知らなかった。

「ありがとうね」

母さんはそれを受け取って、すぐさま玄関から見て左側にある部屋の仏壇の下の床にお供えする。年寄りになると、そういう事には俊敏に動くようになるものだ。

「六日までいて、深夜に帰るつもりだから」

「あんたにしては、結構長く居るねぇ」

「まあ、色々あってね」

 意味深な感じに言ってしまったが、母さんは別に気に留めるわけでもなく、ただ「そう」とだけ返事をした。

「ちょっとこれから行かなきゃならない所があるんだけど…」

「美月ちゃんの所かね」母さんはお菓子を供えた仏壇の方を見ながら言った。決して俺の顔を見ようとはしなかった。

 俺は一瞬びくっ、と体がこわばって、母さんの方を見る。

「でも…線香だけはあげていきなよ」

「わかってるよ」

 俺はすぐさま重たい荷物をその畳の部屋に置いて、隣の部屋の仏壇へ行って蝋燭に火を灯すためにマッチを点けて、線香に火をつけた。仏壇の線香は何本あげればいいか忘れてしまったが、確か二本だったような気がしたので、二本あげた。

 家に入ったときから感じたが、懐かしい線香の匂いがした。この家自体が線香臭いのだ。

 仏壇の鈴を鳴らして、チーンという音が家中でこだまする。その音を感じながら手を合わせて目を瞑った。

 昔から、この目を瞑ったときに何を考えればよいのだろう、と疑問に思っていたのだが、いつも無心だったような気がする。けれど今日は神社でもないのに、目を瞑って、合掌して、願い事をしている自分に気が付いた。

 

 自分では数秒だけ目を瞑っていたつもりだったのに、目を開けると、近くにはもう母さんはいなく、昼食をリビングに準備しているようだった。

 俺がそちら側へ向かうと、

「ずいぶん長かったねぇ」と母さんがそう言うから、それだけで俺は動揺してしまった。

 昼食はいつも社内食堂で食べている脂っこいものよりかは少し物足りない気がしたけれど、健康に良い食事だった。

 菜の花のおひたしに、蒟蒻の煮物、焼き鮭に、レタスだけのサラダだった。菜の花もレタスもうちの隣にある畑で採れたもので春の風味が出ていた。蒟蒻もこの地域の特産品と言えば特産品だ、と言うより、ただ田舎っぽいものだった。

 何となく昨日から調子が崩れていたので、今まであまり食べていなかった。だけど健康に良いものだったから、あるだけ食べることが出来た。何よりおふくろの味ってやつ?それが今の自分に良く滲みた。

 腹ごしらえをしたところですぐ出かける準備をした。準備と言っても、上司から渡された例のあれを持っていくのと、やはりこちらは山で、少し東京より気温が低く感じられたから、春らしい薄着から少し厚手のものに着替えるだけだった。この家には毎年同じ時期に帰っているので、それくらいは予想が出来た。俺はしっかり厚手の洋服も東京の家から持ってきていた。

 今から向かう場所には歩いていくと、軽く一時間はかかってしまい、自転車で行くのにも山なので坂道が多い場所である。無駄なエネルギーは使いたくはなかった。かといって俺は母さんみたいに車が運転できないわけではなかった。免許書もしっかり持っている。ただうちには車がなかったので、また向かいの家の人から車を一台借りる。毎年の事だったので、何も言わず貸してくれる。白いワゴン車だ。



まとまった投稿ができずすみません(;'∀')

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