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思考を停止させたウィリアムを控室の外へ追い出し、王女は笑顔を浮かべる。
「ルイス、就任おめでとうとでも言っておこうかしら? あなたが聖騎士だなんて…似合わなすぎて笑っちゃうわね。そして、アリシア。挨拶が遅れてしまったけれど…私がこの国の王女なの。これからお願いね」
「王女様とは知らず…非礼をお許しください!」
「あら。名乗っていないのに王女と気づけるわけがないでしょう? あなたは何も悪くないわよ。それに……王女がいたなんて知らなかったでしょ?」
王女の言うとおりだった。
国王夫妻はたまに表舞台に現れるため、顔は知らずとも存在は知られている。しかし、子がいたとは聞いたことがなかった。アリシアが無知なだけかと思ったが、そうではないらしい。
「生まれてからずっと王女の存在は隠されていたの。今も隠されたままよ」
「何故、ですか?」
隠す理由が思い当たらない。
目の前の王女は、少し破天荒なところがあるが、目立って悪いところなどない。国王夫妻の子供なら、祝福されて当然なのに、どうして隠されていたのだろう。
男児でなかったから? いや、女王になってもらう手もある。
体が弱かったから? しかし、今はすこぶる健康体に見える。
「――呪いから逃れるためよ」
「え?」
「この国の王族はみんな呪われている。存在さえ気付かれなければ、呪いから逃れられるって仮説を立てて…私は隠されていたの。でも、その仮説も効果切れのようだわ」
「呪いって、そんな…」
おとぎ話のようなことを。からかっているのだろうか。
笑って済ませればいいのに、ルイスと王女の表情はどちらも険しいものだった。
「王女。今日はこのくらいにして、また後日に話し合いの場所を設けよう。前聖騎士も交えてな」
「そうね。……アリシア、バカバカしくて信じられないでしょう? でも、これからはあなたも無関係ではいられなくなる。巻き込んでしまうけど、どうか力を貸してちょうだい」
「え、あ…はい」
「大丈夫。怯えなくても、呪いはあなたにまで影響しないわ」
どんな呪いなのだろうか。
存在を隠すほどの理由となれば、命に関わる内容だと考えて間違いはないだろう。不安になるアリシアに、王女は肩をすくめて見せた。
「ふふ、心配しないでって言っても不安になるだけよね。王族にだけ呪いはかけられているの。すぐにどうこうなるような問題じゃないわ」
「王女様は、大丈夫なんですか?」
「今のところは何も問題ないわね。でも、何が起きてもおかしくないわ」
「そんな…」
「ああ、不安にさせちゃったわね、ごめんなさい。こんなことを言っても不安かもしれないけど、何があってもあなたを守る男がここにいるのよ」
王女に指をさされたルイスは険しい顔のまま頷いた。
「聖騎士は王族を守るのが仕事。だけど、妻を守るのは夫の役目よ。できるわよね?」
「当たり前だ」
「あら良かったわ。今は昔と違って表立って命を狙われてもいないし。目立つ時だけ護衛するくらいなんだもの。もしできないなんて言ったら、どうしてか問い詰めてやろうとしたのよ」
「そんなことをわざわざ考えて、時間を無駄にしたな」
アリシアを間に挟んで、王女とルイスが向き合っている。見つめ合うというよりは睨み合っているように感じるのは、お互いの目が全く笑っていないからだろう。既知の間柄とはいえ、本当は仲があまり良くないのかもしれない。
二人の顔を見比べて、アリシアは体を縮ませた。
(でも…気安い仲なんだわ)
王女の前ではルイスの表情がよく変わるし、口調も砕けたものとなっている。
きっと彼女には気楽に接することができるのだろう。
しかし、ここで自分が間に入ったら、ルイスは途端に気遣い始める。できるだけ丁寧な態度を心がけたうえで。
少しだけ気持ちがもやもやし、二人に気づかれないようにため息をつく。
呪いのことを考えなくてはいけないのに、ルイスを翻弄できる王女がほんの少しだけ羨ましい、なんて思ってしまった。これを嫉妬というならば、情けない。
アリシアは気持ちを切り替えるように顔を上げると、未だに口論を続けている二人の仲裁に入った。




