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 どこにもいない! どこに行ってしまわれたの!?

 アリシアは後半のパーティ開始直後から、前聖騎士の妻を探して歩き回っていた。大勢の客人たちの間を会釈と軽い挨拶を交えながらすり抜け続けているが、一向に彼女の姿が見当たらない。

 よくよく考えてみると、前半のパーティに参加していたかすら怪しい。

 人のいない壁際で立ち止まり、アリシアはため息をついた。

 幸か不幸か、アリシアが聖騎士の妻だと面が割れていないため、群がるように寄って来る人は少ない。知っている人もいるだろうが、そういう情報をつかんでいる人ほど、優先順位をつけて挨拶をしているので、アリシアのところに来るのは随分後になることだろう。つまり、自由に動ける今が前聖騎士の妻と話せる絶好の機会なのだが、これ以上探しても仕方ない。

 ルイスは早速聖騎士として、王の近くで護衛にあたっている。澄ました顔をしている彼を見て、アリシアは少し笑ってしまった。

 見世物の護衛なりに、何か見せた方がいいと思うか? と苦笑していたのに。

「おい! 動き回るのも大概にしてください!」

「あら、ウィリアム様。そんなに髪を振り乱して、どうなさったのですか?」

「ずっと追いかけていたんですよ! あなたを!!」

 パーティの休憩中よりも苛立ったウィリアムは、吐き出すようにため息をついた。

「申し訳ありません。どうしても話を伺いたい方がいて、その方を探していたのですわ」

「あんたの理由なんてどうでもいい! 動かれると迷惑なんだ!」

 ウィリアムはアリシアに指を突きつけ、怒鳴りつけた。

 護衛のウィリアムに一声掛けなかった自分も悪い。

 とは思うが、「あんた」呼ばわり、人に向かって指を指す行為、怒鳴りつけ――大目に見てもウィリアムの行為はマナー違反だし、思慮に欠ける。ひくひくと口角が痙攣するが、アリシアはぐっと堪え、「彼は年下、私は淑女」と心の中で何度も唱えた。

 昨日知ったことだが、ウィリアム・ナイトは自分よりも一つ年下だ。大貴族のナイト家だからといって、みんながみんな尊敬される人間とは限らない。そう、彼は今発展途上なのだ。たぶん。

 ここは、一つ年上の自分が大人の余裕を見せつけ、自分の行いを恥だと彼自身に悟らせるしかない。

 アリシアがひとまず彼を落ち着かせるために口を開こうとしたが、その前にウィリアムが未だ怒りが収まらない様子で喚いた。

「これだからいき遅れになるような女にろくな奴はいないんだよ!」

 ピキッと自分のこめかみに血管が浮き上がるのが分かる。だが、笑みは決して崩さない。

「……私に落ち度はあれどウィリアム様、さすがにお言葉が過ぎますわ。私だけを非難なさるのは結構ですが、関係のない方まで巻き込むのはいかがなものかと思います。特にこのような祝いの席ではそのような発言はお控えになった方がよろしいですわ」

 どんな発言をしても許されるわけじゃないのよ!

 ウィリアムの顔が悔しげに歪み、彼は唇を噛んだ。一応、黙らせることには成功したらしい。

「どこで誰が聞き耳を立てているか分かりません。ウィリアム様なら皆様の耳の良さをご存知でしょう?」

「誰も聞いちゃいないさ! ああ、そうか。あんたもこう言いたいんだろ? どうせ俺は――」

「まあ、楽しげなお話が聞こえてくると思ったら、やっぱりあなただったのね? アリシア」

 聞き覚えのある声に振り返れば、先日カフェで会い、意気投合した女性が立っていた。

 彼女は口角を僅かに上げて、優雅に微笑んでいる。だが、言い表せない寒気がするのは何故だろう。

 アリシアは寒気を気のせいだと思うことにして、すぐに彼女に近付いた。

「またお会いできて嬉しいです! お元気でしたか?」

「ええ、この日を楽しみに毎日元気に過ごしていたわ。あなたも元気そうで嬉しい…けど、顔色が良くないわね」

 彼女はアリシアの前髪を指でふわりと持ち上げた後、すぐさま眉間に皺を寄せる。

「ルイスったら妻の不調を見過ごすなんて情けないわ。そこにいらっしゃる護衛の方も、何も対応なさらないなんて大問題よ? ええと、名前は…」

「ウィリアム・ナイトと申します。麗しいご婦人」

 さっと腰を落とし、女性の手を取って、ウィリアムは片目を瞑った。された方にはため息ものの仕草に映るだろうが、彼の中身を知ってしまったアリシアは、馬鹿馬鹿しくて顔を背けた。女性に告げ口をしたいが、単なる挨拶の邪魔をしたと思われるのも心外だったから、黙っておこう。ただ、女性が騙されそうになったら容赦なく言おうと決めた。

「素敵なドレスをお召しですね。ネックレスもよくお似合いです。繊細なレース、ダイヤモンド、サファイア、どれも素晴らしいですが…あなたの美しさには敵いません」

 誰もがうっとりするような笑みを浮かべたウィリアムに対して、女性は冷ややかな視線を返すだけだった。

 その様子に、アリシアは思わず首を傾げる。慣れたものなのかもしれないが、笑み一つ浮かべないのが意外だ。

(素振りを見せると旦那様がうるさいとか? それとも、こういう男性が嫌いなのかしら)

 彼女は白けたように、ウィリアムの手を振り払った。

「ああ、そう。あったものをつけただけよ。何だったかなんてろくに見ていないわ」

 瞬時に気まずい雰囲気が流れる。

 ウィリアムは振り払われた手を呆然と見つめているし、女性は不愉快さを隠そうともしない。

 二人の間に挟まれ、今日は神経が磨り減る一日だと思えて仕方なかった。

「さっと選べるなんて、センスがいいんですね。私にも秘訣を教えてほしいです」

 決してウィリアムに助け舟を出したわけではない。

 単純に、女性に笑ってほしいだけだ。すると、彼女もアリシアの思いに応えるかのように笑った。

「ありがとう。本当はね、抜け出して来たから、選べる時間がなかっただけなのよ」

「抜け出して…!? よろしいんですか?」

「まあ…大丈夫なんじゃないかしら? こうやっていられるわけだし」

 彼女はいたずらっぽく笑うと、ふと思い立ったかのように身体の向きを変えた。

「そろそろ行くわ。まだ居場所がばれるわけにはいかないのよ」

「少しお待ちいただけませんか? お名前を教えていただきたくて」

「名前?」

「はい。前に聞き忘れてしまって…教えていただけませんか?」

「そうねぇ。またすぐ会えるでしょうし……その時にね。決して意地悪じゃないのよ」

 彼女はアリシアの頬を慰めるように撫でると、つんとつついた。そして、ウィリアムの方へ顔を向けると、口角を緩やかに上げる。

「あなたともまたすぐ会えるでしょうね。その時は、じっくりお話しましょう?」

 身を翻して颯爽と彼女は人ごみに消えていく。

 また、名前を聞けなかった。彼女の消えた先を名残惜しく見つめていると、ルイスの姿が目に入った。

 彼は顔を強張らせ、頭痛がするかのように片手で顔を押さえる。

 なんでここにいるんだ――彼はそう、唇を動かした。

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