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なにもない六日の日  作者: 水無月旬
一日の日
11/31

一日の日 1

  私はいつもドジっ子で、明るくて、私には一つもない才ばかり持っている彼女の面  倒を見ていた。年は大きく下に離れていて、今の私から見ると、高校生の彼女はずい  ぶんと可愛いものに思えた。

  彼女は最近、私との会話を避けているように思えた。

  なぜか私に隠し事をするようになった。昔はそんなことしなかったのに。

  でも私は彼女のすべてを知っている。だって姉だもの、三人しかいない家族で、私  はいつも彼女を見ている。もちろん彼女の隠し事も知っている。

  背中を押してあげたい。

  小さくても、私よりも、父よりも、そして誰に対しても優しかった母よりも大きな  背中を私は押してあげたい。

  でも、やはり自分でやらなければならないだろう。


  私はそう思って、今日も小心者の可愛い妹を見つめていた。



 新幹線の中で俺は美夜空の書いた小説をまた読んでいた。長編のようで、一章は女性主人公の話、そして第二章は主人公の姉の話のようだった。

 第一章を読んでいた時もそうだったのだが、俺はこの物語に何かしらの違和感を抱いていた。

 もしかしたら、これと似た本を読んでいて、何となくどこかで既視感を感じたのかもしれない。

 さっき東京から静岡県東部の三島辺りまで来る途中、ずっと新幹線の中で寝てしまっていた。

その時に、昔の夢を見た。

 まだ彼女の事が忘れられなかった。そして思い出させたのも、忘れなくさせたのも、あのことがあったから。

 最近まで俺は忘れようと必死でいた。無理矢理忘れようとしたわけじゃない。意識をどうにか別の方向へ向かわせ、平常心でいようとした。思い出そうとすればいくらだって思い出せるのに、頑張って長い年月をかけて忘れようとした。

 けれどやっぱり忘れることができなかったようだ。

 美夜空の小説の第二章を読んでいる間に、もう新幹線は静岡駅に着く頃で、俺は大きな荷物を持って、新幹線を降りる準備をしていた。

 静岡駅について、俺は何となく懐かしい気分がした、毎年帰って来ているはずなのに。駅も、駅周辺もあまり変わり映えしないように思える。それはもちろん、毎年毎年、静岡でも発達は一応しているのだが、東京程ではない観点から考えて、やはり懐かしい感じがするのだ。川根に帰ったら、一層その気持ちは強くなるだろう。

 そしてそこから、東海道線に乗り換えて、静岡駅から下りに八個目の駅、金谷(かなや)駅という駅で大井川鉄道という路線に乗り換える。本当は新幹線で掛川駅まで行ってしまえば、東海道線を上り二駅乗るだけでその金谷駅に着くのだけれど、今日乗った新幹線は掛川駅には停車しなかった。

 大井川鉄道は、俺の実家の近くにある千頭(せんず)駅という駅がある路線だった。たまにSLに乗ることができて、それに初めて乗った時、鉄道マニアでなくとも興奮した。

 今日は普通の車両だったが、それでもやはり、普通の東海道線とかの車両とは別で、これもまたレトロな感じがしていいものだった。

 金谷駅から千頭駅まで18個もの駅を通過しなければいけないが、それでも毎年のように帰って来ているので、それほど苦にはならなかった。

 それより、この長い路線の間で、俺は色々と気持ちを整理する必要があった。

 そうしないと、もし最悪の場合の真実に出くわしてしまった時に気持ちを閉まっておける許容量がなくなってしまうかもしれないと思ったからだ。

 今日、川根という土地に帰ってきたのも、何を言おう、真実を確かめるために来たのだった。

 今日は、会社で彼女の名前を聞いた次の日だった。

 さしずめ今日は四月一日であり、大井川の上流を目指すこの列車からは、川の岸辺の並木道に桜が満開に咲いているのがよく見えた。

 会社には無理を言って休みをもらった。四月の一日から六日までの六日間。

 会社の方は、エイプリールフールだからって良い嘘ついてんじゃねーぞ。なんて上司に言われたけれど、俺は本気だった。嘘でもないし、そうしなければいけない理由もあった。それに年休を使えば何も問題はなかった。

 流石にその間ずっと仕事をしないわけにもいかなかったので、一応パソコンは持ってきていた。美さんの新作の小説もしっかり休み中に読むために持ってきた。

 電車に揺られていると、親に今日帰省するという事を連絡するのを忘れていたのに気が付いた。俺はすぐさま携帯電話をポケットから取り出して、実家へと電話する。丁度良く、この列車の車両には人がほんの数人程しか乗っていなかったので、俺は構わず電話した。母さんは携帯電話を持っている人ではないからメールはできなかった。

『もしもし』相変わらず元気で、そして嫌味ったらしい声が聞こえてきた。

「あ、母さん?」

電車内なので一応手前、小さな声を心がける。

『オレオレ詐欺かね?生憎うちにはそんな大層なお金はないよ』

「俺だよ、一矢だよ」なにとぼけてるんだか。

『なに、息子の名前まで調べちゃって、また』

「だから、俺だよ、一矢だよ、お金とか別に振り込まんでよろしい」

『なんだ本物か』

 なんだとは何だ、まあこの調子じゃあ母さんが詐欺に引っかかることはなさそうだ。田舎じゃあ訪問販売なんてものもないだろうし。

『で、何の用だね?』なんだか喧嘩口調だな、おい。

「いや、ちょっとここ一週間休みもらったから、今日家帰るよ」

『ずいぶんと急だね、で何時ごろ?』

「いや、今鉄道に乗ってるから、あと三十分くらいで千頭駅に着く」

 俺は時計を確認した。もう既に十一時だった。何となくお腹がすいてきた。

『なに、急ぎの用かね、じゃあお向かいさんに車出してもらうように頼んでおくよ』

「おお、サンキュー」

 電話を切る。

 千頭駅に着いても俺の家まではまだ車で三十分行かないと着かないのだ。

 母さんはもちろん車なんて運転できないから、うちの向かいの家に住んでいる、俺より年上のお兄さんに千頭駅まで来てもらうのだ。別に急な事であっても、お兄さんは自営業をやっているものだから融通が利く。とてもお世話になっている。

 何となくどこからともなく緊張が高まってきた。東京という遠い地からでは感じられなかった緊張感が一気に押し寄せて心臓をバクバクさせている。帰ってからすぐに確かめなければならない。あれがただの思い違いであることを願いたい。

 でも帰ってからは、まず父さんに線香をあげよう。そう俺は思うのだった。


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