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 パーティはこれといったトラブルもなく、順調に進んだ。

 人ごみに目を配らせるが、前聖騎士の妻は姿を見せない。やはり参加していないようだった。

 時々、ルイスを見ると、彼は淡々と職務にあたっていた。突然現れて消えていった女性を見て表情を変えたのも一瞬だけで、その後は表情一つ変えていない。ただ、アリシアの目から見ると、まだ若干動揺しているようにも思えた。

 女性に冷たくあしらわれたウィリアムも、アリシアに頼まれて飲み物を取りに行っている間に、年頃の女性たちに取り囲まれて、すっかり元気を取り戻していた。

「先ほどの女性は夫の目が気になって、素直になれなかったのでしょう…かわいそうに。あの装飾品やドレスだけでも、夫の財力も妻への入れ込みようも、凄まじいのがうかがえますからね」

 軽口を叩く彼に、はいはいそうかもしれませんね、と棒読み口調で何度答えただろう。

 取り乱した姿を見られた気恥ずかしさからか、彼は沈黙が訪れるたびに同じことを口にする。返事をするのは面倒だが、暗い顔で近くにいられるよりはマシだった。もしかしたら彼のこういうところが、格好良いのにどこか放っておけない男性として、女性たちに人気があるのかもしれない。自分には到底理解できそうもないけれど。

 それはともかく、ウィリアムの言うとおり、確かに彼女が身につけていたものは、宝石の価格に疎いアリシアでも分かるほど、高価なものだった。贈ったであろう彼女の夫は心の底から妻に入れ込んでいるはずだ。

 アリシアはふと抱いた疑問をウィリアムに投げかけた。

「ウィリアム様。先ほどの方の家にお心当たりはございますか?」

「残念ながら。ずっと考えておりますが、社交界でもお会いしたことがありませんし、当家主催のパーティにもご出席なさっていません。自慢のようでお恥ずかしいですが、当家でも見かけたことがないご婦人というのも珍しいもので」

 ウィリアムの自慢を聞き流し、アリシアは口元に指をあて、考える仕草を取る。

 よく知っているわけではないが、彼女の言動や性格を考えても、家で密やかに過ごす姿が考えられない。

(パーティには出席していない。でも、宝石は夫から贈られる…ご機嫌取りに?)

 こんなものいらないわ! 私は自由に出掛けたいのよ! と夫に宝石を投げつける彼女の姿なら簡単に思い浮かぶのに。

 ジェシーといい、彼女といい、周りの人は抜け出してくるのが好きなのだろうか。

「何度思い返しても見覚えのない女性でしたね。あれだけ妻に金が使えるということは、夫は当主で違いないでしょう。財のある家で、嫉妬深い当主…思い当たる節が多すぎますね。彼女の年齢を思えば、当主は三十代か、四十代…いや、待てよ。年が離れているのか?」

 ウィリアムはぶつぶつと呟きながら、貴族の名前を挙げていく。

 途切れることのないそれは、まるで呪文のようで、よくもまあそんなに暗記できるものだと感心してしまった。思わず横顔に見入っていると、ウィリアムが不思議そうに首を傾げる。

「何かおかしなことでも? これくらいは当然でしょう。心配しなくてもすぐ慣れますよ。聖騎士の奥方様なら私よりも多くの方々とお知り合いになりますからね」

「……」

 彼の言うとおりなのだろうが、気軽に返事をするのも難しく、アリシアは沈黙した。

 覚える必要があるのは分かっている。来賓の顔と名前が一致すれば、相手とも打ち解けやすくなるからだ。だが、ちゃんと覚えられるか心配になる。

 自分はあくまで聖騎士の妻で、後ろに控える立場だ。でも、時には夫の代わりに外交を受け持つこともあるだろう。

 この会場に来ていたすべての人物を覚えることになるかもしれない。相手の顔と名前だけじゃなく、経歴や趣味、家族構成、その家族の状況などなど、幅広い情報を把握することになるだろう。

(ああ…気が遠くなるわ…)

