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 継承の式典は、ナイト家当主の妨害があったまま幕引きとなった。

 仕切り直すことも難しいため、あれで終わりにしろということなのだろうが、アリシアは悔しくてならなかった。

 しかし、ルイスは素知らぬ顔で濡れた髪をタオルで拭うだけで、落ち着き払っている。

 あの畏怖にも似た恐怖を与えた人とは思えないほどに。

 用意された控室にいるウィリアム、アリシア、ルイスの間に会話はなかったが、いたたまれない様子のウィリアムが口火を切った。

「ナイト家の当主は、毎回のように聖騎士の式典で抗議をしていたが……式典中にやるのも、儀式の酒を奪い取るという暴挙も初めてだった。ルイスが選ばれて……俺が選ばれなかったのが、よほど悔しくて、受け入れられなかったんだろう。言い訳にもならないけどな」

 ウィリアムが力なく呟き、アリシアはどう反応したらいいか分からなかった。

 ルイスは俯いたウィリアムに視線を向ける。

「問題なく進行できるとは思っていなかったからな。それよりも、アリシア。顔色が悪い……ショックだっただろう」

 心配が伝わる声音に、アリシアは首を横に振る。

 違う、ショックだったのはあなたのことじゃない。

 私の醜い感情を、どうしたらいいの。

 口に出さなければ、人の心の中なんて分からない。でも、隠しておけるの? 

 指先が恐怖で震えていた。

 そうよ、黙っていればいいの。何もすべて正直に話す必要なんて――。

「アリシア?」

「ご、ごめんなさい。私、ルイスが酷い目に遭わされているのに、自分じゃなくて良かったって、そう思ってしまったの……ごめんなさい」

 黙っていようとしたはずなのに、口は勝手に動き出していた。

 声が震える。怖い。でも、隠しごとはできなかった。

「あんなに、身分なんて関係ないって、偉そうなこと言ってたのに、私、なんて最低な女なの。こんなこと、思うなんて…恥ずかしくて、申し訳なくて」

 ルイスの顔が見れず、俯いてしまう。

 目頭が熱くなって、涙がじわりとこみ上げてきた。

 黙っていれば良かったのに、なんて思い始めた頃、突然ルイスが笑い出した。

「くっ…くく…」

 呆気にとられ、彼を見上げる。その笑い声に涙が途端に引っ込んだ。

 彼は最初は手で口を押さえていたものの、我慢しきれないといった様子で、すぐに笑い声がもれ始める。

「っああ、悪い。本当にあなたは、俺にはもったいない人だよ」

 ひとしきり笑い終えた彼は、呆然とするアリシアに肩をすくめて見せた。

「あの状況でそう思うのは当たり前だ。俺だって、ウィリアムが団長に叱られれば俺じゃなくて良かったと思う。いや、ざまあみろ、だな。だから、そんなことを思い悩む必要なんてない。隠していればいいのに…あなたは正直だな。この世界で生きていけるか、少し心配だ」

「ダメよ、許されることじゃないわ! ルイス、私の頬を打って」

「…は?」

「人を傷つける悪いことをしたわ…このままじゃ私の気が済まないの。お願い」

 ルイスは何度も断ったが、アリシアから真剣さを感じ取ったのか、最後はお手上げといった様子でため息をついた。

「あなたの頬を打つなんて、俺にはできない。……こうしよう。いつか俺があなたに悪いことをしてしまったら、“これでチャラ”でたいていのことを許してほしい」

 そんなことで良いのだろうか。アリシアは複雑ながらも頷いた。

 ビリーにも、ルイスにも、申し訳なくて悲しかった。身分による差別をこんな形で目にしたのは初めてだったとはいえ、自分が情けない。

 ルイスは全く怒っていなかったけど、それがまたつらい。

 意気消沈のアリシアは、背後から忍び寄る人物に気づけず、衝撃をまともに受けてしまった。後ろから背負うように抱き着かれ、前のめりに倒れそうになる。

「わ、わわっ…」

「本当になんて可愛いのかしら! これからはあなたといっしょに過ごせるのね!」

「お前…姿が見えないと思ったらここに来たのか」

 ルイスの眉間に皺が寄る。アリシアは振り返り、抱き着いている人物の顔を見て、驚いた。

「ルイスのお姉様!」

「違う! お前、なんて嘘を吐いているんだ」

「あら、同じようなものでしょう? 私はあなたよりも年上よ?」

「誰が姉だ。俺には身寄りはいない。早くアリシアから離れろ」

「いいじゃない。こんな素直で真面目な子、可愛くて…。震えながら謝られたら何でも許せちゃうのに。何がチャラよ、ケチな男」

「いいから離れろ、王女」

「おう、じょ?」

「そうよ、私がこの国の王女。どうぞよろしくね」

 にこにこ笑う王女は、ルイスによってアリシアから引きはがされる。

「高位貴族の奥様だとばかり…」

「私は未婚よ。ああ、勘違いしたのはこのアクセサリーのせいかしら。持ち主はあながち間違っていないわよ。これは王妃の物だもの」

「えっ! 王妃様の…!」

「外交で貰ったり、お愛想で買ってあげたりしたものらしいわ。どうせ使わないんだし、ちょっと拝借しただけよ。さすがに式典にアクセサリーもつけないなんてまずいじゃない?」

 年頃の女は面倒よね、と王女は皮肉気に口角を上げる。

 ルイスは頭が痛いと言わんばかりに、こめかみを押さえた。

「お前のせいでどれだけの迷惑がかかったと思ってるんだ。式典が延期になったのも、お前が逃げ出したからだろう。いつものようにすぐに元の場所に戻ればいいものを」

「やっと退屈から抜け出せると思ったら、つい動いちゃったのよ。我慢の限界だったの。国賓級の方が体調不良だったかしら? 申し訳ないけど、すこぶる健康だったわよ」

 悪びれもせず王女は言い放つ。

 ルイスは怒りたいような、でもどこか苦しいような表情を浮かべるだけで、何も言わなかった。

 王女はパンっと手を叩くと、傍観者だったウィリアムを振り返る。

「そうそう、あなた。私はとっくにいき遅れですけれど……ろくな奴じゃなくてごめんなさいね。ぜひ、じっくり話をさせていただきたいわ」



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