 そう遠くない未来を思い浮かべて、アリシアは頭を軽く振る。

「おっと…そろそろ始まるようですね」

 場内の明かりが消されていき、壇上の明かりだけが残された。

 いよいよ、継承の杯が酌み交わされる時が訪れたのだ。

 彼の勇姿を最前列で見られるだろうかと心配になったが、それは杞憂に終わる。会場には人がほとんど残っていなかった。

 最後までパーティに参加する人物はまれであり、基本的には挨拶や仕事の交渉を済ませ次第帰ってしまうそうだ。ここに来ていた平民も無作為に選ばれたわけではなく、結局は肩書きのある人物や、ほんのちょっとだけ貴族とつながりのある人物であって、純粋な一般市民ではない。それに気付いたのは、彼らが堂々とパーティ会場で貴族たちと話している姿を見たからだ。一般人ならば、気後れしたり、逆にはしゃいでしまったりするはずなのに、彼らは勝手知ったる様子で振舞っていた。

 彼らにとって、この式は招いても来ない貴族たちと会える滅多にない機会だ。聖騎士の就任など取るに足らないことなのだろう。

(寂しいけれど仕方ないわ…変に騒がれるよりはいいもの。でも…ビリーを連れて来てあげたかったな)

 せめて式典の様子だけでも想像できるように話そうと決め、アリシアは壇上の前へと急ぎ、最前列に立った。ウィリアムも競い合うかのように早足でやって来た。

 そこには前聖騎士と思しき白髪まじりの男性がルイスと向かい合っていた。目尻に皺を寄せ、眩しそうにルイスを見遣っている。

 継承の杯を酌み交わすまでの僅かな待ち時間に、二人は雑談をするらしい。

「ルイス…立派になったな」

「恐れ入ります」

「おや? お前の殊勝な態度が見られるとは、年を取るのも悪くないな。以前のお前なら、鼻であしらっていただろうに。大人になってしまったか…」

「私は何も変わっておりません。もしも私が大人に見えるなら、周りが子供なのでしょう」

「…そういうところは変わっておらんな」

 ルイスは無表情を貫いているが、前聖騎士は笑みを深めて嬉しそうだ。

「結婚したと聞いたぞ? もちろん会わせてくれるんだろう?」

「式が終わりましたら」

「お前の妻になってくれるような女性だ…二度と巡りあえまい。大切にするんだぞ。俺は出来なかったが、お前ならきっと大丈夫だろう」

「大切にしますよ」

 彼がきっぱりと言い放つのと同時に、隣のウィリアムが茶化すように口笛を吹いた。自分のことを言われているはずなのに、どうしてかアリシアは嬉しさよりも疑念を抱いた。

 どうして、そんなに気負って言うのだろう。

 継承の杯が朱色の台に載せられて、運ばれてきた。

 途端に壇上の二人の顔が、真剣なものへと変わる。

 前聖騎士が杯を手に取り、聞き逃してしまうくらいの小さな声でぽつりと呟いた。

「お前を聖騎士にしたくなかったよ」

 ルイスは一瞬目を伏せ、すぐに何事もなかったかのように前聖騎士に向かってまっすぐ手を伸ばす。前聖騎士は無反応のルイスに残念がりつつも、彼に向かって手を伸ばし、杯を渡そうとした――その時だった。

「やめろ!」

 ウィリアムが鋭く叫ぶのと同時に、ルイスは杯に入った酒を頭からかけられた。

 静まり返った場内で、ぽたり、ぽたりと金色の髪から雫が落ちる音が虚しく響く。騎士服にも酒の染みができ、俯いた彼の表情は窺えない。

 何が起きたのか、アリシアには理解できなかった。

 どうして? なんで? 彼に何があったの? 一体、誰が?

 呆然と固まる一同の中で、酒をかけた張本人が身体を震わしながら声を張り上げる。

「何故、お前が聖騎士なんだ! 平民以下の分際で! こんな…こんなことが許されるはずがない!!」

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